⑨
気づけば、もう夏休みも残り三日となっていた。
太陽の元気は少しずつ目減りしていき、蝉の鳴き声に朝起こされることも減っている。
それでも、相変わらず未来人と宇宙人は僕の家のリビングでTSUTAYAで借りた映画を見続けて。
そして、二つの『デバイス』の中に、相変わらず娃Aと娃Bが、それぞれ収まっていた。
「もうさ、双子ってことで、いいんじゃないかな? 双子で生まれたんだよ、娃ちゃんたちは! そう考えたら、全部丸く収まらない? 二人で、一人の弟である、漣くんを分け合うの! どう?」
無邪気に大國さんはそう言うけれど、その提案が受け入れられないのはすでにイズニさんの話で証明されている。
案の定、娃Aと娃Bは反対の声を上げた。
「嫌ですよ、そんなの!」
「そうですよ、私と双子だなんて!」
「ただでさえややこしい姉弟なんですから、これ以上設定増やそうとしないでください!」
「それに、漣は私のですよ?」
「いいえ! 私のですよ、私!」
「違いますよ! 私のです、私!」
「何を言ってるんですか? 私は私一人しかありえないですよ!」
「そうです! だから私は、私一人で十分なんです! 二人や三人もいらないんですよっ!」
久々に、長いこと娃たちが会話をしているが、その根底にはやはり自分という存在が脅かされる恐怖心があるように思える。
……やっぱり、自分が自分じゃなくなるのって、自分が消えてしまうのって、怖いよね。
その感情は、生身の体を持っている、僕にもよく理解出来る。
そして、その恐怖心を与えてしまっているのは、僕自身に原因があるということも。
……やっぱり、あの方法しかないか。
遅まきながらも、僕は自分の中で決心を固める。
「ねぇ、大國さん、ナミネさん」
「ん? 何? 漣くん」
大國さんはこちらに笑顔を向け、ナミネさんは無言で、無表情でこちらを振り向いた。
そんな未来人と宇宙人に向かって、僕は決意とともに口を開く。
「僕を複製することって、出来るのかな?」
『デバイス』は、まだ残っている。そして、娃が二人いるのが問題なのであれば、僕が二人いれば、この問題は緩和されるはずだ。
……イズニさんの世界では、精神が同調してしまった、って話だけど。
でも、それは生身の体を持つ人間を複製した場合だ。
今回は、僕を情報生命体として、AIとして複製するということになる。前提条件が、違うのだ。だから恐らく、生身の体を持つ僕と、『デバイス』で表現される僕の精神が同調してしまうようなことは、きっとない。
そう考えているのに、この方法を実行するのに悩んでいた理由は、ひとえに恐怖心からだ。
……僕を複製出来るってことは、生身の体を持つ僕が、今生きている僕が必要なくなってしまう可能性が出てくる。だからもう、この僕はいらないって、そう娃に思われてしまうのが、怖かったんだ。
紗夜が言うには、もう既に体を持つ僕らとは感じている、聞こえている世界が、違うのだという。そんな彼女たちにとって、きっとコミュニケーションしやすいのは、同じ世界に生きる、情報生命体になった僕だろう。
……でも、『デバイス』は、あと一つしかないし。
情報生命体となった僕を、どちらの娃が選ぶのか? という議論はあるだろうけれども、どちらか片方しか選べないというのであれば、どちらかの娃は生身の僕を選ばざるを得ないだろう。その娃は、向こうの僕の方が良かったと思うかもしれないけれども、体を持つ存在と、情報生命体で、そもそも別の存在なのだ。
……互いに、別の人(僕)を選ぶのと、変わらないよね。
だから、イズニさんの世界で起こっていたようなことは起こらないと思いながら、僕は口を開く。
「『デバイス』に表現する情報量が残っているのなら、その人を表現出来るんだよね? だったら、今生きている僕を、『デバイス』に表現することだって、出来るでしょ?」
そう言った僕に向かって、大國さんが満面の笑みを浮かべる。
「なるほど、それはいい考えですね!」
「同意。需要と供給を満たす解決方法は、穏便な解法と認識する」
その反応に、僕は喜色の笑みを浮かべた。
「それじゃあ!」
「うん、出来るよ、漣くん! 漣くんの、情報生命体としての複製!」
大國さんの言葉に、僕は心のそこから安堵した。
……良かった。これで、娃を消さず(殺さず)に済む。
そう思っている僕に向かって、更に大國さんが、口を開いた。
「それじゃあ、漣くんを複製しようか! 二人分!」
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