それは、僕にとって、死者を蘇らせる魔法の言葉なんかじゃなく、墓の中から無理やり死者の眠りを妨げ、現世に無理やり引きずり起こす、ゾンビの召喚術にしか感じられなかった。

 そのゾンビの訪れを知らせるように、ナミネさんから受け取った『デバイス』から、ほんのりと温かみを感じる。そして、一瞬、『デバイス』が、まるでスマホで電話が鳴ったように激しく震えた。その震えが止まると、『デバイス』から、こんな音声(呪いの言葉)が流れてくる。

「え、何? これ。え、何なの? これ」

 それは、紛れもなく。

 僕と血を分けた姉の、娃の声だった。

「な、なんてことするんですか、ナミネさん!」

 激高する僕に向かい、しかしナミネさんはいつものように、淡々と言葉を紡いでいく。

「榧木漣は、選択の違う複数の榧木娃を、一意に選出できないと判断。故に、複数の選択を行った状態の榧木娃を用意した」

 意味が、わからなかった。でも、その答えを、三人目としてこの世に蘇らせられた娃が、教えてくれる。

「……そうだね。うん。私は、漣と一緒に、夏休みを海も山も行きたいって、そう思ってるよ」

 正方形の『デバイス』から、他の二人の娃と、全く同じ声が聞こえてくる。

 僕は、わけがわからなくなって、ナミネさんに問いかけた。

「な、なんで、こんな……。こんな、いたずらに娃を増やして、それでなんで問題が解決するって思ったんですか! 僕らは、どの娃も消せないから悩んでいたのにっ!」

 その言葉に、宇宙人の感情を宿さない瞳が、僕に向けられた。

「すでに、その回答は述べている。AとBという、複数の選択肢が選べないのが問題だと認識。故に、両方の選択を行ったCを用意すれば、AとBは不要となる」

「何を、言って……。そんな、そんな話じゃ、これはないでしょう?」

 そんな、ゲームの選択肢を両方選ぶチート技を使ったら、片方しか選べない存在(娃)は消して(殺して)しまってもいいだなんて、そんなの、あり得ないでしょ?

 それに――

「そもそも、今蘇った娃は、一体どういう存在なんですか? 夏と海の二択じゃなくて、両方という三択を選んだ存在、ってことですか?」

「否定。情報生命体である、娃のA、BをOR条件で掛け合わせたものになる」

「つまり、本当に二人の娃ちゃんを、一つに結合した、って感じかな?」

 そう言って、笑いながら大國さんが部屋に入ってきた。その手には、娃Aと娃Bが格納されている『デバイス』が握られている。

「でも、良かったね、漣くん! これでもう、こっちの二つの娃ちゃんはいらないよね?」

「……だから、そうじゃないって言っているでしょう!」

「自分の代替案が、採用されなかったと認識。資源の有効活用のために、リソースの開放を求める」

「そうだね、ナミネさん。私も、良い案だと思ったんだけど」

 言うが早いか、大國さんは僕の手から正方形の『デバイス』を引き取ると、代わりに娃Aと娃Bが入っている『デバイス』を握らせる。

 突然のことに反応できないでいる僕を横に、大國さんは娃の部屋から颯爽と去っていった。

「……え? 大國さん、は、な、何を、しに?」

「消すんだよ」

「さっき蘇った、私を」

 二人の娃にそう言われ、僕は弾かれたように部屋を飛び出して、大國さんの姿を探す。でも、もうすでに遅かったようだ。

「まさか、こんなに短期間でフォーマットすることになるとは、思わなかったな!」

 その言葉の意味を理解して。

 僕は、その場に崩れ落ちた。

 数分前に蘇った姉が、数分後には、消されてしまった。まだまともに会話もしていなかったのに、娃が、また死んでしまった。

 でも、まだ僕の手の中には、二人の娃が存在する。

 AIとなって、死ぬ前の娃をコピーした、二人の姉が。

 ……なんだよ、これ。なんなんだよ、これはっ!

 頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。アルコールなんて一口も飲んでないのに、強烈な酩酊感で、視界が歪む。眼球の裏を強烈な光で照らされたような錯覚に、世界の上下が反転したように錯覚。眼の前が真っ暗になるのに、頭の後ろだけは何故か光を感じて、意味がわからなすぎて、気持ちが悪い。

 床に膝をついた拍子に、僕の手から二つの『デバイス』が転がり落ちた。

「こんなに簡単に消えてしまう(死んでしまう)って、『デバイス』に蘇った娃たちは、知ってたの?」

「……まぁ、今の私は、自分で動けないしね」

「むしろ、海に落とされたり、山の中でなくされないだけ、マシだったと思うよ」

「そうだよね。意識はあるのに一人だけしかいない世界って、かなりキツいし」

「この体じゃ自殺も出来ないから、死ぬより辛いよね。だから、あの私も、大國さんに手に取られた時点で、覚悟は出来ていたと思うよ」

 その言葉を聞いて、僕の中に疑問が生じる。

「……待ってよ。だったら、さっき消えてしまった娃は、なんで声を出さなかったの? 消されるって、わかってたのに」

 助けを求められていたら、もう一歩僕が部屋を出るのが早かったら、あの娃は、今もまだこの時代で生きていたかもしれないのに。

 僕のその考えを、娃Aと娃Bは、一蹴する。

「いや、出せるわけないじゃない」

「それで漣があの私を助けれなかったら、一生後悔するでしょう?」

「それこそ、死ぬほど後悔するでしょう?」

「だから、私は声をあげれなかったの」

「もう漣と話すことは出来ない、ってわかっていても、これから生きていく漣の重荷になりたくないしね」

「そうだね。それこそ、私が原因で漣が自殺だなんてしようもんなら、この体でも生きていけなくなっちゃうよね」

 その言葉を聞きながら、僕は両手で頭を抱えていた。

 死んだ娃のコピーだか、ゾンビなのかは知らないけれど。

 この二人の娃の方が、よほど未来人や宇宙人より、人間らしく感じられてしまったのだ。

 

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