⑤
「同じ人間が、複数の『デバイス』に表現された事例はないのか、ですか?」
大國さんの言葉に、僕は大きくうなずいた。
「『デバイス』に人間を蘇らせれるってことは、その『デバイス』を開発するまでに、未来人に協力してもらって人間を蘇らせていた、ってことですよね? だったら、今の僕たちみたいな状況になった人は、いないんですか?」
そう言いながらも、僕はリビングのテーブルに置かれた二つの『デバイス』を一瞥する。娃Bが生まれたあの日から、娃たちは互いに口数が少なくなっていた。会話も必要最低限で、今彼女たちが何を考えているのか、僕は知る由もない。
紗夜やイズニさんには、あの中にいるのは、いや、あれはすでに娃ではないと、そう言われた。
……でも、だからって、諦められないだろ。
死んだ人間が戻ってきた。それがもはや人間ではない何かに変わっていたとしても、僕にとって、僕が娃だと認識していられるのであれば、あれは娃だ。
だから僕は、大國さんがやって来た未来で、娃と同じ様に複製された事例がないか、確認しようと思ったのだ。
僕は改めて、疑問の言葉を口にする。
「どうなんですか? 大國さん」
「漣くんは、娃ちゃんのことが大好きなんだね!」
「茶化さないでくださいよ! そもそも、大國さんはタイムパラドックスが発生しないことを証明するために、娃をAIで蘇らせたんですよね? でも、今娃は二人いるわけですよ? それって、同じ世界線に娃が複数いることと、同じですよね?」
何とか大國さんからこの状況を打破するための情報を引き出そうと、無理やり言葉を捻りだしていく。しかし、大國さんの答えは、僕の求めているようなものではなかった。
「だとしても、それは私の目的とは、大きくズレないんだよね! 娃ちゃんを『デバイス』上に表現しても、タイムパラドックスが発生しない、っていう未来を観測したいんだから、その対象が複数の『デバイス』に表現されても、つまり、今の状態の娃ちゃんが増えても、私の目的には影響がないんだ! だから最初に聞かれたように、複数の『デバイス』に人を蘇らせても、皆あまり気にしないんだよね!」
「気にしない、って。だって、『デバイス』の中にいたって、会話もできて、一緒の時間を過ごすんですよ? その人が悩んでいるんなら、助けたいって、未来の人たちは思わないんですか?」
「そりゃあ、思うに決まってるよ!」
「だったら!」
「うん、だから、解決してあげたら? 漣くん!」
その言葉に、僕は一瞬、虚を突かれた思いになる。
「……え? どういうことですか?」
「だから、解決してあげたら? 死ぬ前の娃ちゃんをコピーした二人の娃ちゃんは、互いに相手が存在している(生きている)のが、不都合なんでしょ? だったら、どっちかを消してあげればいいじゃない!」
……この人は、何を言ってるんだ?
「何、言ってるんですか、大國さん! だって、蘇らせたって、娃は、娃たちは生きてるんですよ! それを消すなんて、殺すってことじゃないですかっ!」
「でも、またすぐ蘇るよ?」
大國さんはそう言って、まるで何度注意してもいたずらをする困った子供を見つめる教師のように首を傾げて、そう言った。そして、その表情のまま、言葉を紡いでいく。
「漣くんだって、ゲーム、やったりするでしょ? 都合が悪かったら、データを消して最初っからやり直したりするでしょ? やり直せるんだから、自分にとっていい状態に導けるんだから、それをするのって、何か間違ってるかな?」
……そうか。未来では、そうなのか。
未来の人にとって、宇宙人の協力を得られる彼らにとって、『デバイス』に人間を蘇らせるという行為は、当たり前のものなのだろう。だから、死んだ人間(過去)は、今生きている人間(未来)にとって、より良いものでないといけないのだ。
……でも、僕には、死んだ娃を蘇らせれるだなんて、僕にとって、いや、僕だけじゃない。紗夜にだって、誰にだって、死んだ人間ともう一度話すことが出来る、そんな裏技を使った結果、実際に話せるようになった存在を、娃を、蔑ろに出来るわけがないじゃないかっ!
娃Aも、娃Bも、両方とも僕の姉で、恋人なんだ。
皆は、殺す(消す)ことが出来るだろうか?
娃Aと娃Bの違いは、夏休み、海か山、どちらに行きたいのか? という、そんな日常会話の選択肢だけなんだ。
……僕には、この二人に差があるって、思えないよ。
たとえ聞いている範囲が違い、思考も全く違ってしまっていたとしても、娃は娃だ。
……娃にしか、見えないんだ。娃にしか、感じれないんだよ。
愚かしいと言われても、自分の最後に残された血を分けた姉弟を、そして愛した恋人を、僕はどうしても、諦めることが出来ないのだ。
娃が娃を消す(殺す)ことを求めていても、僕にはどうしても、その決断が出来ない。
「……僕には、そんなに簡単に、割り切れないですよ、大國さん」
「んー、わからないなぁ。だって漣くん、今だって、『デバイス』上で表現された娃ちゃんと話してるだけだよね?」
そう言った後、大國さんはさもいい考えを思いついたとでもいうように、両手を合わせた。
「ならさ! スマホだと思えないかな?」
「え? どういうことですか?」
「だから、今漣くんは、娃ちゃんたちとは、『デバイス』っていうスマホで、電話をしているわけ! そのスマホが壊れたら、娃ちゃんとは連絡が取れないよね? そうなったら、新しいスマホを買うでしょ?」
その言葉を聞いた瞬間、僕の背筋に怖気が走った。今僕の目の前にいる人は、本当に同じ人間なのだろうか?
「そんな、電話が出来なくなった、って、考えられるわけ、ないじゃないですか! だって、娃は消えたら、死んだら、その娃とは、もう二度と話せなくなるんですよ? スマホの向こうにちゃんと相手が存在してくれているって信じられるのと、もうその人と話せなくなるのとでは、天と地ほどの差がありますよっ!」
「なるほど! 漣くんは、自分の主観が大事なんだね!」
そう言って大國さんは笑いながらうなずくと、娃Aと娃Bが入っている『デバイス』を指さした。
「なら、その『デバイス』を、実は同じ娃ちゃんが表現されている、って考えるのは、どう?」
未来での常識をあくまで主張する大國さんに、僕はただただ首を振る。
「……大國さん。だからそれは――」
「でもさ、漣くんは、本当にその『デバイス』で表現されているのが、どっちの娃ちゃんなのか、わからないでしょ?」
「……は?」
「いや、だからさ。私が設定を勝手に変えて、一人の娃ちゃんが二つの『デバイス』で喋っている状態にしても、漣くんは気にしないでしょ?」
「いや、気にしますよ!」
そう言いながら、僕は理科室で、イズニさんから聞いた話を思い出していた。
……一人が、複数の体(『デバイス』)を持つだなんて。
そして、その話をしていた時、紗夜はこう言っていた。
『同じ人間であっても体が違えば脳の動きが違うんだから、いわんや、体も脳も全く変わってしまった娃をや』
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