そう言って、紗夜は鼻を鳴らしながら腕を組んだ。

「そんなに心配そうな顔をするな、漣。ボクが協力するんだ。失敗なんか、するもんか」

「紗夜……」

 呆然とそうつぶやく僕と紗夜を、イズニさんが苦笑いを浮かべながら見つめてくる。

「本当に考えて欲しいのは、そこじゃないんだけどなー」

「……じゃあ、どういうことなんですか? イズニさん」

「さっきわたし、人間を複製して、出来上がったのは、厳密には人ではないなにかだ、って言ったでしょー? そーゆーことー」

「……つまり、ボクらが蘇らせようとしている娃は、その時点でもう娃じゃなくなってる、っていうことが言いたいのか?」

 その言葉に、イズニさんは気怠げに口を開いた。

「蘇らせようとしてる、っていうか、蘇ったお姉さんって、本当にお姉さんなのかなー? って思ってさー」

 なんだか、イズニさんは、今までで一番大切なことを言ってくれているように感じる。けれども僕にはその言葉の真意がわからなくて、ただ疑問の声を上げることしかできない。

「……何を、言ってるんですか? イズニさん。あれは間違いなく、娃ですよ。声も、記憶だって、あれは間違いなく娃ですよ!」

「何だ? イズニ。お前、声も記憶もAIに学習させておけば、本人とほとんど同じものが出来上がるって、そう言いたいのか?」

「いやー、そーゆー技術的なことじゃなくってさぁー。もっと、根本的なことなんだよねー」

「それは、どういう?」

「一割、だったっけー? 今、君のお姉さんが感じられるのってさー」

 その言葉に、僕はうなずく。

「はい。今の娃は、『デバイス』の中にいるので、聴覚しか使えないはずです」

「それって、本当にわたしたちが聞いているものを、聞いているのかなー?」

「え?」

「……なるほど。そういうことか」

 疑問符を浮かべる僕とは対照的に、紗夜は眉をひそめて、忌々しげに口を開く。

「ボクら人間が聞こえるのは、せいぜい二十から二万ヘルツまでだ。でも、『デバイス』の性能は、人一人を表現出来る未来の機械は、一体どれぐらい音を拾えるんだろうな?」

「待ってよ、紗夜。聞こえる範囲が変わるからって、そんなことで娃が娃じゃなくなるって言うのか?」

「そんなことじゃない。聞こえる範囲(インプット)が変わるんだ。自ずと振る舞い方(アウトプット)が変わってくる」

「それだけじゃないですよー。『デバイス』の性能っていう、思考(プロセス)が全く違うものになるんですからー。わたしの世界で複製された人も、結局複製元と複製先で、精神が同期していってしまってですねー。自分の体が二つある、みたいな錯覚状態に陥っちゃったんですよー」

「体が、二つ?」

「一見、便利そうだが、それはもう、同じ人間じゃなくなるな」

 そう言って紗夜は、気難し気に口を歪める。

「人間に、ロボットの指を追加して操作したらどうなるのか? っていう研究があったんだが、結果、脳が認識している自分の体のイメージが変化したんだ」

「君、科学嫌いって割に、そーとー詳しいねー」

「うるさいぞ、イズニ! 打倒すべき相手のことを知らずして、どうやって戦えって言うんだ? まぁ、ボクが何を言いたいのか? っていうと、同じ人間であっても体が違えば脳の動きが違うんだから、いわんや、体も脳も全く変わってしまった娃をや、ってことだな」

「そん、な……」

 だとしたら、今僕の家にいる二人の娃は、一体何者だというのだろうか?

 ……いや、娃は、娃のはずだ。

 そう思うものの、目の前に新たに提示された疑問の大きさに、僕はそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。

 

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