④
そう言って、紗夜は鼻を鳴らしながら腕を組んだ。
「そんなに心配そうな顔をするな、漣。ボクが協力するんだ。失敗なんか、するもんか」
「紗夜……」
呆然とそうつぶやく僕と紗夜を、イズニさんが苦笑いを浮かべながら見つめてくる。
「本当に考えて欲しいのは、そこじゃないんだけどなー」
「……じゃあ、どういうことなんですか? イズニさん」
「さっきわたし、人間を複製して、出来上がったのは、厳密には人ではないなにかだ、って言ったでしょー? そーゆーことー」
「……つまり、ボクらが蘇らせようとしている娃は、その時点でもう娃じゃなくなってる、っていうことが言いたいのか?」
その言葉に、イズニさんは気怠げに口を開いた。
「蘇らせようとしてる、っていうか、蘇ったお姉さんって、本当にお姉さんなのかなー? って思ってさー」
なんだか、イズニさんは、今までで一番大切なことを言ってくれているように感じる。けれども僕にはその言葉の真意がわからなくて、ただ疑問の声を上げることしかできない。
「……何を、言ってるんですか? イズニさん。あれは間違いなく、娃ですよ。声も、記憶だって、あれは間違いなく娃ですよ!」
「何だ? イズニ。お前、声も記憶もAIに学習させておけば、本人とほとんど同じものが出来上がるって、そう言いたいのか?」
「いやー、そーゆー技術的なことじゃなくってさぁー。もっと、根本的なことなんだよねー」
「それは、どういう?」
「一割、だったっけー? 今、君のお姉さんが感じられるのってさー」
その言葉に、僕はうなずく。
「はい。今の娃は、『デバイス』の中にいるので、聴覚しか使えないはずです」
「それって、本当にわたしたちが聞いているものを、聞いているのかなー?」
「え?」
「……なるほど。そういうことか」
疑問符を浮かべる僕とは対照的に、紗夜は眉をひそめて、忌々しげに口を開く。
「ボクら人間が聞こえるのは、せいぜい二十から二万ヘルツまでだ。でも、『デバイス』の性能は、人一人を表現出来る未来の機械は、一体どれぐらい音を拾えるんだろうな?」
「待ってよ、紗夜。聞こえる範囲が変わるからって、そんなことで娃が娃じゃなくなるって言うのか?」
「そんなことじゃない。聞こえる範囲(インプット)が変わるんだ。自ずと振る舞い方(アウトプット)が変わってくる」
「それだけじゃないですよー。『デバイス』の性能っていう、思考(プロセス)が全く違うものになるんですからー。わたしの世界で複製された人も、結局複製元と複製先で、精神が同期していってしまってですねー。自分の体が二つある、みたいな錯覚状態に陥っちゃったんですよー」
「体が、二つ?」
「一見、便利そうだが、それはもう、同じ人間じゃなくなるな」
そう言って紗夜は、気難し気に口を歪める。
「人間に、ロボットの指を追加して操作したらどうなるのか? っていう研究があったんだが、結果、脳が認識している自分の体のイメージが変化したんだ」
「君、科学嫌いって割に、そーとー詳しいねー」
「うるさいぞ、イズニ! 打倒すべき相手のことを知らずして、どうやって戦えって言うんだ? まぁ、ボクが何を言いたいのか? っていうと、同じ人間であっても体が違えば脳の動きが違うんだから、いわんや、体も脳も全く変わってしまった娃をや、ってことだな」
「そん、な……」
だとしたら、今僕の家にいる二人の娃は、一体何者だというのだろうか?
……いや、娃は、娃のはずだ。
そう思うものの、目の前に新たに提示された疑問の大きさに、僕はそれ以上言葉を紡ぐことが出来なかった。
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