あっけらかんとそう言い切られて、僕は一瞬イズニさんが何を言っているのか理解できなかった。でも、その疑問はもっともなものだった。

 体と魂が用意されていても、それとリンクさせなければ、意味がない。

 黙り込んだ僕に向かって、イズニさんは気怠げに口を開く。

「なんだっけー? 君のお姉さんが入ってい、あ、『デバイス』? それ、どうやってこの体に紐づけるのー? 外科手術でもして、脳みそに取り付ける? でも、そんなことしたって、体に異物を埋め込むだけだよね? それって、本当に君のお姉さんなのかなー?」

 その言葉で、僕は以前、紗夜に『デバイス』を、自分の腹をかっさばいて臓物と一緒に入れておけと言われたことを思いだしていた。その言葉を聞いた僕は、幼馴染に、こう言い返していたのだ。

『マネキンにスピーカーくくりつけるのとは、話が全然違うよ! やってもいいけど、やったら今度は僕が死ぬって!』

 恐らく、イズニさんに用意してもらった娃の体へ無理やり『デバイス』を埋め込んだとしても、先程異世界人が述べた様に、僕の想像している形で姉は蘇らないだろう。

 ……だったらもう一体、生贄を用意するのは、どうだろう?

 イズニさんは、生贄一体で、人一人がどうにか出来る範囲のことは出来るといっていた。

 ナミネさんは、地球に生存する人類は、自らが備える感覚器官を通した脳内信号の範囲でしか体外の事象を認識できないといっていた。

 ……逆に言えば、人一人は、脳信号の範囲であれば体外の事象を認識できる、ってことだ。

 なら、生贄がもう一体いれば、『デバイス(脳)』に体を操作させる事だって、可能という事になる。

 ……でも、今からもう一体作るなんて、間に合うのかな?

 夏休みの間であれば、この理科室は紗夜の王国といってもいい。ここで何をしようが、外で過剰な噂が広がらない限り、何をしたっていいだろう。

 しかし、紗夜が言っていた通り、それは夏休みという時間制限がある。それを過ぎたら、ここは自由に使う事は出来ない。

 ……なら、紗夜の家でもう一体の生贄を錬成するのは、どうだろう?

 僕の家には大國さんがいるから、タイムパラドックスを引き起こすような行為は、確実に邪魔されるはずだ。一方、紗夜の家には、彼女とイズニさんの二人だけしかいない。幼馴染と異世界人には手狭な生活をさせてしまうかもしれないけれど、娃を肉体をもった形で蘇らせるには、我慢してもらうしかない。

「言い忘れたけど、錬成した生贄は、時間経過とともに腐ってくからねー」

「え、そうなんですか?」

「そりゃー、魔術で作ったものだから、生存させるには生贄(食事)が必要になるって話さー。っていうかー、生贄なんて、出来たらそっこー魔術に使うから、そんなに生存させとく必要性がないしねー」

「そんな……」

 なら、腐り落ちないようにするために、業務用の冷蔵庫でも用意するのはどうだろう? でも、そんなもの、注文して翌日にすぐに届くものなのだろうか? いや、そもそも一般家庭と同じスペックしかない紗夜の家の電圧で、業務用の冷蔵庫が動くものなのだろうか?

 ……いや、そもそも、錬成した生贄の維持には食事がいるんだ。冷凍したって、意味ないじゃないか。

 だとすると、この肉体は破棄して、新たに娃の肉体を紗夜の家で、同時に二体錬成するのはどうだろう?

 ……その間、紗夜とイズニさんはホテルに泊まってもらうとして、でも、イズニさんの耳をみたら、絶対に噂になるだろうし。

 そもそも、紗夜は学校で悪目立ちしている。メンツを彼女に潰されている教師たちが、紗夜の生活を探ろうとするかもしれない。

 ……そもそも、今作っている娃の体を、どうやって破棄するんだ?

 やろうとしていることは、完全に死体遺棄だ。海に沈めるなり、山に埋めるなりしたとしても、人一人隠すのは容易ではない。

 ……それに、見つかったら、確実に警察に原因を追究されてしまう。

 しかも、警察が見つけるのは、既に死んだとされている娃の腐った体なのだ。死んで、火葬場で灰にした人間の死体がもう一度出てくるなんて、確実に関係者である僕は根掘り葉掘り聞かれるだろうし、夏休み中僕が理科室に通って紗夜と会っていたのも、すぐにバレるだろう。そうなれば、紗夜の家にだって調査の手は伸びる可能性は十分にある。

 ……そこで錬成途中の娃を見られたら、完全におしまいだ。

 それだけでも気が遠くなるほど難解な状況なのに、それら全てを成し遂げるうえで、僕には絶対的な、時間の制約が存在していた。

 それは――

 ……娃の、四十九日がある。

 娃の骨箱は、四十九日が経てば、墓の下に納めることになっている。つまり、来月末には、娃の体を錬成するための、姉自身という捧げ物がなくなってしまうのだ。

 ……なら、遺灰を必要な分だけ先にとっておく?

 イズニさんに注目が集まらないようにしながら、教師たちが紗夜の家を嗅ぎ回らないように立ち回って、先に錬成した娃の体を警察にバレない様に捨てて、そうしたそれら全てを、来月末までに終わらせて――

 ……駄目だ。家に娃の遺灰を残していたら、まだ僕の家に姉のエントロピーが残っているって、ナミネさんにバレてしまう。

 そうなれば、一番気づかれたくない大國さんに、僕の企みが完全に露見してしまうだろう。

 つまり、錬成した娃の体を紐づけるには、同時にもう一体、『デバイス』にAI化された娃と、娃の体を紐づけるための生贄を用意していなければならなかったのだ。

 ……何でイズニさんは、こんな大切なことを今まで黙っていたんだっ!

 怒りで一瞬、目の前が真っ白になる。でも、イズニさんは、あくまで僕の求めた通り、生贄を一体、用意したに過ぎない。僕の都合で異世界から召喚しておいて、全て僕らの思い通りに事を運んでくれだなんて、虫が良すぎる。むしろ、自分の世界から勝手に呼び出されたのに、よく今まで付き合ってくれたものだ。

 ……そうだ。悪いのは、全部、僕だ。僕の我儘で娃を蘇らせて、体も作って、その間に娃がもう一人増えて。

 結果として、何も選べず、何も得ることが出来ず、傷つけた人を、増やしただけだった。

 自分の醜悪さと俗悪さと悪辣さに、膝から崩れ落ちそうになる。

 そんな僕に向かって、ある言葉が投げかけられた。

 

「その辺りは、ボクに考えがある」

 

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