そう言って紗夜は、両手に持ったチョークを、イズニさんに向かって突き出した。イズニさんは自分に向けられたそれらを手に取ると――

「両方だよ。男性二人も、そして増えた女性二人もねー」

 そう言って、紗夜が手にした四本のチョークをへし折る。ぺき、っと音が鳴り、折った拍子にチョークの粉が手について、イズニさんは面倒くさそうに顔を歪めながら、それを払うように手を叩いた。

「隣の芝は、青いってやつかなー。二人に分かれた時点で、そこから経験する内容が違えば、元が同じであっても、全く別のものになるって、そーゆーことだねー」

「元は同じソースコードのAIであっても、学習させる内容が違えば、全く違う結果を導き出すAIになる、っていう、そういうことか」

「えーあいが、わたしはどういうものか、完全に理解しているわけじゃないけど、まぁ、大体そういう感じかなー」

 イズニさんは気怠げにそう言って、実験台にもたれかかる。

「複製された女性は、自分が選ばなかった男性と、自分が楽しそうに笑っている所を見たりするわけだよねー? そうなると、本来あそこで笑っていられるのは、自分だったんじゃないか? って、そー思っちゃったりするわけさー」

「逆に、男性の方も女性との関係性が上手くいっていなければ、もう一方の複製した女性の方との、選ばなかった未来を考えるわけか」

「男性側も、もう一方のペアが幸せに暮らしてたんなら、あっちの女性だったら、もしかしたら上手くいったんじゃないかー? って、どーしても思っちゃうよねー。どっちでもいい、って始めたのは自分たちなのに、ほんとーに、だるだるだよねー」

 紗夜とイズニさんの会話を聞きながら、僕は自分の思考に沈んでいく。

 それは本来、なかったはずの選択肢だ。選ばなかったはずの未来がその場にあったとして、そしてその未来が今の自分よりも良いと思えるものだったのなら、かつての選択を選び直したいと思わない人の方が、少ないのではないだろうか?

 ……それとも、選択肢を選び直したとしても、結局同じ、いいと思えない未来しか手にはいらないのかな?

 イズニさんがやってきた異世界の常識でも、過去の選択肢を変えたとしても、未来は変えられない(タイムパラドックスは起こせない)のだろうか?

 ……いや、そんなことはない。絶対に、未来は変えられる。娃を、蘇らせることは、出来るんだ。

 そう思いながら、僕は口を開く。

「じゃあ、恋人を増やそうとした人はいないの? 一人を複製して二つのペアを作るんじゃなくって、一つのペアに一人増えるような」

 その言葉を聞いたイズニさんは、面倒臭そうにしながらも、口を開く。

「その結果は、君が一番よくわかってるんじゃないかなー。わかってることを言うのは、だるー」

 その言葉に、紗夜も同意する。

「さっきボクが言ったが、増えなかった方は増えた分恋人の時間を専有できるけど、増えた恋人側は逆にその時間が減るんだぞ? 上手くいくわけないだろ」

「結局、好きな人を量産して、その関係が続いても、待ってるのは跡目争いとか、後宮で行われるような、序列争いなんだよねー。恋人を奪い合うライバルが、他人から複製された本人に変わるだけだからさー」

「どっちかってーと、そっちの方がきつそうだけどな。自分と全く同じなのに、自分を選んでもらえないっていう状況は」

 そう言われて、僕は改めて自分の罪を自覚した。

「……つまり、僕は今、娃をそのつらい状況にしてしまった、ってことか」

「だから、ボクは言っただろ? 大馬鹿者ってさ」

 その通り過ぎて、僕は口をつぐむ。紗夜の言う通り、一体僕は何をやっているのだろう? 蘇らせたいと思っている人の体を作ったりしながら、その裏で娃をもう一人増やすだなんて。

 と、そこまで考えて、僕の中に疑問が生じた。

「そんなに人の複製に否定的なのに、なんでイズニさんは、娃の体を作るのを手伝ってくれるんですか?」

「んー、まー、これが人間を複製しているわけじゃなくって、魔術の生贄のための人間を錬成してるだけだから、ってのが理由だねー。それにー」

「それに?」

「聞いてる限り、多分、君が思い描いているような形で、蘇らないと思うよー。君のお姉さんさー」

「え?」

 それは、聞き逃すことが出来ない言葉だった。

 ……娃を蘇らせれない?

「でも、イズニさん。もう娃はAIとして、普通に考えて、普通に話すことが出来るんですよ? それってもう、人間で言うところの魂までは蘇らせれている、ってことなんじゃないんですか?」

 ……その魂みたいなものが二つ生じてしまったという、全く別の問題はあるんだけれども。

 しかし、自分でものを考えて、口にできる時点で、脳や他の人間としての機能も持ち合わせていそうだけれど、それでも一番クリアが難しそうな、娃としての意識は蘇らせれているんだ。

 そして今、その魂が入るための器、肉体を作ろうとしており、そちらは順調に事が進んでいるようにも思える。だとすると――

 ……後は、それを娃の体と紐づけるだけなんじゃないの?

 

「その紐づけって、どうやるのさー」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る