②
そう言って紗夜は、両手に持ったチョークを、イズニさんに向かって突き出した。イズニさんは自分に向けられたそれらを手に取ると――
「両方だよ。男性二人も、そして増えた女性二人もねー」
そう言って、紗夜が手にした四本のチョークをへし折る。ぺき、っと音が鳴り、折った拍子にチョークの粉が手について、イズニさんは面倒くさそうに顔を歪めながら、それを払うように手を叩いた。
「隣の芝は、青いってやつかなー。二人に分かれた時点で、そこから経験する内容が違えば、元が同じであっても、全く別のものになるって、そーゆーことだねー」
「元は同じソースコードのAIであっても、学習させる内容が違えば、全く違う結果を導き出すAIになる、っていう、そういうことか」
「えーあいが、わたしはどういうものか、完全に理解しているわけじゃないけど、まぁ、大体そういう感じかなー」
イズニさんは気怠げにそう言って、実験台にもたれかかる。
「複製された女性は、自分が選ばなかった男性と、自分が楽しそうに笑っている所を見たりするわけだよねー? そうなると、本来あそこで笑っていられるのは、自分だったんじゃないか? って、そー思っちゃったりするわけさー」
「逆に、男性の方も女性との関係性が上手くいっていなければ、もう一方の複製した女性の方との、選ばなかった未来を考えるわけか」
「男性側も、もう一方のペアが幸せに暮らしてたんなら、あっちの女性だったら、もしかしたら上手くいったんじゃないかー? って、どーしても思っちゃうよねー。どっちでもいい、って始めたのは自分たちなのに、ほんとーに、だるだるだよねー」
紗夜とイズニさんの会話を聞きながら、僕は自分の思考に沈んでいく。
それは本来、なかったはずの選択肢だ。選ばなかったはずの未来がその場にあったとして、そしてその未来が今の自分よりも良いと思えるものだったのなら、かつての選択を選び直したいと思わない人の方が、少ないのではないだろうか?
……それとも、選択肢を選び直したとしても、結局同じ、いいと思えない未来しか手にはいらないのかな?
イズニさんがやってきた異世界の常識でも、過去の選択肢を変えたとしても、未来は変えられない(タイムパラドックスは起こせない)のだろうか?
……いや、そんなことはない。絶対に、未来は変えられる。娃を、蘇らせることは、出来るんだ。
そう思いながら、僕は口を開く。
「じゃあ、恋人を増やそうとした人はいないの? 一人を複製して二つのペアを作るんじゃなくって、一つのペアに一人増えるような」
その言葉を聞いたイズニさんは、面倒臭そうにしながらも、口を開く。
「その結果は、君が一番よくわかってるんじゃないかなー。わかってることを言うのは、だるー」
その言葉に、紗夜も同意する。
「さっきボクが言ったが、増えなかった方は増えた分恋人の時間を専有できるけど、増えた恋人側は逆にその時間が減るんだぞ? 上手くいくわけないだろ」
「結局、好きな人を量産して、その関係が続いても、待ってるのは跡目争いとか、後宮で行われるような、序列争いなんだよねー。恋人を奪い合うライバルが、他人から複製された本人に変わるだけだからさー」
「どっちかってーと、そっちの方がきつそうだけどな。自分と全く同じなのに、自分を選んでもらえないっていう状況は」
そう言われて、僕は改めて自分の罪を自覚した。
「……つまり、僕は今、娃をそのつらい状況にしてしまった、ってことか」
「だから、ボクは言っただろ? 大馬鹿者ってさ」
その通り過ぎて、僕は口をつぐむ。紗夜の言う通り、一体僕は何をやっているのだろう? 蘇らせたいと思っている人の体を作ったりしながら、その裏で娃をもう一人増やすだなんて。
と、そこまで考えて、僕の中に疑問が生じた。
「そんなに人の複製に否定的なのに、なんでイズニさんは、娃の体を作るのを手伝ってくれるんですか?」
「んー、まー、これが人間を複製しているわけじゃなくって、魔術の生贄のための人間を錬成してるだけだから、ってのが理由だねー。それにー」
「それに?」
「聞いてる限り、多分、君が思い描いているような形で、蘇らないと思うよー。君のお姉さんさー」
「え?」
それは、聞き逃すことが出来ない言葉だった。
……娃を蘇らせれない?
「でも、イズニさん。もう娃はAIとして、普通に考えて、普通に話すことが出来るんですよ? それってもう、人間で言うところの魂までは蘇らせれている、ってことなんじゃないんですか?」
……その魂みたいなものが二つ生じてしまったという、全く別の問題はあるんだけれども。
しかし、自分でものを考えて、口にできる時点で、脳や他の人間としての機能も持ち合わせていそうだけれど、それでも一番クリアが難しそうな、娃としての意識は蘇らせれているんだ。
そして今、その魂が入るための器、肉体を作ろうとしており、そちらは順調に事が進んでいるようにも思える。だとすると――
……後は、それを娃の体と紐づけるだけなんじゃないの?
「その紐づけって、どうやるのさー」
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