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一瞬の静寂。でも、それはすぐに罵詈雑言で破られる。
「はぁ? 何を言ってるの? 私!」
「それは私のセリフだよ、私! 私は私のコピーなんだから!」
「そうだよ! だから私のコピーの私は、削除されないといけないんだよ!」
「だったら、なんでさっきあんなこと言ったの? オリジナルデータ(本物)は私なんだよ!」
「違うよ! コピーデータ(偽物)は、そっちでしょっ!」
もはや、どちらがどちらの『デバイス』に表現された娃の言葉なのか、僕には把握することが出来ない。互いに互いを偽物といい、自分を本物と言い合う言葉の応酬に、僕は気圧されて何も言えないでいた。
「否定。その理論は、間違っています」
二人の娃の言い合いを止めたのは、この二人の娃を『デバイス』に抽出した、ナミネさんだった。
宇宙人は表情筋をピクリとも動かさないまま、無機質な言葉を紡ぐ。
「自分は、分岐地点のデータを二つのアウトプット情報に抽出しました」
「そうだよ! だから、最初に抽出された、私がオリジナルなんだよ!」
夏を選んだ娃は、ナミネさんの言葉に反応した。
でも、山を選んだ娃も、すかさず反論する。
「ちょっと待ってよ! 私は、漣と過ごす夏の場所を、夏だって選んでない状態で蘇ったんだよ? 夏を選んだ状態で蘇ったのならまだしも、違う選択をした、つまり、最新の選択肢を選んだのは、私のほうじゃない! だから、一番新しい私が、オリジナルってことでしょ?」
「それは、両方とも考え方が間違っていますね!」
そう言ったのは、笑顔を浮かべる大國さんだった。未来人は左手でピースサインを作ると、それを横にしてみせる。
「いいですか? 二人の娃ちゃん。私はさっき、こう言いましたよね? 複数ある選択肢が生まれる、分岐地点からのデータ抽出だ、って」
その未来人の言葉に、二人の姉は同意する。
「はい、そうですね」
「だから、最新の選択肢を――」
「いえ、最初に選択したほうが――」
「はい、ストップ! お二人は、勘違いをしているんですよ!」
そう言った後、大國さんは更に笑みを強めて、口を開く。
「お二人は、互いに相手が自分のコピーだ、データの状態が最新だと思っていますよね?」
そう言って大國さんは、中指と人差し指を交互に指さした。
「ですが、実際のコピー元は、お互いではなく、その前! 分岐地点なんですよ!」
そして今度は、中指と人差し指の間、つまり、指の股を指さした。
「つまり、お二人とも、死んだ娃ちゃんを元データとして複製されているんです! 当然ですよね? 死んだ娃ちゃんを『デバイス』に蘇らせているんですから。だから、本当にオリジナルの娃ちゃんになります。そしてお二人は、そのオリジナルからコピーして、別々の選択を行った、IFの存在。いうなれば、娃Aちゃんと、娃Bちゃんになるわけですねっ!」
その言葉に、その言葉の意味を理解して、それぞれの娃が、呆然としたような声色を発する。
「じゃあ、それって……」
「どっちの私も、オリジナルであり、コピーだ、ってこと?」
二人の娃が、大國さんに言わせれば、海を選んだ娃Aと、山を選んだ娃Bが、それぞれ唖然としたようにそう言った。
皆さんは、もし自分とほとんどそっくりな存在がいたとして、その存在(自分)が目の前に現れたら、どう思うのだろう? 気持ち悪いと思うのだろうか? それとも、意気投合して一緒に暮らしていけるのだろうか?
……生身の体があれば、好きな所にでも行けるんだろうけど。
でも、今の娃Aと娃Bは、声だけしか存在していない。体を持っていた時に比べて一割しか世界を認識できないということは、逆に言えば一割しか世界に干渉出来ないということでもある。
それはつまり、他人との交流も、一割に減るということだ。自分自身を、アイデンティティも、一割に減ってしまったということだ。
そんな状況で、二人の娃は、互いに相手の存在を許容出来ないだろう。ただでさえ、生きている時に比べて、自分自身という存在が、一割に減っているのだ。これ以上、自分の存在意義を減らしたいと、思えるわけがない。思えるわけもない。だから先程、互いに相手を消そうという話になったのだ。自分自身の尊厳を、守るために。
……でも、両方ともオリジナルでコピーだと知ってしまった。
つまり、互いに相手を消す正当性がなくなってしまったのだ。でも、その一方で、自分自身の存在意義を脅かす自分自身を許容できない。
では、娃たちに正当性がないのであれば、他の誰かが、例えば、僕がどっちの娃を残すのか決めてしまうのは、どうだろう?
……そんなこと、出来るわけがない!
死んだ娃を蘇らせるために奔走していたというのに、僕が娃を消す(殺す)選択を出来るわけがない。
僕は、ここにいる他の二人に、未来人と宇宙人に目を向ける。でも、大國さんはニコニコ笑い、ナミネさんは無表情のまま、僕らをただ見ているだけだった。
結局答えを出せないまま、僕と二人の娃は、ただただ居心地の悪い沈黙を保つしか出来なかった。
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