「はい、これ! フォーマットが終わった『デバイス』だよ!」

 大國さんにそう言われて、僕は銀色に光る手のひらサイズの楕円形の何かを受け取る。以前未来人から娃が入っている『デバイス』を受け取ったときとは違い、それは冷たく、手に持った僕を、拒絶しているかのようにも感じられた。

「いよいよ、私がコピーされるんだね!」

 生身の体を持っていては出来ない体験が出来ると思っているからか、『デバイス』から娃の、とても楽しげな声が聞こえてきた。

 その言葉に、ナミネさんが無表情のまま口を開く。

「複製ではなく、正確にはロールバックという事象に類似する」

 その言葉に、娃は疑問を口にした。

「それ、どう違うんですか? 退避していた情報を呼び戻すって、バックアップデータからするんですから、元のデータは同じですよね?」

 ナミネさんの言葉を補足するように、今度は大國さんが口を開く。

「コピーっていうより、娃ちゃんの言葉を使うなら、複数ある選択肢が生まれる、分岐地点からのデータ抽出、って感じかな?」

「……なるほど。でも、やっぱり分岐地点のデータを複数箇所に書き出すだけなんですから、コピーなんだと思うんですけど」

 そういう娃へ、大國さんは満面の笑みを浮かべる。

「娃ちゃんが、そういう理解なら、それでもいいと、私は思うけどな!」

「じゃあ、そういうことにしておきますね!」

 その言葉にナミネさんはうなずいてから、僕から『デバイス』を受け取ると、また以前と同じくこちらの手を掴んで、娃の部屋、そこにある骨箱の前まで歩いて行く。娃の骨箱は、四十九日が経てば、墓の下に納めることになっていた。こうした娃のAI化も、来月末には行えなくなることだろう。

 そう思っている僕の横で、イズニさんの唇が動き出す。

 そして、再度あの言葉を口にした。

「エントロピーを抽出。格納。成功した」

 そして、以前の再現が起こる。

 ナミネさんから受け取った『デバイス』は、ほんのりと温かみを感じ、一瞬、『デバイス』が、まるでスマホで電話が鳴ったように激しく震える。その震えが止まると、楕円形の『デバイス』から、こんな音声が流れてきた。

「え、何? これ。え、何なの? これ」

 それは、紛れもなく。

 僕と血を分けた姉の、娃の声だった。

 でも、その後の展開が、違った。

「あ、そっか。私、漣の選択肢を増やすために、複製されたんだっけ」

 娃の言葉を聞いて、僕は目を見張った。

「もう、そこまでの記憶があるの? 娃」

「記憶っていうか、記録、かな? 私は、山を選択すればいいんだよね?」

「うん、そうだよ、私」

 そう言ったのは、スマートフォンのような『デバイス』に表現されている、娃だった。

 その娃に向かって、すかさず楕円形の『デバイス』から、娃が言葉を発する。

「でも、考えてみたら、漣と一緒に山に行くほうが楽しいんじゃないかな? 私。バーベキューとかも出来るし、次にベランダで植える苗についても相談できるし」

「それを言うなら、海だってバーベキューは出来るよ? それに夏は暑いし、泳ぐんだったら海のほうがいいよ。私だからわかると思うけど、水着も欲しいって思ってたでしょ?」

「それなら、なおさら山の中の川とかにした方がいいよ。日本できれいな海って、どこも混み合うし、私も人混みはそんなに得意じゃないから。だったら、山の中できれいな水に使ったほうがいいとおもうけど」

「レジャーに出ているのに、汚れのことを気にしても仕方がないよ? 私。そんなことをいい始めると、山は虫も大きいし、土で汚れたりするじゃない。雨が降ったら、大惨事だよ?」

 娃の声と、娃の声が会話をしている。娃のコピーを作るということは、こういうことだと理解していたけれど、いざ自分がその状況に遭遇してみると、めまいがしてきそうな状況だ。

 ……でも、これはこれで、良かったのかもしれないな。

 娃は、そこまで深い理由で海を選んだと言っていなかったけれど、いざ話し始めると、こんなにも姉は自分の中で海を選んだ理由を持っていた。

 もちろん、それと同じぐらい山を選んだ理由を持っていたわけだけれど、そうした心のうちも、こうやって夏を選んだ娃と山を選んだ娃が言葉を交わさなければ、明らかにされなかったのだ。

「……よかった。今回は、ちゃんと娃の言葉が聞けて」

 そうつぶやいたのは、紛れもなく、僕の本心だった。

 娃は、もう自殺するような真似はしないと言ってくれていた。でも、彼女が僕に何もはなさないまま自殺を選んだという事実が、それほどまでに自分の心の内を明かそうとしていなかったことに対して、僕はまだ恐怖感を持っている。

 でも、今回はそれが明らかになった。

 ……だから、よかった。本当に、よかったよ。

「漣……」

「そっか。そうだよね。ごめん、心配かけたね」

 どうやら、僕の方は娃の心中を理解しきれていなくても、姉の方は弟のことをよく理解しているようだ。そのギャップも面白くて、僕と二人の娃は少しだけ笑いあった。

 そして、夏を選んだ娃が言葉を紡ぐ。

「じゃあ、もう一つの選択肢の結果もわかったことだし」

「うん。もう、これで必要ないよね」

 山を選んだ娃も、その言葉に続く。

 そして、二人同時に、こう言ったのだった。

 

「「じゃあ、そっちのコピーを削除してよ」」

 

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