ノックをすると、すぐに紗夜が入出の許可をくれる。僕はすぐに扉を開けると、理科室の中に入った。部屋の中は、相変わらず紗夜が創り上げた黒幕がかかっている。一方で、見慣れないものの姿もあった。

 部屋の中央、その実験台に、何かが横たわっているのだ。

 それは、一体の、人の形をしていた。

「今、面倒な作業中だよー」

 その実験台のそばに立つイズニさんが、煩わしげに金色の髪をかきあげながらそう言った。異世界人の近くに歩み寄り、僕は改めて実験台の上に乗せられたそれをよく観察する。

 それは、海辺の砂で作ったような、人の形をした砂山のようにも見えて。

 それは、森林の樹木をくり抜いて作った、人形の人形のようにも見えた。

 その、砂とも木とも言えるようなものが、布団の圧縮シートみたいなものの中に入れられており、のっぺりとした質感があるように見受けられる。

「今、ボクとお前で集めた材料を、人の形に馴染ませてるところなんだとさ」

 そう言って、紗夜は僕の方へ近づいてくる。

「娃の顔とか体つきは、ボクの方からイズニに伝えておいたよ。後はこいつの魔術が失敗しなければ、娃の体は出来上がりだ」

「……失礼だなー。出来るといっても、こんなに面倒なことをしているわたしを、もう少しいたわって欲しいんだけどなー」

 よく見ると、娃の体になろうとしているものの下には、紗夜が持ち込んだ黒幕が敷かれている。しかし、そこに描かれた幾何学模様は幼馴染がチョークで刻んだものとは違い、青や黄色、赤に紫と、虹に使われるような七色の色に変化しながら、淡く発光していた。

「それ、イズニが人体錬成用に作った、祭壇なんだとさ。この引きこもり、異世界だとそこそこの魔術の名門の出らしくってな。そんなことができるなら、わざわざボクが養う必要なんてなかったのにな」

 それを聞いたイズニさんが、気怠げに反論する。

「なんでわたしのことを、君が全部ペラペラ喋っちゃうかなー」

「お前が面倒くさがって話さねぇかなぁ、って思ったんだよ」

「……確かに、それも一理あるなー」

「っていうか、紗夜。髪、どうしたの?」

「ん? これか?」

 そう言って紗夜は、短く切った自分の髪を、まるで僕に見せびらかせるように、宙になびかせる。

「どうだ? 似合ってるだろ?」

「お前、おさげにしてたの、朝羅さんとおそろいに、って――」

「あー、いいんだよ。娃が死んで、生き返ったんだ。ボクだって、死んで生き返った、みたいな、そういう体験をしたいって、そう思っただけだからさ」

「そう、なのか?」

「そうなんだよ。お前がいちいち、気にするようなことじゃねぇ」

 もうこの話はおしまいだ、とばかりに、紗夜は僕に背を向ける。

 それならば仕方がないと、僕は今度、異世界人に向かって声をかけた。

「ねぇ、イズニさん。これ、もう一体作れる?」

 突然そう言い出した僕の方を、イズニさんが胡乱げな顔で一瞥する。

「そりゃー、材料があれば作れるっちゃ作れるけどー」

 そう言った後、イズニさんは紗夜と顔を見合わせる。その幼馴染は、怪訝な表情を浮かべたまま、僕の方を振り向いた。

「何だ? もう一人の娃は、慰める用にでも使うのか?」

「体はあるけど、出産は出来ないぞー」

「いや、そういう意味で言ったわけじゃないから!」

 僕は慌ててそう言うが、紗夜の疑いの表情は晴れない。

「だったら、どういう意味なんだ? 漣。もしものためのスペアを考えているのなら、失敗した時に考えればいいだろ? それに、今からもう一体作り始めるとなると、流石に夏休み中には完成するのは無理だ。この理科室を自由に使える時間には、限りがあるんだぞ。漣の家で作るにしても、未来人に見つかったら、まず間違いなく邪魔されるだろうし、ボクの家だって居候が一人増えたんだ。そんなスペースはないし、無理して二体目を作る理由がない」

 至極真っ当な紗夜の言葉に、僕はうなずくほかない。

「そう、だよな。やっぱり、そうだよ、な」

 そう言いながら、僕は苦笑いを浮かべる。

 ……そうだ。娃が複製されたとしても、それはあくまで娃のコピーだ。僕が蘇らせたい本物の娃は、一人だけなんだから。

 もしものことを考えて、娃の体を二つ用意することも考えていたけれど、それは僕の杞憂みたいだ。結局娃は一人なんだから、コピーの分まで考える必要はない。

「悪い。僕の勇み足みたいだったみたいだ」

「……ったく、ちゃんとしてくれよな」

 紗夜はそう言った後、思い出したような表情を浮かべ、イズニさんへ問いかける。

「そういえば、イズニ。前に人体を捧げ物にするのはコスパがいい、って話てたけど、人を生贄にすると、どれぐらいのことは出来るんだ?」

「そうですねー。一体で、人一人がどうにか出来る範囲のことは出来る、って感じでしょーか? 逆に言えば、捧げれば捧げる数が多いほど、出来る範囲が増える、って感じですねー」

「なるほど。確かに、そりゃコスパがいいな」

「ただしー、捧げ物が多ければ多いほど、それを制御するのは大変になっていくんですけどねー」

 その後僕は彼女たちの魔術談義を聞いた後、帰路に着くことにした。

 

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