「そういえば、なんで娃は今年の夏、山より海の方に行きたいって思ったの?」

 夏休みもそろそろ四分の二が経過しようというところで、僕はお昼を食べている時に『デバイス』の中にいる娃に向かってそう問いかけた。

 すると、娃は、なんとなく困ったような雰囲気で、言葉を発する。

「んー、っと、そんなに、これだ! みたいな理由は、正直ないんだよねぇ。その時の気分が、そういう感じだったから、ってだけで」

「……そっか」

 答えられた内容に、僕も素直に引き下がる。そして、電子レンジで温めた冷凍の明太子クリームパスタを箸ですすった。

 元々、僕が質問したのだって、対して意味がある訳ではない。ちょうど話題がなくなって、少し会話に間が空いたので、なんとなくでお思い出したから、聞いただけだったのだ。

 でも、娃はその問いに、何かしら意味合いを見出したみたいだった。

「でも、今の私なら、その二択、どちらも選べるよね?」

 言っている意味がわからず、僕は首をひねる。

「ええ、っと? それは、『デバイス』になったから身軽になったから、海も、山も行けるって、そういうこと?」

「違う、違うよ、漣。最初に海に行きたいって選んだ私も、山に行きたいって選んだ私も、同時にこの場所に、この時間軸上に存在できるって、私はそういうことを言っているんだよ」

「……ちょっと、何を言っているのかが、わからないんだけど」

「え? そんなに難しいことかな?」

 一足す一がわからない小学生に手を焼く教師のような口調で、娃は僕に向かって話しかける。

「だって今の私、AIみたいなもなんでしょう? だったら、私をコピーすれば、海を選んだ私も、山を選んだ私も、両方この時間軸上で存在する、っていうことになるでしょう?」

 その言葉に、僕はパスタを口に運ぼうとしていた箸を、落としそうになる。

 僕は娃の言葉に狼狽しながらも、なんとか口を開いた。

「な、何を言ってるんだよ、娃! そんな、人間をコピーするだなんて、出来ないよ!」

「どうして? だって私自身、死んでるのに蘇ったんだよ? それにAIだけでなく、データのコピー&ペーストなんて、今じゃ誰だってやってるじゃない」

 確かに、そうかもしれない。世の中にはいろんなAIが溢れていて、日々開発者たちが個別に同じソースコードを変更していて、それをコピーしたり、マージしたり、デプロイしたりなんて、日常茶飯事に行こなわれていることなのだろう。

 でも、それはあくまで、ただのAIの話だ。

 人間(AIとして蘇った娃)とは、全く違う。

「それを娃に対して行うのが問題だって言ってるんだよ!」

「だから、どうして? 今の私だって、データじゃない」

 ……娃は、自分が何を言っているのか、理解しているのだろうか?

 確かに、AIをコピーすることは、可能だろう。でも、それはあくまでデータの話で、人間の話ではない。しかし一方で、今の娃はAIなのだ。

 ……つまり僕は、娃を他のAIと同じように扱いたくないんだ。

 これは、僕のわがままだろうか? 人を複製(コピー)するという行為に、恋人を、姉をもう一人つるということに、僕は猛烈な忌避感を感じてしまっている。もし娃が、姉が突然二人になったら、僕の生活は、そして増えた姉たちは、一体どうなってしまうのだろう?

 ……僕がどうなるのか? っていう点だけじゃない。娃自身も、どうなるんだろう? 自分自身と、全く同じ存在(AI)がいるっていうのは。

 そこまで考えて、馬鹿らしい、と頭を振る。

「コピーするって言っても、それこそ、パソコンのファイルをコピーするように、簡単に出来ないでしょ。娃をAIとして蘇らせたのはナミネさんだし、蘇らせる先の『デバイス』は、大國さんの持ち物で、勝手に使えないよ」

 その言葉に、娃は納得したような、それでいて、どこか残念そうに、言葉を発した。

「それもそっか」

「でも、なんで急に自分をコピーする、みたいな発想になったの?」

「んーとね。私、自殺したじゃない?」

 僕の人生でも最大のトラウマといってもいいそれを、一切の遠慮もなく話題に上げる娃に、僕は少しだけ反応するのを躊躇してしまう。

 ……体がないと、やっぱり人間、考え方も変わってくるのかな? それとも、一度死んで蘇るっていう経験は、それだけ人を変えてしまうんだろうか?

 そう思いながらも、僕の口から出てきた言葉は、非常にありきたりな言葉だった。

「……うん、そうだね」

「だから、私、そのせいで漣の選択肢を減らしちゃったんだと思ってるんだよね。だから漣にはこれから、私が減らしちゃった分の以上の選択肢を用意してあげたいな、って、そう思ったの」

「それで、自分を増やす、って?」

「うん。いい案だと思ったんだけどなぁ」

 ……つまり、娃は僕のためを思って、その提案をしてくれていた、ってことか。

 最初自分を複製するといい出した時、一瞬AIが人類に反旗を翻したSF映画を思い出したけれど、それはどうやら僕の杞憂だったようだ。

 安堵のため息をついていると、こちらに向かって誰かが話しかけてくる。

「なんの、話、です?」

「……視界、不良好」

 僕と娃の会話が一段落した所で、リビングで横になっていた大國さんが頭をボサボサにしながら、ナミネさんは目をしばたたかせながら、顔を上げてこちらに顔を向けていた。

「お二人とも、また朝まで一緒に映画見てたんですか?」

「しょうがないじゃん、娃ちゃん。ナミネさんが、次のゾンビ映画は、次こそは絶対当たりだっていうから。でも……」

「中途半端な設定が、一番の、罪」

「なんだか、そんな話を別の所で聞いた気がするなぁ」

 ……流行ってるのかな? ゾンビ映画。

 そう思いながら、僕は冷凍庫からパスタを二袋取り出し、電子レンジの中に入れた。

「カルボナーラとアラビアータですけど、どっちがどっちにしますか?」

「私、アラビアータで」

「……カルボナーラ」

「大國さんがアラビアータで、ナミネさんがカルボナーラですね」

 僕は皿を二枚用意する。レンジが音を立て、冷凍パスタの解凍が完了した。レンジの中から袋の角をつまんで取り出し、熱っ、と言いながら袋を開けて、更に盛り付けていく。

 未来人と宇宙人の昼食の準備を終え、二人分の皿と箸を持って戻ると、なにやらその二人は娃を交えて盛り上がっていた。

 先程までは寝起きで瞼が半分ぐらい落ちていたのに、今では未来人も宇宙人も、目をしっかりと見開いている。

「さっすが娃ちゃん! 面白いこと考えるね!」

「了承した。該当の選択をする前のエントロピーを抽出しよう」

 盛り上がる彼女たちに昼食を持っていきながら、僕は口を開いた。

「あの、なんの話ですか?」

 

「あ、漣! どうやら私、簡単にコピー出来るみたいだよ!」

 

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