娃の言葉に、僕はまたわからなくなる。

 人は、いずれ死ぬ。いなくなる。消える。この世から、消え去ってしまう。亡くなってしまう。

 それは、自明のことだった。生きている限り、抜け出せない制約だ。

 だから僕は、娃の言葉が、わからない。

 わからないから、僕は聞くしかなかった。

「そりゃ、そうだよ、娃。生きてるんだもの。生きていれば、死ぬんだから。だから、僕か娃、どちらかが先に死ぬよ。もしかしたら、交通事故とか、それこそ、飛行機事故で一緒に死ぬのかもしれないけど」

「それは、嫌だな」

「……だったら、なんで、死んだんだよ」

「怖かったの。漣が、私より先に死ぬのが」

「……なんだよ、それ」

「逆に、漣は、どうだった? 私に先に死なれて、生きていこうと思えた?」

 その言葉に。

 僕は、一度開きかけた口を、閉ざした。

 だって僕は。

 大國さんが未来からやって来て、あの時、ベランダに現れたのが少しでも遅かったら。

 ……僕は、自殺していたから。

 そう思った瞬間、僕の全身に、鳥肌が立つ。

「……娃は、僕が先に死ぬのが怖かったから、先に死ぬことにしたの?」

「正確には、漣がいない世界を生きて行くのが、怖かった、かな? もっと言うと、更にそこに、私と娃が一緒に生きてきた証があるのは、もっと怖かった。漣はもういないのに、漣をものすごく感じる何かが自分のそばにあることが。漣のいない世界で、漣を強烈に感じてしまうそれのそばにいることが、怖かったの。もう失いたくないって、亡くすものかって思った唯一の肉親を、弟を、恋人を、それでも死に別れた後、ああ、その二人で生きた証があることで、まだ生きていこうって思えてしまえるであろう私が、怖かったの。たった二人で残されたから、二人で寄り添って生きていこうって決めたのに、その片方がいなくなったのに、生きていこうって思ってしまうのが、あのときの二人の誓いを破ってしまうようで、怖かったの」

 その独白を、僕はただ、黙って聞いていた。

 そして、姉であり、恋人の言葉を、自分自身に置き換えてみることにした。つまり、僕が娃と生きた何かしらの証をつくりあげ、その上で娃が先に死んでい待った、そんな希望のカケラが一欠片も見つけることが出来ない、絶望と失望の末、最終的に破滅願望しか湧き上がってこないであろう、そんな未来だ。

 ……そんな未来、僕も望まないよ。娃。

 何も言えないでいる僕に向かい、姉はこうつぶやいた。

「漣。私、ね? 漣を失うのが、怖いの」

「……僕だって、娃を失うのは、怖いよ」

 そう言うと、娃は少しだけ笑った。

「それを言うなら、怖かった、でしょ? だって、私はもう、蘇ってるんだし」

 そう言われて、僕は改めて、この奇蹟のような状況を、少しだけ笑うことが出来た。

「一割だけしか感じられない世界で、本当に蘇ったって、娃は本気で思ってるの?」

「さっきも言ったでしょ? 一度私は、ゼロになったんだよ。十割から九割減ったら、私は耐えられなかったんだと思う。でも、完全になくなってから、戻ってこれたの。ゼロに何を掛けてもゼロになる所を、プラスしてもらえたんだから」

 そしてその後、娃は力強く、こういった。

「だから、もう私は、死のうだなんて思わないよ」

「……本当に?」

「うん。死んだ側も、残してきた人たちを失ってしまうって知ったからね。それに、この体なら、海に沈めたり、宇宙に打ち上げられない限り、漣と一緒にいれそうだしね」

「一緒にいれても、言葉だけしかかわせないよ?」

「そうだね。うん。だから、だからこそ、もっと、もっと話そう? 漣。触れれないから、もう漣の笑顔を見れないから、一緒に食事を取ることも、これ美味しいねって互いに笑い合うことも、私が植えたヤマブキの匂いを一緒に嗅ぐことも出来ないから。それを補うくらい、一緒に話そう?」

 

「でも、その出来ないって思っていたことが出来るようになるって言ったら、娃はどうする?」

 

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