⑥
「おい、もう少しその布はこっちにもってこい」
紗夜の指示に従いつつ、僕は苦笑いを浮かべた。
……さっきまで、あんなに泣いてたのに。
照れ隠しなのか、泣き止んだ紗夜に思いっきりお尻を蹴り上げられた後、彼女が放った第一声がそれだった。
紗夜がひたすら黒い幕に色とりどりに刻んだ魔法陣を、僕は指示された通り移動させて並べたり、時にはそれらが重なり合うように折りたたんだりと、彼女に言われるがまま、理科室の中を動き回っている。
「違う、お前、目はちゃんと見えてるのか? その陣に刻んでいるのは五芒星だ。ボクがさっき指示したのは、六芒星の方だぞ」
「……そんなに文句を言うなら、紗夜も手伝ってよ」
そう言うと、紗夜は呆れ顔のまま、口を開く。
「お前が自分だけで首謀者を気取るって決めたんだろ? だったら漣が主体的に異世界との交流を行う活動をするのが筋というものなのではないか?」
「それっぽい理屈を重ねやがって……」
ぶつくさ言いながらも、紗夜の言葉は正論だった。僕は手足を動かし、幕を敷き詰めていく。それはやがて、僕が持ち出した銀色のビニール袋の様な『デバイス』に、その中に詰められた映画たちを囲む、祭壇のような有様になっていた。
娃の骨壷を設置してある仏壇のようなものではなく、火を灯したロウソクでも並べれば、まさに魔女のサバトに使われる祭壇そのものとなるだろう。
それを組み上げた僕は、汗を拭うと、今まで指示を出していた紗夜に問いかけた。
「それで? この後、どうするの? 紗夜」
「……わからない」
「え?」
その意外な言葉に僕が呆然としていると、紗夜は気難しげに鼻をすする。
「宇宙人が漣の家にやって来たのは、未来人がその『デバイス』の中に映画を入れた、その瞬間なんだろう?」
「ああ。そうだけど」
その時の様子を思い浮かべながらうなずく僕に向かって、紗夜は顎に手を添える。
「発達した科学技術と魔法が見分けがつかず、体系化された魔術技術が科学と区別が出来ないなら、科学的な制約は、魔法的な契約と同義になるはずなんだ」
「……どういうこと?」
首を傾げる僕に向かい、紗夜は小さくつぶやく。
「未来人は、『デバイス』の中に映画を入れた。そして入れた瞬間、宇宙人は科学的な制約に基づいて、漣の家に現れた」
その言葉に、僕も納得したようにうなずいた。
「そうか。今まで紗夜が僕に出していた指示は、それの魔法版なんだ」
「そうだ。魔術的に考えるのであれば、生贄や供物を与えて、未来人が宇宙人を召喚するということになるんだよ」
「……なら、この場合生贄や供物に該当するのは」
「そう、お前が集めることになった、映画のリスト。そのディスクやVHSだ」
そう考えると、『デバイス』(祭壇)に映画を入れた(捧げた)時点で、科学(魔術)的な取引は完了しているということになる。
しかし、そこで僕の中に疑問が生じる。
「でも、ちょっと待ってよ、紗夜。『デバイス』を祭壇と見立てるのなら、この場所には今、祭壇が二つあることにならないか?」
僕が紗夜の指示に従って、必死で組み上げたあの黒幕の重なりは、どう見ても祭壇にしか見えない。
僕の言葉に、紗夜は小さくうなずく。
「そうだ。だから、あの幕で作った祭壇は、インバーターなんだよ」
「変換? ああ、『デバイス』に映画を入れるのは、宇宙人を呼び出す儀式(科学)だから――」
「そう、宇宙人(科学)ではなく、異世界人(魔術)を呼び出す、変換装置(インバーター)。それが、お前に作ってもらったものなんだよ、漣。もとよりボクには、未来人が持ち込んだ、魔法みたいなよくわからない、正体不明の『デバイス』の解析なんて出来やしない。だから、そのまま魔術(科学)の力だけを使って、その方向性だけを捻じ曲げられないか? って、そう思ったんだ」
「だとすると、映画を入れたあの『デバイス』を変換装置(祭壇)に設置した時点で、紗夜が考えた、異世界と交流するための儀式(魔術)は発動していることになるんじゃ?」
「……ああ、その通りだ」
しかし、忸怩たる表情を浮かべる紗夜が物語っている通り、今僕らの目の前には、何ら変化は起こっていない。
その現実を前に、僕らの脳裏に、ある単語がよぎり始める。
……失敗、したのか?
紗夜が出来るに決まっていると言うのであれば、それはきっと出来るのだ。僕はその点で、紗夜に全幅の信頼を置いている。どれだけ荒唐無稽なことだって、自らが科学を否定するために黒魔術の研究を行うため、理科室を占拠してしまう紗夜の実行力を、僕は信じている。
でも、それでも紗夜が失敗してしまったというのであれば――
……やっぱり、タイムパラドックスは起こせないってことなのか?
タイムパラドックスが発生する行動は、行えないか、失敗する。
それが、大國さんたちの未来の、常識だ。その常識に、僕らは挑もうとした。そしてその結果、敗北してしまったのだろうか? 未来人がこの時代に持ち込んだ、正体不明の『デバイス』を使っても、いや、それが使いこなせないから、僕らは失敗したのだろうか?
落胆の表情を浮かべた紗夜が、僕の方を振り向いた。
「……漣。すまん。ボクは、失敗して――」
幼馴染の言葉を遮るように、ガタン、と、音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます