⑤
「ば、馬鹿を言うな! そ、そりゃボクも真剣に、自分で理論を作って異世界交流を図ろうと思っている。でも、ボクでさえ一度だって成功したことがないんだ! 今までボク一人で進めてきた前提が変わってないのに、急に交流なんて、出来るわけがないっ!」
紗夜の否定の言葉を、僕は予見していたように、うなずきをもって答える。
「そうだね。うん。だから僕が、前提を変えるよ」
そう言って僕は、鞄の中から薄い銀色のビニール袋のようなものを取り出して、紗夜に差し出した。
大國さんから借り受けたアレの正体は――
「これは未来人が、宇宙人を呼ぶために使っていた『デバイス』と、その時集めた映画たちだよ」
今まで紗夜が絶対に手に入れることが出来なかった、十分に発達した科学技術の結晶に、その科学技術が宇宙人を呼び出すために必要としたアナログデータ。
それを目の前にした僕の幼馴染は、一瞬息を詰める。
……今まで、紗夜一人だけだったら、絶対に手に入らなかったものだ。でも――
「今は、僕がいる」
「……」
「僕が、紗夜を手伝うよ」
そういった後、僕はこの言葉が適切ではなかったと、大きく首を振った。
「いや、お前の理論を、僕ごときじゃ理解できないよな。うん」
だから、言うべき言葉は、僕が紗夜に伝えるべきメッセージは、これだろう。
「だから、手伝うんじゃなくて、信じるよ」
「信、じる?」
紗夜の濡れた瞳が、リムレスの眼鏡越しに揺れている。その瞳を見つめながら、僕は首肯した。
「うん。お前は、間違ってない。僕が保証する。たとえこの地球上の誰もが、未来人が、宇宙人が、異世界人がお前を否定しても、僕はお前を肯定する。だからお前は、独りじゃない」
だから――
「だから、協力して欲しいんだ」
「……お前は、ずるい。本当に、ずるい」
そう言って紗夜は。
ボロボロと泣き始めた。
「ずるいよ、漣。本当に、ずるい」
そう言って、涙を拭いながら、しかしそれでも、彼女は言葉を紡ぎ続ける。
「何がずるいって、お前、この取組を、娃を蘇らせるっていう、それだけでしか語ってないのが、ずりぃよ」
その言葉に、僕は今までガチガチに入っていた、肩の力を抜いた。
……ああ、やっぱり。こいつは僕のことを、よくわかっている。
僕がやろうとしているのは、大國さんとナミネさんだけでなく、その向こう側にいる、全未来人と宇宙人を敵に回す行為だ。
だからこれは、僕が発端となって、僕が最終的な責任を負うべき行動なのだと、そう思っているし、そう決めている。
だって、今まで紗夜を説得していた会話の流れは、完全に悪い男(僕)に騙されそうになっている、幼気な少女(紗夜)のやり取りだったはずだ。僕に騙された被害者という位置づけなら、僕が行おうとしている未来人と宇宙人への反逆のこの試みが失敗したとしても、紗夜に対しては情状酌量の余地があると、みなしてもらえるだろう。
僕のやろうとしていることには、紗夜の協力が、どうしても必要だ。
それでも僕は、それが失敗したとしても、彼女にかける迷惑を、最小限にしておきたかったのだ。
……でも、紗夜はそんな僕の姑息な意図は、お見通しだったみたいだな。
「漣が、本気でボクの協力を取り付けたいなら、こう言えば良かったんだ。異世界人を呼ぶことで娃を蘇らせれる可能性が出てくるのなら、ボクの姉さんも――」
「それ以上は、言うな」
言葉にしてしまえば、紗夜にも決定的な動機が生まれてしまう。朝羅さんを蘇らせたいと、未来人と宇宙人に敵対する動機が生まれ、被害者ではなく、僕と同じ共犯者になってしまう。
だから僕は紗夜にこれ以上言葉を紡がせないために、彼女を強く抱きしめた。両親を亡くし、姉を亡くしたことがある僕たちの抱擁は、あまりにもぎこちなくて、互いの欠損を埋め合うように強く、しかし、その行為が何の意味を持たないとわかっているからこそ、更に強く互いを抱きしめ合う。互いの骨がきしみを上げる代わりに、幼馴染が流す涙が、僕のシャツを濡らしていった。
暫くの間、嗚咽が理科室を満たしていた。でもだんだん、その空間に耐えきれなくなって、啜り泣く紗夜に向かい、僕は軽口を叩くことにした。
「でも、泣くなんて気が早すぎるぞ、紗夜。僕が持ってきたこいつらで、異世界と交流できるって確定したわけじゃ、痛っ!」
「馬鹿! 出来るに決まってるだろうがっ!」
そう言って、紗夜は泣き顔のまま、僕の方を睨む。
「お前が信じてくれるのなら、お前と一緒なら、ボクは絶対に成功してみせる! 世界だろうが、異世界だろうが、過去だろうが未来だろうが、地球だろうが宇宙だろうが、ボクが絶対に騙しきってみせるさっ!」
「それを言うなら、僕ら、な」
そう言うと、また紗夜が泣き出した。
どうやら僕は、もう少しこの気まずい空間に居残っていなければならないようだ。
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