大國さんが僕の目の前に現れ、そして住み着いてから一週間後。ついに僕は、あの謎のリストに載っていた映画を全て揃え終えていた。

 ずらりと並んだ映画たちを前に、大國さんは若干引き気味に口を開く。

「女の子からせびった金で、女の子を蘇らせるための素材を集めたんだ……」

「金がなきゃ、揃えられなかったんですから、仕方がないじゃないですか」

 それに、紗夜も同意していることだ。僕らの関係は確かに歪(いびつ)だけど、歪んで成り立っている関係なのだから、その歪(ひずみ)を直してしまえば、逆に壊れてしまう関係でもある。

 何かを失うことを忌避する僕らの関係は、誰がなんと言おうとも、これでいいのだ。これ以上、望まない。望まなかったのに、娃はこの世を去ってしまった。

 ……だから、戻さないと。あの歪な関係を、取り戻さないと。

 そう思っている僕を一瞥した後、大國さんは薄い銀色のビニール袋のようなものを取り出して、僕がかき集めてきた映画のディスクやVHSを放り込んでいく。

 その様子を見て、僕は首を傾げた。

「あの、大國さん。何してるんですか?」

「何、って、『デバイス』に映画を食べさせてるんだよ! この中に入れておくと、『デバイス』が映画の情報データを処理してくれて、宇宙人を呼んでくれるんだ!」

「宇宙人召喚って、そんなゴミ捨てみたいな感覚で出来るんですか!」

 僕がそう叫んだ瞬間、家のインターホンが鳴った。

 ……なんだろう? 映画は集め終えたから、通販も頼んでないはずなんだけど。

 そう疑問に思っていると、大國さんが嬉しそうな顔でこちらを振り向いた。

「あ、来たみたいだね!」

「来た、って、何がですか?」

「決まってるじゃん! 宇宙人だよっ!」

「そんな宅配ピザ頼む感覚で宇宙人やって来るんですか!」

 いいからいいから、と大國さんに背中を押されて、僕は玄関の方に向かっていく。

 玄関の扉を開けると、そこには一人の女性、にしか見えない存在が立っていた。とても、美しい女性だ。十人に聞けば十人が蛾眉紅裙と口をそろえるであろうその女性は、しかし美しすぎるが故に、どこか不気味さを感じてしまう。

 そんな彼女は、大國さんの姿を確認すると、無表情で、淡々と言葉を紡ぎ出す。

「ナミネ・ウレルカ・シュギンツ・コスキキ・オーヴォルジョ」

 突然言われた言葉が理解できず、僕は唖然とすることしか出来ない。

「ナミ、なんです?」

「この方の名前だよ、漣くん! あ、私の名前は、大國一夏で、この子は榧木漣くんです! よろしくね、ナミネさんっ!」

「個体の識別コードは認識した。有意的に定められたオーダーに則り、この場の招集に応じたが、求める演算結果は何か?」

 ……言っていることが、よくわからない。

 でも、そんな宇宙人、ナミネさんの反応は想定の範囲内なのか、あるいは他の宇宙人もこんな感じなのか、慣れた様子で大國さんは呼び出した宇宙人に話しかける。

「あ、その辺の話は、家の中でお話しましょう!」

「了承した」

 そう言ってナミネさんは、大國さんの後を追って僕の家の中へと入っていく。その背中を、僕は慌てて追った。

 背中をぴんっ、と張った宇宙人に向かい、僕は問いかける。

「あの、ナミネさん。質問しても、いいですか?」

「認可する」

 ……許された、ってことで、いいんだよね?

 不安になりながらも、僕は口を開く。

「ナミネさんを呼んだのは、僕の姉の、娃を蘇らせるためなんですけど、その、そんな事、本当に可能なんですか?」

 宇宙人を呼ぶのに映画をかき集めてはみたものの、実際にそんなことが可能なのか、僕はまだ半信半疑だった。娃を蘇らせる方法があると言われれば、僕はそれに従わざるを得ないのだけれど、はっきり言って、まだ不安だった。

 僕の疑問を聞いたナミネさんは、こちらを振り返ることなく、言葉を紡いでいく。

「疑問を認知した。だが、蘇らせるという単語の定義が曖昧さを多分に含んでいる。この状態で演算結果を出力するのは、推奨しない」

 またもや発言の内容が理解できずに混乱する僕に向かって、大國さんが笑いながら口を開いた。

「あ、漣くん、駄目だよ、急いじゃ。焦る気持ちはわかるけど、しっかりと手順を踏まないと、ナミネさんも困っちゃうでしょ?」

 今の僕のやり取りの、一体何が駄目で、どんな手順で話しかけるべきだったのかは謎だけれど、ここで僕は余計なことを言わないほうがいいということだけは理解した。

 それでも聞いておきたいことがあり、僕はナミネさんに向かって、なおも口を開く。

「ナミネさんは、その、ナミネさんたち宇宙人は、僕ら人間を蘇らせることは、問題にならないんですか? ほら! 他の星の生態系に、影響を与えることになるわけじゃないですか?」

 SF的な話になってきているので、マンガや映画などによくある展開を想像し、僕はその疑問を口にした。

 ……結局のところ、人を蘇らせるっていう話は、思い通りにいかないことが多いから。

 そういうことも、僕の中で娃を蘇らせれるのか? という不安が払拭出来ないのだろう。

 僕の不安に対して、淡々とナミネさんが言葉を紡ぐ。

「その懸念は正しい。しかし、自分らは『園』の環境を破壊しない、という限定条件下において、『園』からの招集に応じ、そして求められた演算結果を与えるように振る舞うことを是としている」

「そ、『園』?」

「漣くん、動物園仮説って知らないかな? 知らなかったら、後でぐぐっといて!」

「ぐぐるって、未来でも通じる単語なんですね……」

 やがて僕らは娃の部屋まで辿り着く。すると大國さんは、僕が集めた映画たちを詰め込んだ、灰色のビニール袋をナミネさんに向かって差し出した。

「はい! これが今回ナミネさんを呼んだ時に使った、アナログデータだよ!」

 その言葉に、ナミネさんは大きくうなずく。

「認知した。自分ら情報生命体には、こうしたアナログ系統の情報媒体を特に注視している。可能であれば自分のデバイスでアナログ的に情報を授受したいのだが、機器類の使用は許可されているのか?」

「その前に、娃ちゃんを情報生命体として蘇らせて欲しいな!」

 そう言って、大國さんは仏壇に飾られている娃の遺影を指さした。

「彼女の、榧木娃を、エントロピーだけ蘇らせて欲しいんだ!」

「榧木、娃……」

 そう言ったナミネさんは、少しだけ目を見開くと、僕の方を振り向いた。

「榧木娃と、遺伝子的な相関があるのか?」

「……まぁ、娃は僕の姉ですから」

 そういった僕を押しのけるように、大國さんがナミネさんの方へ近づく。

「出来るよね? ナミネさん。榧木娃の情報量は、まだ残っているはずだからね!」

「……認知した。インプット情報は把握したため、アウトプット情報を指定して欲しい」

 ナミネさんから視線を向けられた大國さんは、嬉しそうにうなずくと、懐から鈍色に光る金属板を取り出す。ちょっと重厚な作りの、スマホみたいな形だった。

「この『デバイス』の中に、榧木娃のエントロピーだけを蘇らせてよ!」

「了承した」

 そう言って、ナミネさんは大國さんから『デバイス』とやらを受け取ると、迷わず娃の仏壇、遺灰が収められている骨箱に向かって歩いて行く。

 それも、僕の手を掴んで。

「え、ちょっ、ど、どうしたんですか?」

 狼狽する僕を気にする様子もなく、仏壇の前に立ったナミネさんは、淡々と言葉を紡ぎ出した。

「エントロピーを抽出。格納。成功した」

 そう言ったナミネさんは、『デバイス』を僕の方に押し付ける。わけも分からず僕はそれを受け取ると、手にした『デバイス』はその金属的な見た目とは違って、ほんのり温かみを感じた。

 そして一瞬、『デバイス』が、まるでスマホで電話が鳴ったように激しく震える。その震えが止まると、『デバイス』から、こんな音声が流れてきた。

「え、何? これ。え、何なの? これ」

 それは、紛れもなく。

 僕と血を分けた姉の、娃の声だった。

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