第二章

 寝る前に時間設定をしておいたクーラーが消えて、それの吐き出した冷気が消え去った自分の部屋で、僕は寝汗を拭いながら起き上がった。

 寝巻き姿のままリビングの方へ向かうと、そこにはテレビで僕が紗夜にもらったお金でかき集めた映画を見ている、ナミネさんの姿があった。彼女は僕の集めた映画を寝ずに見ているので、おそらく今、あの宇宙人の鑑賞会は三周目に突入しているはずだ。

「おはようございます、ナミネさん」

 僕の挨拶を、こちらを見向きもせずに、宇宙人はソファーに身を沈めたまま、左手を軽く上げて反応する。ナミネさんいわく、空気中を伝わる僕の声紋情報と彼女自身が発する音声情報を最小限にするためにこの様なコミュニケーションになっているようだけれど、要約すると、言葉をかわさずに映画に集中したい、ということなのだろう。そうであれば直接そう言ってくれればいいものだけれど、その発言すらナミネさんにはノイズになるようだった。

 ……ナミネさんが家に来て、今日で三日か。

 未来人の大國さんと同じく、半ば予想していた自体ではあるものの、どういうわけだか宇宙人のナミネさんも僕の家に住み着くようになっていた。

 部屋は娃の分だけでなく、両親の分も空いているので、泊まってもらう分には問題ないし、食費についても紗夜がいる限りどうとでもなるのだけれど、このよくわからない光景を受け入れつつある僕自身に、自分で戸惑っていた。

 ……夏休み前に、一人ぼっちになったのに、なんで今はこんなにこの家は人で溢れているんだろう?

 宇宙人を一人と換算していいのかわからないけれど、意思疎通が出来る相手が増えたという意味では一人、と換算してもいいだろう。ナミネさんは僕が集めた映画をアナログ的に授受するために僕の家のリビングを陣取り、大國さんは学校の課題の結果を確認するために僕の元(過去)に残り続けている。

 ……皆、自分勝手だなぁ。

 そう思うものの、そう自分が感じていしまうのは、実は僕自身に自分というものが存在しないからではないだろうか? と、そんなことを思ってしまう。

 だって、今の状況は、僕は完全に流されているだけだ。

 娃を蘇らせようという提案は大國さんからしてもらったし、実際に娃をAIとして蘇らせたは、ナミネさんだった。僕は結局、何もしていない。ナミネさんを呼ぶのに集めた映画も、紗夜から資金提供を受けなかったら集めることすら難しかっただろう。

 そう思っていると、娃の部屋から誰かが出てきた。この家に住み着いた未来人、大國さんだった。

「あ、おはよう、漣くん」

「おはよう、ございます。それ、何持ってるんですか?」

 大國さんが手にしている、銀色に光る何かを指差し、僕は彼女に問いかけた。それは手のひらサイズの楕円形をしていたり、サイコロを二、三まわり大きくしたような正方形のものだった。

 僕の質問を受けて、大國さんは手にしていたそれらを見せびらかすように、笑いながらこちらに掲げてくる。

「ああ、これ? これは『デバイス』だよ!」

「……ナミネさんを呼ぶときにも、その、『デバイス』ってやつを使ってましたけど、結局『デバイス』って何なんですか?」

 最初に見たのは、袋みたいなものだった。それ以外にも、スマホみたいな形のものや、今大國さんが手にしている楕円形のものなど、形に統一感がない。

 僕の疑問に、大國さんは軽く小首を傾げる。

「そうだなぁ。未来の機械とか、パソコンとか、スマートフォンとか、スパコンとか、スマートデバイスだ、って思っていてくれればいいかな? 使い方は色々あるんだけど、人間一人、二人分のエントロピーを表現するには十分な性能を持っている、って理解してくれればいいよ!」

 今の時代にある機械類じゃ、娃ちゃんは表現出来ないからね、と、大國さんは笑って言った。

「一応、予備として『デバイス』は後二つ持ってきてるんだけど――」

 

「そこに、漣がいるの? 大國さん」

 

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