……。

 …………。

 ………………。

 ……………………は?

「タイムパラドックスは、発生、しない? え、で、でも、タイムパラドックスは存在するんじゃないんですか? だってアニメやマンガでは、あれだけ取り上げられていたのに?」

 そう言った後、僕は自分の発言を後悔した。本気で未来からやって来たと言っている人相手に、反論材料として並べたのはフィクションのアニメやマンガだなんて、議論にすらなっていないだろう。

 しかし、そんな僕の言葉を、大國さんは笑いもせずに笑顔で受け止めてくれた。

「そうだよ! でも、漣くんが見たものの中に、こういうものはなかったかな? 過去で何をしたって、結局未来は同じ様な結末を迎えることになった、みたいなもの!」

「……それは、確かにありましたね。主人公がどれだけ頑張っても、ある登場人物は必ず死んでしまう、みたいな」

「そう! ノヴィコフの首尾一貫の原則みたいなものだね。でも、それだと人間の意思はなくて、タイムトラベラーの行動は過去の歴史に決定付けられることになっちゃうの。でもねでもね! 数学的に時空間連続体は任意の数の決定論的プロセスを内包しているけれども、同時に時間的閉曲線、あ、これは閉じた世界線って言ったりするんだけど、そうしたものやタイムトラベラーがどんな選択をしても、世界の出力が固定されている限り、タイムパラドックスは起こらないって証明されてるんだ!」

 早口で捲し立てられ、眉間にシワを寄せながら、僕は僕なりに大國さんの言葉を自分の中で咀嚼していく。

「……専門的な単語が多くて、僕の理解が間違ってるかもしれませんが」

 そう前置きをした後、僕は彼女の言葉をこう理解した。

「タイムトラベラーが自分の意思である程度好きに行動していたとしても、未来は変わらない?」

「そう! タイムトラベラーは過去で自由に行動できるけど、常に調整力が介入、パラドックスが回避されるってわけ! 私はその、数学的に証明されている理論を、実地で試すために未来から過去にやって来た、ってわけなのっ!」

 そう言われて、僕は慌てて口を開く。

「いや、ちょっと待ってくださいよ! 数学的に証明されているのは、理解しました。でも、それはあくまで数学上の机上の結果であって、実際にタイムトラベルを行った結果、タイムパラドックスが起こったら、未来がめちゃくちゃになっちゃいませんか? 危険すぎますよ!」

 そう言った僕に向かって、大國さんは待ってましたとばかりに、ドヤ顔で口を開く。

「ふっふーん! だいじょーぶ、だいじょーぶ! 今まで私以外に、もう何人も未来から過去に行って色々やってるけど、タイムパラドックスは一度たりとも発生してないってわかってるから! 言ったでしょ? これは、授業の課題なの。当然他の学生もタイムトラベラーとして過去に向かっているし、私の同級生も何人かこの時代に来ているはずだよっ!」

「あ、そういうことですか」

 大國さんのその言葉に、僕は拍子抜けしたように、肩の力を抜いた。

 タイムパラドックスが起こらない検証を最初に行うのが大國さんだと思ったので、かなり焦ってしまった。でも、未来が変わらないという保証がないのに、いろんな人がタイムトラベルを行える社会は成立し辛いのだろう。

 胸を撫で下ろす僕に向かい、大國さん自慢気な表情を崩さない。

「それでね、それでね? 今回の課題の点数の付け方なんだけど、タイムパラドックスが起こらないことを、より攻めた行動を行った人に高得点がつくようになってるんだ!」

「……ちょっと、待ってください。今、かなり不穏な単語が聞こえたんですが。つまり、大國さんは未来に影響を与えないぐらい、かなり大きな、攻めた行動を過去で、つまり今この時代で行おうとしてるってことですか?」

「そうだね!」

「いや、そうだね! じゃなくて!」

 なんだかもう、嫌な予感しかしない。

 大國さんが過去に、この時代にやって来た目的は、彼女の言葉で言う攻めた行動をするためだ。それはいい。勝手にやったらいいと思う。僕の知らないところで、好きにやってくれて構わない。

 ……でも、大國さんがわざわざ僕の前に現れた理由は? そして、どうして僕と、死んだ僕の姉の娃の関係性を知っていた? それらの理由は、もしかして――

「お、大國さんは、この時代で、どんな攻めた行動をするつもりなんですか?」

 振るえる声の僕に向かって、大國さんは満面の笑みで、こう答える。

 

「それはもちろん、漣くんのお姉さんであり、恋人だった榧木娃を蘇らせることだよ!」

 

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