④
「な、んで、それを?」
引き攣る口を動かして、僕はどうにかそう言葉を紡ぐ。
雨脚が強くなったのか、窓ガラスを叩く雨の音が強くなった気がした。心なしか、大國さんの髪も濡れている。
家のベランダに不法侵入してきた女は、僕に向かって、また朗らかに笑いかけてきた。
『どう? これで信じてくれた? 私は、未来からやって来たの。だから漣くんの結婚相手も知っているし、恋人が死んでることも、そしてその恋人が君のお姉さんであることも、私は知ってるの。だって、私にとって、それらは全部、過去のこと。既に過ぎ去った、昔話なんだから』
未来の、僕の結婚相手のことは、僕は知らない。でも、大國さんは僕でも知っていることを、彼女風に言えば、既に過ぎ去った昔話のことも言い当てた。
つまり、僕の恋人が姉の娃であり、その姉が僕との関係の先(未来)に希望を見いだせず、首を括ったことだ。
でも、それだけで大國さんを未来人だと断定することは難しい。だって、姉と僕の関係は、今この時代を生きている人にとっては、既に過去となっている。既に確定している情報なのであれば、どこかでその情報を入手して、さも自分を特別な存在だとアピールするために使うことだってできるだろう。
……でも、それには問題がある。
つまり、僕と姉が恋人関係であったことを知っているのは、僕と姉の娃以外に、あと一人だけしか知らないのだ。そしてその一人は、僕と娃の関係を、他人に言ったりするようなやつじゃない。もちろん、僕だってこのことを他の誰かに言うわけがない。
だとすると、残る可能性は娃が誰かに話しているというもので、その話を聞いた一人が、眼前の大國さんという可能性も残っている。
……でも、大國さんみたいなタイプと娃が仲良くしているイメージが、そんな自分の墓場まで持っていくような秘密を打ち明けれるような関係性になっているっているのが、いまいち想像できないんだよな。
しかし一方で、大國さんが無視存在できない、普通ではない存在だというのは、改めて理解できた。
……もう少し、話を聞いてみるか。
「……入ってください」
僕は窓ガラスの鍵を開け、大國さんを娃の部屋の中へと招き入れた。
「ありがとー! あー、寒! 寒かったっ!」
「ちょっと待っててください。バスタオル持ってくるんで」
そう言って僕は、洗面所へ向かい、棚から畳んであるバスタオルを一枚手に取る。そして少し悩んでから、僕は屈んで、棚の中からあるものを取り出した。そして大國さんが待つ姉の部屋へ、台所に寄ってから戻ると、不法侵入をした彼女は、興味深そうに部屋をキョロキョロと観察していた。
「バスタオル持ってきたんですけど」
「あ、ありがとう! 漣くんっ!」
「……そんなに珍しいですか? 姉の部屋」
そう聞くと、体を拭いていた大國さんは、驚いたようにこちらを振り向く。
「え? どうして?」
「なんか、色々気にしているみたいだったんで」
「まぁ、そうだねぇ。なにせあの榧木娃の部屋だからさっ!」
「あの?」
「あ、ごめん。特別って意味だと、娃ちゃんだけじゃないよね! 血の繋がった姉と恋人同士になったのは、漣くんもだからさっ!」
その言い方に、僕は僅かに顔を歪める。
「……質問ばかりで申し訳ないんですが、もう一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞどうぞー!」
髪を拭く大國さんに向かって、僕は問いかける。
「大國さんは、何でここにいるんですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます