②
……え、だ、誰?
突然のことに、僕の脳は完全にフリーズする。すぐにリブートするも、目の前で起こっている現実を僕の脳細胞が処理しきれない。
ベランダに立つ見知らぬ女性は、まるでガラスを叩き割ろうとしている様に、ベランダに姉が植えていた、季節外れに咲いたヤマブキの鉢を両手に持って構えていたのだ。僕と目が合ったタイミングでその動きは止まったのだけれど、彼女は一体何故そんな格好をしているのだろう? いや、そもそも、ここ、七階だよ? どうやって普通の人間がここまでやって登ってこれるんだ?
逆に言えば、目の前の女性は普通の人間ではない、ということになる。そもそも雨の中、他人の家のベランダに不法侵入するやつが、普通なわけがなかった。
その事実を僕の脳みそがようやく認識し、一歩後ろへ下がったところで、その女性は嬉しそうに笑うと、手にした鉢を地面に置いて、こちらに向かって手を振ってきた。
『こんにちは!』
窓のガラス越しに、女性が元気よく僕に向かって話しかけてくる。ガラス越しだからか、その声は少しくぐもった様に聞こえた。その声を聞きながら、僕は頬を引きつらせながら、更に一歩後ろへ下がる。他人の家のベランダに不法侵入して、住人に見つかったのに朗らかに笑える理由がわからない。
そんな僕の心情なんて気にする素振りも見せずに、その女性はやれやれ、といった様子で口を開く。
『いやぁ、気づいてくれて良かったよ! こっちに飛んでくるのには成功したんだけど、出てきたら外だし、ベランダだし、湿度高いしでも雨振ってるし寒いしで、困ってたんだ。時代はあってると思ったんだけど、漣くんはどこにいるかわからないし、いよいよガラスを割るしかないかなぁ、って思ってたんだ。だから、君が私を見つけてくれて、よかったよっ!』
僕よりも年上、大学生の様に見える亜麻色の髪をもつ彼女の言葉は、確かに僕が知っている日本語として成立している。しているはずなのに、言っている意味がさっぱりわからない。
……っていうか、見ず知らずの人が自分の名前を知ってるのって、こんなに怖いことなんだ。
芸能人だとかスポーツ選手とかいった有名人であれば、あったこともないファンの人に名前を認識されていることもあるだろう。でも、僕みたいな普通の高校生には、そんな状況発生しないはずだ。
眼の前の女性はよかったよかったと嬉しそうに笑っているが、僕としてはいいことなんて一つたりともありはしない。
自殺した姉を見つけて以来になる警察への連絡をしようと、僕は自分のポケットの中にあるスマホに手を伸ばそうとしたところで、普通じゃないその女が、扉をコツコツと手で叩く。
『ねぇ、そろそろここ、開けてよ』
……何言ってるんだ? この人。
こんな怪しいやつ、家に上げるわけにはいかない。僕は構わずスマホを取り出し、画面をタップ。指紋認証でスマホの画面ロックが解除され、僕は素早く画面を指でタップする。その直前、ガラス越しの女が口を開いた。
『開けてくれなきゃ、さっきの方法で無理やり入るよ? どっちがいい?』
そう言って彼女は、先程置いた、娃が植えたヤマブキが咲く鉢を足先でつつく。
どんな選択肢だよ! とも思うし、その選択を僕に委ねていいのか? とも思うのだけれど、ひとまず僕はスマホの操作をやめて、口を開いた。
「……あなた、一体何なんですか? 人のベランダに勝手にやって来て、窓ガラス割るとかいい始めて! 僕にとって今日という日がどんな日なのか、知りもしないくせにっ!」
そうだ。今日は、死んだ姉の葬儀だったのだ。それが終わり、これから僕は死のうと考えていたんだ。それなのに、突然現れたこのわけがわからない女のせいで、いろんなものがメチャクチャになってしまっている。
僕は内の中にある怒りを吐き出すように、言葉を発した。
「あんた、一体何なんだよっ!」
『あ、そっか。私、自己紹介まだだっけ?』
僕の激情を叩きつけても、不法侵入した女はまるでそよ風が吹いているが如く、微塵も揺らいでいる様子がない。それどころか、あろうことに自己紹介まで始めた。
『私、大國 一夏(おおぐに いちか)っていうの。君たちから見ると、俗に言う、未来人、ってことになるかな!』
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