第36話
法撃が迫る中、一瞬、時が止まる様に静まり返る。
「明鏡止水」
水面に落ちる一滴の様に。
静まり返った空間に響く、透き通る声。
瞬間。
アイリスへと向かった数多の黒い法撃は、無力化された様に消滅する。
爆音とも言える消滅音。
驚きのあまり、アイリスは目を開いた。
ダリウスの崩理とは違う。
同じ消滅でも、互いの技は似て異なるものの様に感じた。
両者の間に立つ男。
ニル、グレイニル・アルカードだった。
「さて――と」
ニルは落ち着いた様に大きく息を吐いた。
エニシスとの戦いの後とは思えないほど、魔力が満ちている。
数分の間で、ニルの魔力は全回復に近い状態になっていた。
「・・・・・・やはり来たか」
ダリウスは眉間にしわを寄せ、苦しい表情をする。
エニシスにアルカードが来襲している。
その事態はダリウスも知っていた。
「この魔力――やっと見つけた」
ニルはそう言うと、アイリスの周囲に防御結界を展開する。
今の彼女を休ませるために。
防御結界は多少の回復魔法も掛かっていた。
「やっと見つけた?」
眉間にしわを寄せ、解せない眼差しをダリウスは向ける。
「うん。君らの魔力を辿ってここに来た」
厳密に言えば、君らとカノンの魔力だけど。
「辿っただと――?」
このアルカードはそれを容易に言った。
魔力感知。
目の前にいる者の魔力を詳細に感知すること自体、
上級魔導師で無いと出来ない芸当だ。
魔力を辿る。
魔力探索となると、それは膨大な魔力と集中力が必要になる。
魔力探索をするならば、本来大きな施設に十人ほどの魔導師を配置し、探索をさせるもの。
それをこのアルカードは一人で容易にこなしたと言うのか――。
「ああ、そうさ」
小さく頷くと、ニルは黒い翼を出現させる。
空間を支配するグレイニル・アルカードの魔力。
重圧で覇気のあるその魔力。
「本当に・・・・・・。本当にお前は覇王アルカードなのか・・・・・・?」
ダリウスは呆然とした顔で告げた。
その芸当は、現世の魔導師で出来る者は誰一人いないだろう。
当然、出来ない。
――今の自分では。
ダリウスは大きく息を吐いた。
「んー、まあ、ね」
そうだとも。ニルは不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「ならば――明神天羅(みょうじんてんら)」
両手を合わせ、ダリウスはそう唱えた。
すると、金色の魔法陣が浮かび、ダリウスの前に金色の大仏が召喚される。
先ほどの禍々しい魔力とは違う魔力。
ダリウスは二種類の魔力を持っているのか。
「大仏の召喚獣――か」
初めて見る。
千年前にはこんな召喚獣は無かった。
金色の大仏は衝撃波の様なものを右手に纏わせ、ニルへと襲い掛かる。
纏う衝撃波はニルが初めに使った波動だった。
「絶覇」
身体を横に向け、右手を金色の大仏の方へ叩きつける様に振りかざした。
互いの右手がぶつかり合う瞬間、空間が軋む様な振動が施設を襲う。
衝突する波動と覇動。
亀裂が走る地面。
「召喚獣を相手に素手だと――」
ダリウスはその光景に言葉を失った表情をする。
ニルは再度覇動を発動させると、金色の大仏は圧倒される様に後退する。
後退した瞬間に飛翔し、左手の覇動で金色の大仏を殴る様に吹き飛ばした。
へこむ大仏の右頬。
その勢いのまま、大仏は施設の外壁へと激突する。
崩壊する施設外壁。
そこから見えるのは、湖から見えるエニシスの都市部だった。
次第に消滅する様に透過する大仏。
数秒後、金色の大仏は完全に消滅した。
「二振りで・・・・・・」
その一部始終がダリウスの脳裏で再生される。
金色の大仏は、魔法騎士団の一部隊分と同等クラスの召喚獣だった。
それを二撃で破壊した。
しかも、苦難無く。
普通の魔力では、到底敵わないのだ。
「やっぱり、これだよな」
不思議と落ち着くこの感覚。
ニルは右手を眺め、安堵の表情を浮かべた。
法撃よりも覇動を纏わせた素手の方が心地良い。
やはり、これが僕のやり方なのだ。
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