第35話


「――崩理(ほうり)」


 すると、詠唱のその声がこの場に響き渡る。


 突如、崩壊するアイリスの白銀の鳥。

 矢先では無く、矢全体が崩壊するその現象。


 物体の理を崩壊させる。

 まるで、そんな事象だった。


 上空から老人を庇う様に現れた一人の男。


 黒いコートに身を包み、不可思議な魔力を纏うその姿は、人ならざる者の様に感じた。


「――博士、加勢するよ」

 黒いコートを着た細身の男。アイリスは彼を知っていた。


 この男こそカノンを攫った男たちの一人、主犯格のダリウスと言う男。

 アイリスが最も嫌悪すべき相手だった。


 先ほどの白銀の鳥を破壊したのは、この男で間違いない。

 しかし、あの防ぎ方は可笑しい。

 防ぐと言うよりかは、壊すが正しい事象だったのだ。


「ダリウスくん・・・・・・」

「ぎりぎりでしたね」

「ああ、そうだな」

「まあ、間に合って良かったですよ」

「・・・・・・君が来てくれれば、私は戦わなくても良いかな――?」

 目の前に現れたダリウスに、老人は晴れた顔で笑みを浮かべた。

「はい。博士はそれ以上にやって欲しいことがありますから」

「やって欲しいこととは――?」

「あの魔力源の最終抽出をお願いしたいのです」

「最終抽出――か。これ以上、抽出すると死ぬかもしれないぞ?」

「・・・・・・その時はその時ですよ」

 自身が視界に入ってないのか、淡々とダリウスと老人は会話をしていた。


 最終抽出。

 その会話の意味をアイリスは理解する。


 感情が高ぶる様に魔力が無意識に開放された。

 どうやら、私は怒っている様だ。


「やるのか――ニルヴァーナ」

 解放されたアイリスの魔力にダリウスは僅かながら驚いた。


「勿論よ。私はそれを止めるために来たんだから」


 そのために私はここにいる。

 アイリス・ニルヴァーナはここにいるのだ。


 白い翼を羽ばたかせ、空中を移動しながら白銀の弓を引いていく。


 引く度に白銀の矢は白銀の鳥へと変貌し、ダリウスへと向かっていった。

 放つ度に明らかに自身の魔力が減っていく感覚を覚える。


 自身へと迫る白銀の鳥たちに、ダリウスはゆっくりと右手を向けた。


「崩理」


 落ち着いたその声。

 ダリウスから五メートル先で、白銀の鳥たちは消滅した。

 まるで、そこに見えない境界線が有り、境界線を越えたものは有無を言わさず消滅するのだろうか。


 今のアイリスの実力は、ベルセルクならば最上位魔導師である。

 そのアイリスの攻撃が容易く防がれるその事実。

 客観的に驚愕の出来事だった。


「所詮、今のニルヴァーナはこの程度か――」

 消えゆく白銀の鳥を前に、ダリウスは失望した様に大きく息を吐いた。


 そして、空中にいるアイリスに向け、右手刀を振りかざした。


 手刀の形をした右手。

 特に何も纏っていない。


 ただそれを振ったのだ――。


「断風(だんふう)」

 振った直後、ダリウスは淡々と告げた。


 コンマ数秒。

 勢い良く斬撃がアイリスの右翼を切り裂いた。


 突如出現した薄い黒き斬撃。

 纏う禍々しき魔力。


 切り裂いた。

 その光景を確認する前に、ダリウスはもう一度右手刀を斜め右に振る。


 同様。コンマ数秒遅れで現れる、黒き斬撃。

 逃げる間もなく、アイリスの左翼を切り裂いた。


 切り裂かれる両翼。

 自重に逆らうこと無く、アイリスは地上へと落下する。


 両翼の断面から漏れ出す魔力。

 次第に脱力感に襲われた。


 受け身無くアイリスは地上へと勢い良く落下する。


「――っ」


 激痛の中、やっとの思いでアイリスは座り込む様な姿勢を取った。


 ただ、これが限界。

 恐怖か、アイリスの身体は小刻みに震えていた。


「終わりだな、ニルヴァーナ」

 そう言うとダリウスは右手をアイリスへとかざす。

 かざす右手の前に、黒の魔法陣が出現した。


 黒の魔法陣から放たれる数多の黒い法撃。

 各々湾曲して、座り込むアイリスへと向かう。


 魔力は残っていない。

 立ち上がる気力も無い。


 私は――死ぬのだ。


 自身の無力を悔やむ様に。

 アイリスは咄嗟に目を閉じた。


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