第31話


「翼をもがれた巫女――か」


 疲弊した様に息を荒くするアイリスを前に、史郎は不敵な笑みを浮かべた。


 史郎の日本刀が纏う深緑の魔力。

 間違いなくこの藤堂史郎と言う男は、上級魔導師なのだ。


 飛翔魔法は消滅した。

 しばらくは、発動が出来ないだろう。


 地上戦でこの男に勝つ方法は――。

 考え込む様に、アイリスはゆっくりと息を吐いた。


「行くぞ、ニルヴァーナ!」


 考えようとするアイリスを他所に、史郎は日本刀を縦横斜めとあらゆる角度から斬撃を放った。


 湾曲しアイリスへと向かう複数の深緑の斬撃。


 飛翔魔法の無い今、上空へ逃げることは不可能。

 天撃を使ったとしても、全ての斬撃は弾き飛ばすことは困難。


 刹那、アイリスは現状の打開策を考えた。


「あの武器なら――」


 そして、思い出す。

 かつての自身、クリス・ニルヴァーナが使っていた武器を。


「白銀弓姫(エーデルワイス)」


 告げた瞬間、右手に集束する光。

 やがて、その光は白銀の弓へと変化する。


 クリス・ニルヴァーナの愛弓。

 無論、今のアイリスの武器でもあった。


 弦を引くと、指先から白銀の矢が出現する。

 純粋な光属性の矢。


 弦から手を放すと、白銀の矢は複数に分裂し、全ての深緑の斬撃を消滅させる。


「一矢で全て――だと」

 その光景に言葉を失った様な表情をする史郎。


 これが天創の魔力。


 全ての物体を浄化させると言われる『光』


 かつての自身が使っていた光属性よりも、今の方が不思議と魔力は濃かった。


 優勢。

 無言でアイリスはもう一度弦を引くと、白銀の矢は戸惑う史郎の右肩へと突き刺さ

った。

 史郎は苦痛を堪えた声を漏らし、ゆっくりと日本刀を落とす。


「終わりよ」

 ゆっくりと史郎へと歩み寄り、アイリスは静かに告げた。


 やはり、天創の魔力は膨大な力。

 それは千年前も今も変わらない事実だった。


「くっ――!」

 史郎は慌てた動作で、床に落ちた日本刀を手に取る。

 ぎこちない手つきで構え、深緑の斬撃を放った。


「白矢(びゃくや)」


 弦を引き、白銀の矢で深緑の斬撃を弾き飛ばす。


 もう一矢引くと、その矢は史郎が持っていた日本刀へと当たり、その衝撃で日本刀は数メートル後方へと吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされた衝撃か、史郎の左腕は無気力になっていた。


「これが・・・・・・。これが世界を創造した巫女の末裔か――っ!」


 目を見開き、史郎は痛感する。


 ――その圧倒的な力を。


「末裔――。いいえ、それは違うわ」

 史郎の言葉にアイリスは何食わぬ顔で否定する。

「どう言う意味だ・・・・・・?」

 両肩の痛みを堪える様に息を荒くし、解せない眼差しを向けた。


「だって、私がそのクリス・ニルヴァーナなんだもの」

 どこかホッとした顔でアイリスは告げた。


 不思議と今まで生きてきた緊張感が無くなっている。


 今の私は正真正銘のニルヴァーナなのだから――。


「そんな馬鹿な――」

「ええ」

 驚く史郎の横を通り過ぎ、アイリスはその先へと歩いて行く。

「殺さないのか?」

 慌てて振り向き、史郎は恐る恐る聞いた。

 史郎の問いにアイリスは身体ごと振り向く。

「だって、あなたはもう戦えない状態だもの。言ったでしょう――、私は最初から友達を取り戻しただけって」

 最初から戦うつもりも無く、誰かを殺そうと言うつもりも無い。


 ニルと同じ様に。

 終創の覇王、グレイニル・アルカードと同じ様に。

 彼と同じことをしている。不思議と気持ちが温かくなった。


 アイリスは小さく微笑むと、史郎に背中を向けてその場を後にした。


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