第30話


「――私が行くよ」


 魔導師の先頭に立つ灰色の日本刀を構えた男性。

 長身で三十代の容姿ながらも、若々しい雰囲気をしていた。


 間違いなく、この男性が渦潮を破壊し、灰色の斬撃を放ったのだ。


 アイリスは緊張する様に息を大きく飲んだ。


「私は魔導師の藤堂史郎(とうどうしろう)だ。君は――何者だい?」


 灰色の日本刀を構え、いつでも斬撃が放てる体勢を取った。


「私は、アイリス――アイリス・ニルヴァーナよ」

 覇気のある目つきをして、アイリスは告げた。


 名を名乗ることに後ろめたさが無い。

 今までの自分には無い感情。

 不思議と前向きな気持ちだった。


「ニルヴァーナ――だと・・・・・・? なぜ、あなたがこの国に――? まさか、アルカードを止めにか?」

 史郎は首を傾げ、あらゆる事柄を考える。

「いいえ、それは違うわ」

 史郎の言葉を否定する様に、アイリスは静かに首を振るった。

 むしろ、私はそのアルカードと共闘しているのだから。

「違う――だと?」


「私は友達を取り戻しに来たの」


 私がここへ来た理由。

 それ以上でも、それ以下でも無い。

 ただその一点である。


「友達を?」

「ええ。攫われた友達を」

「どう言う意味だ?」

「・・・・・・どちらにせよ、私は友達を取り返せば、出て行くわ」


 この先にいるカノンを連れて帰る。

 だから、戦うつもりは無い。

 意味合いはニルと同じだった。


「・・・・・・そうか。そうか。――しかし」

 何かを察した様に何度も頷くと、眉間にしわを寄せて顔を上げる。


 史郎は灰色の日本刀を振りかざし、灰色の斬撃をアイリスへと放った。

 高速で翔けるその斬撃は、アイリスの頬をかすった。


「――っ」

 その攻撃が史郎の返事を物語る。


「もうすでにあなたは我らの敵だ」


 史郎の揺るぎない覚悟を秘めたその眼差し。

 明らかな敵意があった。


「そうです――か」

 無論、私の行く手を阻むならば、敵である。


 戦わねばならない。

 この男性と私は――そう、殺し合うのだ。


「ああ。そうだよ――ニルヴァーナ! 天創の末裔よ!」

 そう言うと史郎はアイリスから距離を取り、灰色の日本刀を勢い良く振るった。


 アイリスに迫る灰色の斬撃。

 魔力の濃度からして、上級の魔導師だ。


「天撃」

 灰色の斬撃向け、アイリスは右手をかざすと、光の法撃が放たれた。


 相殺。

 衝突の余波を残し、二つの攻撃は世界から消滅する。


「さすが、ニルヴァーナ――か」

 史郎は大きく息を吸うと、灰色の日本刀を鞘へとしまった。


 そして、目を瞑り、居合の型を取る。


 研ぎ澄まされる気。

 魔力の質でもわかるほど、それは鋭いものだった。


「風刃(ふうじん)」


 抜刀。

 史郎はそう告げた瞬間、灰色の日本刀を水平に振りかざす。


 刀身から放たれる深緑の斬撃。

 灰色の斬撃とは異なるその色。

 しかし、魔力の性質は同じ――風属性だった。


 大地を翔ける様に迫るその斬撃は突如、地面へと沈んだ。


 コンマ数秒、アイリスの真下の地面から複数の深緑の斬撃が出現する。


「っ――!」


 さっきの斬撃が地面の下で分裂していたのだ。

 分裂していた割には、斬撃一つ一つに最初の斬撃と同様の魔力を感じる。


 避ける隙も無く、深緑の斬撃の一つがアイリスの白い右翼を引き裂いた。

 その衝撃によってアイリスはよろめき、地面へと墜落する。


 墜落した衝撃で左翼は消滅し、アイリスはふらふらと立ち上がった。


 反応が出来なかった。

 それほど、先ほどの斬撃は早く強力なものだった。


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