第26話
「絶覇」
右拳に覇動を込め、光の斬撃を叩きつける様に破壊する。
破壊した際に生じる衝撃波。
まるで、爆発した様な衝撃だった。
「一瞬で――」
その光景に目を見開き、オシリスは硬直する。
歴史に名を残す宝具と呼ばれる聖剣。
エニシスに伝わる秘伝の剣。
圧勝までとはいかないが、十分戦いになると思っていた。
それも思い上がりだと、オシリスは気づく。
自身の想像を遥かに超えていたのだ。
覇王、アルカードは――。
「鳴雷(なるかみ)」
火花が散る爆音を放ち、ニルの右手から解放される雷の魔力。
下級魔法の雷鳴。
上級魔法の鳴雷。
空間を走り抜ける様な雷撃がオシリスへ強襲する。
「くっ!」
聖剣を鳴雷向け振りかざし、光の斬撃で相殺する。
一瞬でも反応が遅れていたら、間違いなく直撃していた。
瞬きの時すらも惜しい。
それほど、オシリスは神経を研ぎ澄ませていた。
「まだまだ行くよ――」
黒い翼を生やし、ニルは空へと舞い上がると、連続で鳴雷を放った。
叩きつける勢いで地上へと降り注ぐ雷撃。
まさに天災だった。
オシリスは逃げながらも、直撃するだろう鳴雷は聖剣で対応する。
急激に減って行くオシリスの魔力。
鳴雷の連続攻撃を防いだためだろう。
オシリス自身の魔力量はそれほどなのだ。
ニルの攻撃がオシリスに勝るのは時間の問題。
ニルは知っていても尚、鳴雷を放った。
次第にオシリスは防戦に入る。
攻める余裕が無くなったのだ。
ニルの攻撃を避けながら、オシリスは眉間にしわを寄せ、何かを決めかねぬ表情をする。
そして、答えを出したのか、オシリスは大きく息を吐いた。
立ち止まり、ニルの方へと振り向く。
それは戦う姿勢だった。
「聖剣よ! 聖剣ネフィタリスよ! 我に力を!」
詠唱の様に叫ぶと、オシリスは聖剣を振り上げた。
聖剣を振り上げた瞬間。
聖剣から白い魔力が溢れ出し、オシリスを包み込む。
包み込まれるその姿は纏うよりも、乗っ取る様に見えた。
変動する魔力の鼓動。
途端にオシリスは苦痛に悶える様な声を漏らした。
数秒後、オシリスの声が無くなる。
静寂の様にオシリスの周りは静かになった。
「まさか――」
魔力の変化でニルは察した。彼に起きた出来事を。
オシリスは無言で聖剣を振りかざした。
刀身から決壊したダムの様な勢いで白い斬撃が放たれた。
凝縮の無い白い魔力。
研ぎ澄ませること無く、ただ膨大に魔力を放出している状態。
鳴雷で対抗するが、一瞬にして鳴雷は消滅する。
「――っ!」
慌てながらもニルは黒い翼を羽ばたかせ、白い斬撃を躱した。
さっきまでの白い斬撃とは威力が桁違う。
ニルは即座に現状を分析する。
レンジが切り替わる様に魔力のレベルが変わった。
さっきまでとは違う魔力の性質。
「暴走・・・・・・か」
辿り着いた結論。
めんどくさそうな顔をしてニルは呟いた。
懸念していた事案。
宝具の暴走。
聖剣の魔力にオシリスは負けたのだ。
それとも、自身の魔力では勝てないと思い、聖剣に委ねたか――。
純粋な白。
白い瘴気がオシリスを纏う様に包んでいた。
「お前は――グレイニル・アルカードか」
重々しい口調で口を開く。
さっきまでのオシリスの口調とは異なっていた。
まるで、別人の様な雰囲気。
無論、別人なのだ。
「君は・・・・・・ネフィタリスか」
その独特の口調の主をニルは思い出した。
そもそも宝具とは、最初に手にした所持者の影響を大きく受ける。
特に聖剣の最初の主であるハルジオンと言う男は、普段から重々しい口調をしていた。
かつての部下に似た口調。
ニルは少しだけ、懐かしい気持ちになった。
まるで、あの頃に戻った様だよ――ハルジオン。
「ああ。そうだとも――千年ぶりか」
聖剣を掴む手をまじまじと見つめ、自身の意思で身体が動いていることを実感する。
「そうだね。まさか、聖剣である君が表に出て来るなんてね」
「元より、我は人になりたかったからな。――あの頃から」
一人称は我。それもハルジオンの言い方だった。
ハルジオンの剣の頃から。
いや、聖剣として生を受けた頃からかもしれない。
「そうなんだね」
確かに他の宝具も自我が芽生えていく度、その様な感情を持つ様になっていたのはニルも知っている。
ネフィタリスがそう言うのも不思議では無かった。
「まあ、そのために今度はお前に消えてもらうさ」
聖剣を構え、ネフィタリスは殺気を放つ。
先ほどのオシリスが放った殺気とは雲泥の差。
あんなもの、僕らの時代では殺気と呼ばない。
気だけで人を刺せるほどの禍々しい圧。それが殺気なのだ。
「・・・・・・やるのかい? ネフィタリス」
紛れも無い純粋な殺意。
ネフィタリスは僕を殺す気でいるのだ。
「無論だよ。覇王、アルカード。絶好な機会は無いだろう」
「絶好な機会?」
いったい、この状況のどこが絶好と言うのか。
「ああ。我は騙せないぞ? 今のお前は以前のお前と比べて、桁違いに弱い。――そうだろ?」
見通している様な眼差しをネフィタリスはニルへと向けた。
「・・・・・・そうかもしれないね」
渋々納得した。確かに言っていることは間違いでは無い。
日に日に力が戻って行く感覚はある。
しかし、かつての様な圧倒的な感覚は無かった。
「ならば、殺すのは今だろう――?」
普段よりも低い口調でネフィタリスは告げた。
紳士的な声質。
重々しい口調。
独特なイントネーション。
かつての僕に語りかけるハルジオンの言葉が脳裏に過る。
「殺る気なんだね――ネフィタリス」
目を細め、ニルは睨む様にネフィタリスを見つめた。
無論、君が殺る気ならば、僕だって戦うさ。
「ああ、そうさ! さあ、行くぞ――覇王・アルカード!」
そう言うとネフィタリスは突然、大地を蹴り上げる。
刹那。
階段を上がる様に空間を蹴り上げ、軽々しく上空へと上がった。
斜め上の空を駆け上がるその姿。
翼の無い飛翔。
「それはハルジオンの空歩(エスクード)――か」
ハルジオンの専売特許である空歩。
あの頃は彼だけが出来た秘技である。
まるで、ハルジオンの意思がネフィタリスに乗り移った様に。
――いや、もしかするとネフィタリスはハルジオンの意思から生まれたのかもしれない。
そして、聖剣の解放と共に出現し、オシリスの身体を乗っ取った。
いったい、僕は誰と戦っているのだろうか。
ニルは落ち着かせる様に息を吐いた。
どちらにせよ、今は僕の敵。
彼らは僕の行く手を阻む敵なのだ。
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