第24話
次はいったい何が来るのか。
兵士たちに緊張感が漂った。
「スメラギ」
普段よりもワントーン低い声。
冷酷な雰囲気が漂った。
「な、何だ」
その雰囲気にスメラギは反射的に後退してしまう。
「これで終わりだよ」
終わり。その名の通り、この戦いの終わりを。
「なっ――」
スメラギはそう言うと、自身の前に防御壁を展開する。
反射とも言うべき、咄嗟の対応だった。
しかし、他の兵士たちは防御壁を展開しておらず、無防備の状態だった。
息を吸う様な速度でニルに収束する膨大な魔力。
「幻瞬(げんしゅん)」
淡々と告げ、ニルは右手をゆっくりと掲げた。
右手を掲げたニルの上空。
突如、紫色の大きな槍が現れる。
波打つ湾曲した刃先。
紫色の大きな槍は敵陣向け放たれると、増殖する様な速さですぐさま無数に分裂する。
瞬く間に数千の細き矢へ変化し、敵陣へと降り注いだ。
強く地面を打つ矢の雨。
時折聞こえる異なる音。
「アイリス、今のうちに行ってくれ」
視線を地上へ向けるニルの表情は冷静そのものだった。
「・・・・・・わかった」
アイリスは槍よりも高い上空から、目標地点へと向かって行った。
絶え間無く降り注ぐ、矢の雨。
兵士たちの数多の悲鳴がこの空に響いた。
まさに――惨劇。
背後から聞こえるその悲鳴。
アイリスは圧勝と言う単語を想像する。
矢の雨が止んだ頃、百五十人の兵士のほとんどが倒れていた。
「なんだ・・・・・・とっ」
自身の防御壁が消滅する中、スメラギはその光景に呆然とする。
血だらけに倒れる兵士。
矢が突き刺さったまま立ち尽くす兵士。
視界に映る光景は、まさしく戦場であり、虐殺の様にも見えた。
スメラギは自身へ降り注ぐ矢を防ぐので精一杯だった。
数分にして、戦争は終息した。
グレイニル・アルカードの圧勝によって――。
これが千年前、全大陸を支配した覇王の力。
痛感する。
我々は神にも等しい存在を相手にしていたのだ。
スメラギは血の気が引いた様な顔でゆっくりと膝をついた。
すると、ニルは何食わぬ顔で微笑んだ。
「・・・・・・もう良いかな」
陽気な声。
場違いな声にスメラギは思わず、顔を上げた。
そして、ニルは右手の指をパチンと鳴らす。
絶望的な空間に響き渡る音。
その瞬間、幕が切り替わった。
瞬きしたのか。
視界の光景がガラリと変わる。
血だらけで倒れていた兵士たちが、無傷で呆然と立ち尽くしていたのだ。
数秒前まで戦場だった光景は何だったのか。
この数秒で何が起き、何が変わったのか。
自分はまるで――幻でも見ていたのか。
スメラギは信じられない様に目を見開いた。
「――幻覚さ」
見下ろす様に、見下す様に。
ニルは不敵な笑みでスメラギたちに告げた。
「幻覚・・・・・・だと?」
目を見開き、スメラギは呆然とする。
無数の矢は幻覚。
彼らは幻覚の矢を受け続けていたと言うことか。
「ああ。僕の技をただ幻覚にしただけだよ。――ただね」
ただと言う言葉を強調する。
幻瞬とは、実技を幻覚にする魔法。
つまり、幻覚じゃない技も出来ると言うことである。
「・・・・・・いつでも殺せるってことか」
「まあね。それに言ったじゃないですか。――戦争をしに来たわけじゃ無いって」
戦争をするつもりであれば、鼻から全力で無数の矢を放っていただろうに。
「・・・・・・そう言うことか」
呆然とする兵士たち。
確かに彼らは先ほど死んだのだ。
自身もそれに自覚していたはずなのに。
初めての不可思議な感覚に、彼らの身体は未だに思う様に動かなかった。
すでに戦場には戦意など無かった。
それすらも、抱かないほどの圧倒的な力。
これが世界を終わらせたと言われる力。
覇王のアルカード。
どうして、彼が国を統べることが出来たのか。
考えずとも、理解するのは簡単だった。
純粋な強さ。
強さの次元が違うのだ。
「それじゃあ、失礼するよ」
ゆっくりとそう告げると、ニルは兵士たちの頭上を取り過ぎて行った。
あの頃の様に支配はしない。
今の僕は覇王では無いのだから――。
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