第23話



 空間さえも震撼させる波動の様なその魔力。


 これこそが覇王の波動――『覇動』なのだ。


「・・・・・・これがアルカードか」

 スメラギはその光景を呆然と眺めていた。


 左手で掴んでいた柄が自然と揺れている。

 自身が震えていたことに気づくのは数秒後だった。


「僕は戦争する気は無いよ。――君らはどうか知らないけど」


 最初から僕に敵意を向けていた。

 無論、戦争をする気であったのだろう。


「何の話か――。ここまでして、何を言う――」

 怒りに似た感情がスメラギに込み上げる。


 しかし、怒りを示したところでどうにかなる相手では無いことは、瞬時に気づいた。


「気絶だよ。それだけで十分なんだから」


 それ以上もそれ以下も無い。

 彼らの戦意を無くせるなら何でも良かった。


 静寂。

 数秒間、沈黙が続いた。


「行けっ!」

 我武者羅の様な動作でスメラギは剣を抜刀し、ニルへと向け叫んだ。


 悩んでもキリが無い。

 戦争に正しい答えなど最初から無いのだ。


 スメラギの叫びは、戦いの号令でもあった。

 前方の兵士たちは魔法陣を展開し、各々法撃をニルへと放っていく。


「絶壁」

 右手を広げる様に前に出すと、目の前に赤い魔導障壁が展開される。


 兵士たちの攻撃は、すべて魔導障壁の前に散って行く。


『2対150』


 戦力差、数十倍。

 果たして、これを歴史は戦争と呼ぶのか。

 

 ――いや、どちらかに争うと言う意思があるならば、それは戦争なのだろう。


 法撃を繰り出す兵士たちを眺め、ニルはふと思った。


「どうするの、ニル」

 この光景を傍観者の様に眺めていたアイリスが不安そうな眼差しを向ける。


 その様子だと、彼女は戦いたくないのだろう。

 無論、僕もだよ、アイリス。


「・・・・・・相手はやる気だね」

 兵士たちの中で高ぶる魔力。

 この法撃は彼らにとって最善の攻撃なのだ。

「戦うの?」

「んー、んー」

 腕を組み、ニルは悩んでいた。

 いや、悩む時間さえも惜しいか。

 ニルはハッとした顔で気づいた。

「アイリス」

「何?」

「彼女の魔力は辿れる?」

 今の彼女なら魔力探知は出来るはずだ。

 おそらく、今の彼女の方が僕よりも魔力探知の精度は高いだろう。

「ええ。今なら、微かに感じることは出来るわ」

 今ならわかる。次第に彼女に近づいていることが。


 魔力の質。

 魔力の量。


 魔法に関係するすべての事柄が、今までの自分とは違った。


「なら、先に行っていて。後から行くよ――必ず」

 ニルはそう言うと視線をアイリスから兵士たちへと移す。


 二人でここの対応に当たる時間が惜しかった。

 こうしている間にも時間は過ぎていく。


「わかったわ」

 決心した様にアイリスは強く頷いた。

「それじゃあ――」

 ニルは大きく息を吐き、口を開いた。

 両手をズボンのポケットに入れ、どこか満ちた顔をしている。


 話は早い。

 アイリスがカノンの元へ行く手助けをすれば良いのだ。


「グレイニル・アルカードが君たちの相手をしよう」


 殺意を込めた様な重い口調。


 一瞬にして、殺気がこの場を支配した。


 怯える様に兵士たちは半歩下がった。


 彼らの意思とは無関係に。

 

 これがグレイニル・アルカードの力、覇王の素質。


 天災の具現化。


 アイリスはその光景に、本当に彼が覇王であったことを思い知らされた。


「怯むなっ!」

 緊張感を振り払う様に、スメラギは焦った口調で叫んだ。


 ハッとした顔で兵士たちは顔を上げる。


 そして、再度魔法陣などを展開し、ニルへと法撃魔法などの攻撃を放った。


「絶覇」

 告げる。ニルへ向かっていた法撃魔法たちは、一瞬にして弾け飛ぶ。


 弾け飛んだ余波である暴風。

 兵士たちを更なる無力感へと誘った。


 ニルはその光景に驚くことも無く、さらに上空へと飛翔する。


 兵士たちは思わず、見上げてしまう。


 見下ろす様にニルは地上を見つめていた。

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