第19話


 王都ベルセルク上空。


 ニルとアイリスは止まること無く、一直線にカノンのいる方へと向かっていた。


「ねえ、ニル」

 アイリスは解せない眼差しをニルへと向けた。

「うん」

「どうして、カノンは連れ去れたの?」


 彼女は人以上に魔力があったのはわかっていた。

 しかし、あそこまでするほどなのだろうか。

 あそこまでの戦力を用いて、王都に侵入するほどの。


「それは――」

 ニルは続く言葉を躊躇った。

 カノンの友である彼女に何と言えばいいのか。

「それは・・・・・・?」

 躊躇うニルにアイリスは首を傾げ、恐る恐る問う。

「――電磁砲の動力源にするためだと思うよ」

 ゆっくりとはっきりと。ニルは静かに告げた。

 中年男性の記憶から推測すると、彼女を連れ去る理由はそれだろう。

「電磁砲?」

「ああ、そうさ。覚えていないかい? かつて、一つの国を滅ぼした兵器だよ。魔力を充填させ、その膨大な魔力を一気に放つことが出来る巨大砲台さ」


 その悲劇は、グレイニル・アルカードが覇王となり、世界を統べる以前の話。


 電磁砲(レールガン)。

 一国の王が世界を支配したいがために作られた兵器。

 それが千年経った今も存在する。

 細く長く、その兵器の技術が後世に語り継がれていたのだ。


 戦すら始まる前に、一つの国は滅ぼされた。

 その光景は、残虐の言葉しか無い。


 そして、滅ぼした国を支配したのは、

 グレイニル・アルカード――ニルだった。


「――まさか」

 充填された巨大な魔力。

 すぐさま、それが何かに気づく。

「そうだよ。彼らはカノンをその充填する魔力の動力源するつもりなんだよ」


 彼女が持つ膨大な魔力を用いて。

 かつても、動力源は人だった。


 ――いや、人々だったが正しい。


 ニルはその悲惨な光景を思い出す。


 だからこそ、かつての僕はその国を支配したのだ。


 電磁砲がもたらした惨劇。


 彼らが行って来た残虐行為を止めるために。


「と言うより――」

 ニルはふと気が付いた様に首を傾げる。


 そもそも、彼らはいったいどこへ向けて撃とうとしているのか。

 電磁砲を使うと言うことは、無論、放つ先があると言うことだ。

 疑問が残るが、どちらにせよ、止めねばならない事実は変わりない。


 この世界で一つの国が滅ぶ前に――。


「その・・・・・・電磁砲の発動はいつなの?」

 身体を大きく揺らしながら、アイリスは恐る恐る聞いた。


 未だに飛行魔法の魔力供給が安定しない。


 何せ、千年ぶりだ。

 感覚を取り戻すのには、それなりの時間が掛かる。


「わからない。少なくとも、ここ数分は発動されないと思うけど」


 発動前には、必ず膨大な魔力が集束されるはず。

 さすがの僕もそれを感知出来ない訳では無い。

 それにカノンが持っていた膨大な魔力を短時間では抽出出来ないはずだ。


「そうね。それで、このまま進むの?」


 電磁砲へ向け、海上を一直線に進んでいる――らしい。


 どこか、アイリスは曖昧な顔をしていた。


「このままって?」

 純粋にニルは首を傾げた。

 何か懸念でもあるだろうか。

「後数キロで、国境を超えてしまうわ」

 そう言いながらも、アイリスは脳内で平面的な地図を想像する。

「あー、そう言うことね。確か、この先は――」


 国境。

 かつての僕は気にしたことが無かった。

 でも、今は違う。


 千年前は一国だったが、現代は数十の国に分かれている。


「魔法都市エニシス。今は魔動機などの製造が盛んな国よ」

「魔動機――か。だから、電磁砲があるのかな?」

 少なくとも、作成出来る技術力はあるだろう。

 問題はその製造方法をどこで手に入れたかだ。


 ――それか、千年もの間、継承して来たか。


「材料で言えば、一番揃っているわね、あの国は」

 どこか知っている様な顔でアイリスは告げた。

「なるほどなー」

「それでその・・・・・・」

 戸惑った様な困り顔をアイリスは向ける。

 眉をへの字にしたその顔。ニルには愛らしく見えた。

「ん?」

「その・・・・・・無断で国境を超えるわよ?」

 本当に良いの。

 そう言いたげな顔でアイリスは首を傾げた。


 各国を跨ぐには、陸地の国境にある通過所を通過しなければならない。

 それが正規の方法だ。


 無論、海からの移動で国境、海域を超える者はいないだろう。


「――良いさ。そんな許可、取る時間が惜しい」

 陸の国境で書類を記載し、許可を経て入国する。

 それが入国するための規則。

 当然、ニルも知っていた。


 ――知っているとも。


「それも・・・・・・そうね」

 アイリスは納得する様に小さく頷いた。


 今は時間が惜しい。

 アイリスも同じ気持ちだった。


 数分後、目に見えない国境を二人は勢い良く通り過ぎた。


 通り過ぎた瞬間、空間に薄い黄緑色の瘴気が漂う。


「・・・・・・防衛センサーか」

 想定内。そう言いたげにニルは淡々と呟いた。


 瘴気の中、ニルたちの前に一頭の青い龍が出現する。


 伝承にある様なその姿。

 ニルたちよりも遥かに大きいその巨体。


 これは――召喚獣だ。


 雄叫びの様な声で威嚇するその姿。

 まるで、僕らに出て行けと言っている。


「どうするの、ニル?」

 青い龍を恐れる様にアイリスは減速する。

「通るさ。――すぐにでも」

 覇気のある声で言うと、青い龍に向け魔力を開放した。


 立ち止まる時間すら惜しい。

 出来ることなら、戦う時間もだ。


 解放された魔力から侵入者として認識したのか、青い龍は勢い良くニルに襲い掛かる。


 尖った牙を生やした口を大きく開け、ニルたちを喰らい尽くす勢い。

 そのまま、青い龍が来れば、僕らは丸飲みだろう。


 ――来ればの話だけど。


 右手をかざし、ニルは大きく息を吸った。


「絶覇(ぜっぱ)」


 告げた瞬間、青い龍の頭部は空間に叩きつけられた様な轟音を上げる。


 殴られた様に上空へ吹き飛ぶ青い龍。


 そして、自重に逆らうこと無く、青い龍はそのまま海へと落ちていった。


 波動の中の覇動。


 絶対覇動。

 空間大震の魔法。


 それが絶覇。

 簡潔に言えば、空間を殴れる魔法。


 今では、ニル以外使える人がいない古代の魔法となってしまった。


「さあ、行こうか」

 ニルはそう言うと、減速した速度を元に戻していく。


 だから言ったのだ。

 時間が惜しいと――。


「・・・・・・ええ」

 青い龍が落ちた海をアイリスは言葉を失った顔で眺めていた。


 改めて思い知らされる。

 グレイニル・アルカードの強さに。


 絶対強者。

 そんな雰囲気は微塵も無いが、まさしく彼はその分類だった。


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