第17話


 歩く中、大きく息を吐いた。


 中年男性から得た情報を整理していく。


 彼女たちに何が起きたのかは理解出来た。

 想定していた通り、カノンが動力源として攫われたのだ。


 さて、問題はこれからである。


 これから、何が起きるのか。

 少なくとも、僕はその何かが起きる前に止めに行かねばならない。


 決意するニルの目の前。

 アイリスは呆然としていた。


 魔力が身体に巡る。

 同時に身体を支配する様にクリスの記憶が脳裏を埋め尽くした。


 窒息している様なその表情。

 溢れる記憶に脳が処理しきれていないのだ。


「アイリス、大丈夫かい?」

「ええ・・・・・・」

 ふらつきながらも、アイリスは姿勢を正して答えた。


 ニルの言葉が無ければ、正気を保てなかったかもしれない。

 それほど、アイリスは混乱していた。


「――ねえ、ニル」

 大きく深呼吸をして、アイリスは告げた。


 一番の疑問。

 これを聞かずしては前に進めない。


「ん?」

「まさか、あなたは、グレイ――」

 グレイニル・アルカードなの。

 そう告げようとした。


 しかし、不思議と言葉が出ない。

 喉の奥に何かが詰まった様な不快感が襲う。


 次第に過呼吸になり、アイリスは座り込んだ。


 座り込むアイリスに、ニルは右手をかざす。

 右掌に緑色の光が生まれると、その光はアイリスを覆う様に包み込んだ。


 落ち着く。

 この緑色の光の中にいると気持ちが落ち着いていった。


 光が消える頃、アイリスを襲った過呼吸は止まっていた。


「・・・・・・うん。そうだよ――クリス」

 安心した様な笑みを浮かべ、ニルは告げる。


 彼女が纏う魔力。

 かつてのニルが知るクリス・ニルヴァーナが持っていた魔力だ。


「っ――! やっぱり・・・・・・、そうなのね」

 やはり、そうなのだ。アイリスは納得した様に頷いた。


 ニルは、かつてのグレイニル・アルカード。

 アイリスは、かつてのクリス・ニルヴァーナ。


 互いの前世。

 千年の時を経て、再会したのだ。


 聞きたいことは山ほどある。

 アイリスは立ち上がり、前のめりにニルに近づく。


「再会は後でにしよう」

 アイリスが口を開く前に、ニルは微笑んだ。

「――え」

 聞きたい姿勢が表に出ていただろうか。

「聞きたいことはいっぱいあるだろう――けど」

「けど・・・・・・?」

「今は目の前のことだけ考えようか」

「・・・・・・そうね」


 現状。

 カノンが何者かに連れ去られた事実。


 我々は早急にカノンを助けに行かねばならない。

 自分は何を忘れていたのだろうか。


 アイリスは自身の目を覚ます様に、首を左右に強く振った。


「さて――と」

 ニルは大きく息を吐くと、斜め上の上空を見上げる。

「ねえ、グレイニル」


 目の前にいるのは、あのグレイニル・アルカード。


「――今はニルでいいよ。それに、僕の名はグレイニルだからね」

 グレイニルの名の頃も、クリスはニルと呼んでいた。だから、間違いでは無い。

「それもそうね」

「それでアイリス」

「何かしら?」


「そのー、飛べるかい?」


 心配そうに告げるその姿。

 とても、世界を終焉させた覇王の姿では無い。

 

 飛べる。

 その真意は、かつての私たちが使っていた飛翔魔法のことだろう。


「・・・・・・ええ」


 翼を生やし、飛ぶ姿。

 イメージは出来る。

 しかし、飛べると言う確信は無かった。


「それじゃあ、行こうか。アイリス」

「――うん」


 そして、二人揃って、大きく息を吐いた。


 瞬時。

 ニルには黒い翼が、アイリスには白い翼が生える。


「・・・・・・出来た」

 思わず、ホッとした声が漏れる。


 自身の体内を巡る純粋な魔力。

 これが天創の魔力なのだろうか。


「うん。上手く出来ているよ」

 綺麗なアイリスの白い翼を眺め、ニルは微笑んだ。



 同時に翼を羽ばたかせ、空へと飛び立った。



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