第16話


 王都ベルセルク。


 アイリスが目を開けた頃には、腹部に突き刺さっていた黒い杭は無くなっていた。


 起き上がったアイリスの視界には、カノンも男たちもいない。

 その事実にアイリスは呆然としていた。


 さっきまで感じていたカノンの魔力も感じられない。

 どこへ行ってしまったのか。


「私は――」

 自身の両手を見つめ、アイリスは大きく息を吐いた。


 自分は何も出来なかった。

 成す術が無かったのだ。

 しかし、今の自分はどこか違う。

 

 自身の奥底から溢れる魔力。

 この魔力は、かつての私、クリス・ニルヴァーナが持っていた天地創造の魔力。

 天創の魔力だった。


「これがニルヴァーナ・・・・・・」

 歴史の残るその異能。

 自身でもその異能さが実感出来た。


 すると、呆然とするアイリスの頭上に一つの影が現れる。

 その影は地上へと降りると、抱えていた中年男性を地面に投げ捨てた。

 

 中年男性は、数回転すると仰向けの姿勢で地面に静止する。


 影の正体はニル・ドラゴニス。

 しかし、どこか目つき、雰囲気が違って見えた。


「・・・・・・ニル?」

 アイリスは呆然と突然現れたニルを見つめる。


 今のニルの姿は自身の記憶にあるグレイニル・アルカードの姿と重なった。

 やはり、彼の祖先はグレイニル・アルカードなのだろうか。


「さて――」

 そう言うとニルは、倒れる中年男性の胸倉を左手で掴み、徐々に上げていく。


 意識を取り戻した男性は、ニルを見るなり目を見開いた。


「――くっ。こ、殺せ・・・・・・」

 中年男性が僅かに震えているのがわかった。


 いったい何が起きているのか。

 ニルはいったい何をしようとしているのか。

 アイリスは瞬きを繰り返しながら、現状を必死に理解しようとする。


「殺しませんよ。教えてもらうためにあなたを捕らえたんですから」

「教える・・・・・・?」

「あなた方の目的を」

 ニルの言葉でアイリスは気づく。

 この中年男性が、先ほど友を連れ去った男たちの一人であると言うことに。

 ニルはその事実に気づき、尋問をしていると言うところだろうか。

「・・・・・・それは言えんな」

 視線を逸らし、中年男性は歯を食いしばった。

「本当に?」

「ああ――死んでもだ」

 決意が固いのか、どこか覇気のある声で中年男性は言った。

「なら、しょうがない――――な」

 大きく息を吐くと、ニルは右手を開き、中年男性の頭部へかざす。


 一瞬。

 波紋の様にニルを起点とした魔力の波動が生まれた。


「心理透過(サイコ・トランサー)」


 淡々と告げる。

 その言葉は詠唱と言うより、始動の合図に見えた。


 一秒も経たずして、中年男性は衝撃が走った様に身体を大きく震わせた。

 それから、小刻みに身体を震わせ、放心状態でその場に立ち尽くす。


 ニルは何かを見通す様に目を瞑っていた。


 脳裏に浮かぶ断片的な場面の数々。

 その中で映る一つの塔の様な砲台。


 機械仕掛けの砲台。

 景色には見覚えが無い。

 しかし、ニルはその砲台が何なのかを知っていた。


 そして、数秒後、ニルはゆっくりと目を開ける。


「――電磁砲(レールガン)か」

 把握した様なその一言。

 途端に中年男性の表情は青ざめた。


 千年前にも存在した兵器。

 電磁砲と呼ばれる巨大魔導砲台。


 ニルは素直に驚いた。

 膨大な魔力を放つその兵器が、千年後の世界でも通用すると言うことに。

 もしかすると、千年前の技術は現世でも通用するのかもしれない。


「まさか――――俺の思考を呼んだのか?」

 ニルのその一言で、中年男性は自身の記憶をもう一度辿った。


 一度だけその場所に来たことがあった。

 しかし、その一度、経った数分の出来事。

 まさか、この目の前にいる青年はその場面を自身に記憶から読み取ったと言うのか。


 化け物。異常。

 圧倒的な能力。

 

 これ以上、自身がこの青年に歯向かえば、次は殺されるだろう。

 中年男性は悟った様に静かになった。


「んー、まあ、そんな感じですね」

 静かになった中年男性に、ニルは背を向け、この場から離れて行く。


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