第13話


 アイリスたちがダリウスと出会う同時刻。

 ニルは一人、学園の中庭沿いを歩いていた。


「っ――!?」


 禍々しい魔力。

 思考に電撃が走った様に感じたその魔力。

 王都の方からだった。


 普段は感じない魔力。

 おそらく、王都の魔導師の魔力では無い。


 ニルは大きく息を吸うと、その付近の魔力を探索する。


「――アイリスとカノンがいるのか」

 彼女たちの魔力は、その魔力の直近にいた。


 明らかに不自然な魔力変動。

 おそらく、空間転移魔法だろう。


 だとしても、王都の敷地境界には王都が管理する魔導結界が存在する。

 それを無視して空間を移動したのか。

 それとも、無力化したのか。

 はたまた、無理やり通過したのか。


「どちらにせよ――敵か」

 少なくとも、王都の敵であることは間違いない。

 敵だとすれば、状況から考えて理由は一つだ。


 ――カノンの持つ膨大な魔力。


「交戦中か」

 彼女たち、それと相手の男たちの魔力変動をニルは感じ取った。


 すると、一分も経たずして、カノンと男たちの魔力が消えた。

 同時にアイリスの魔力が急激に減って行く。

 その速さは、力尽きた様な減り方だっ た。


「まずいな――」


 理解する。

 カノンが男たちに連れ去られ、アイリスが倒されたことに。


「緊急事態だね」


 王都の周囲に変化は無い。

 王都の防衛機能を掻い潜ることが出来たと言うのか。


 ――いや、それすらも考えるのは惜しいか。


 ニルは大きく息を吸うと、目を瞑った。


「透過眼(クリア・アイ)」


 索敵魔法の中でも上位の魔法。

 ゆっくりと告げ、目元に魔力を集中する。


 数キロ先の微量の魔力から、消えたカノンたちの魔力を辿る。


 四人のうちの一人の魔力を感じ取った。

 しかし、残りの三人とカノンの魔力は感じ取れない。


「一人――か」

 険しい表情でニルは俯く。


 その一人の位置は把握した。

 逃げられる前に捕縛する。

 そのためには、その者のもとへと行かなければならない。


 転移魔法。

 行ったことの無い長距離先へ転移する魔法。

 今の魔力では、その技を使えるのは一日一回が限度だろう。


 胸元の位置から右手を地面へとかざし、大きく息を吸った。


「時間転移(タイムズ・テレポート)」

 ニルが告げると、ニルは数キロ離れた上空へと移動する。


 移動したニルの目の前に、中年男性が高速で飛翔していた。


「!?」

 突如現れるニルに中年男性は慌てて止まった。


 雲一つ無い上空。

 周囲には誰もいない。


 数キロ先で微かに感じる数名の魔力。

 ようやく、残りの三人の魔力を感じることが出来た。


「もうこの技は使えないしな・・・・・・」

 右手で後ろ髪を解きながら、ニルは困った顔で言った。


 もう一度、時間転移が使えれば、彼女のもとへ行けるはず。

 しかし、時間転移を発動するための魔力は無かった。


「な、何者だ?」

 目を見開き、中年男性は冷静さを装うとする。

 この現状に中年男性は冷や汗を掻くほど焦っていた。


 王都の防衛機能を掻い潜るほどの空間転移魔法を使ったはず。

 それなのに、どうして目の前にいる少年はそれに気づき、数キロ離れているはずの自身の前に現れたのか。


 間違いなく魔導師だろう。

 それも最上位クラスの。


「少なくとも、あなたの敵ですよ」

 ニルはそう言うと、一瞬だけ魔力を開放する。


 高圧的な魔力。

 一瞬にして、中年男性の全てを拘束した。

 呼吸することさえも出来ないその一時に、中年男性は目の前にいる敵が最上位の敵であることを確信する。


 震える四肢を無理やり動かすと、中年男性はニルと距離を取り、大きく息を吐いた。


 少年は何もしていない。

 ただ魔力を開放しただけ。

 それだけで、自身の意識は吹き飛びそうになっていた。


 ――能力の次元が違う。


 いったい、この少年は何者なのだ。


 考えてもしょうがないか。

 敵であることには変わりない。

 中年男性は、首を左右に振ると集中する様に目を見開いた。


「魔道天羅(まどうてんら)」

 別々の印を九回結ぶと、中年男性の前に大型の緑の魔法陣が出現する。


 大型の緑の魔法陣から出てきたのは、

 三メートルほどの白き羽衣を纏った緑の鬼神。


「召喚獣か」

 緑の鬼神を眺める様に見つめ、ニルは何食わぬ顔で言った。


 召喚魔法。

 かつて、賢者と言われた魔導師が作った魔法の一つ。

 召喚陣を描き、そこから自身が創造する召喚獣を召喚することが出来る魔法だ。


「行け!」

 右手を振りかざし、中年男性は緑の鬼神に指示する。

 その動作に呼応する様に、緑の鬼神は右拳をニル向け振りかざした。


 空気を押し出す様な風圧。

 揺れる制服。

 乱れる髪。


 刹那。

 ニルは笑みを浮かべた。


「絶壁(ぜっぺき)」

 振りかざした右拳を前にニルが告げると、前方に赤みを帯びた防御壁が展開される。

 赤い防御壁によって、緑の鬼神の攻撃は防がれた。


 驚きながらも、中年男性は緑の鬼神に言葉を告げる。

 緑の鬼神は何度も何度も両拳をニルへ向け振りかざす。

 しかしながら、その全ては赤い防御壁で防がれた。


 持久戦。

 中年男性はそう思っていた。


 しかし、ニルは違った。


「――時間が惜しい」

 殺気が混じった冷たい眼差しを中年男性へと向ける。


 持久戦など時間の無駄。

 一秒でも早く、この事案を解消することが最優先だ。


 大きく息を吸うと、ニルは絶壁を消滅させる。


 そして、中年男性の方角向け、右手で空間を強く叩きつけた。


 叩きつけた個所から集束された振動が発生する。

 集束された振動は空間を震わせながら、中年男性へ襲い掛かった。


 激震。

 音速で到達する攻撃。


 直撃の瞬間、中年男性を起点として衝撃波が発生する。


 身体が波打つ様に揺れる。

 身体の内部から弾け飛ぶ様な痛み。

 中年男性は胃液を吐き、白目をむいて意識を失った。


 地上へ落下する前に、ニルは中年男性を担ぐ様に抱える。


「さて――と」

 ひと段落。

 気持ちを切り替える様にニルは大きく息を吐いた。


 ――これからが本題だ。


 告げたニルの目つきは鋭く、冷酷な雰囲気が漂っていた。


 何かを成し遂げるために力を振るう。

 それはいつの時代も変わらない。



 その雰囲気はかつての覇王、グレイニル・アルカードだった。


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