第11話


 模擬戦、午後の部。


 アイリスの名が呼ばれ、アイリスは場内へと向かった。


 相手は男子生徒のシーン・サンダーズ。

 長身で金色の短髪で、釣り目なその姿は自然と好戦的なイメージを漂わせていた。


 シーンはサリエルの友達であり、ニルに攻撃を仕掛けた一人である。


 あの時、彼が使っていたのは、雷の法撃魔法・雷鳴。

 ニルもサリエルに使った雷の法撃魔法である。

 おそらく、雷魔法の使い手だ。


 開始前、シーンと向かい合うアイリスは下唇を噛み締め、不安そうな顔をしていた。


 模擬戦と言えど、紛れも無い戦いであり、同時に争いなのだ。



『シーン・サンダーズ 対 アイリス・ニルヴァーナ』



 教員の掛け声で模擬戦が開始される。


「――なあ、ニルヴァーナ」

 シーンは右手をアイリスへと向け、解せない顔で告げた。

 その表情はようやく聞ける、待ちに待った様な顔に見えた。

「な、なに・・・・・・?」

 続く言葉に怯えてか、アイリスは反射的に半歩後退する。


 自身の中の魔力に乱れがあった。

 これでは魔力を練るのが遅れる。

 思考は冷静に自身の現状を理解していた。

 しかし、身体が思う様に動かない。


「本当に――ニルヴァーナなのか?」

 そう言ったシーンの右掌に集束する雷属性の魔力。


 集束するその雷の魔力。

 シーンはサリエルよりも魔力が高い様に見えた。


 思わず、アイリスは身震いする。


 ――胸中を何かに刺された感覚。


 わかっている。

 自身がその名を持つのに相応しくないことは。


「・・・・・・ええ」

 大きく息を吐き、乱れた魔力を集束させる様に練って行く。

「なら、本当に天創が使えないだけなのか? 歴史に残る最高位の魔導師、クリス・ニルヴァーナ。引き継がれる彼女の魔力、天地創造の力。歴史の教科書には、彼女の力はこう書いてあったよな。天創(ニルヴァーナ)と――」

 シーンがそう告げ、右手をアイリスへと向けると、集束された雷の法撃がアイリスへと向かって行く。

 

 ジグザグと空間を翔ける幾つもの雷は、密度のある雷鳴だった。


 雷鳴の中でも、応用力のある雷鳴。

 本来の雷鳴は単線の雷の法撃だ。


 慌てた足取りで次々と迫る雷鳴を避け、アイリスは大きく後退する。


 全ての雷に意識を集中して何とか避けることが出来た。

 呼吸をする暇すら無いこの時間に、アイリスの表情は次第に硬くなっていく。


「そうよ――。その通り」

 大きく息を吐く様にアイリスはそう言うと、眉間にしわを寄せた。


 雷鳴。

 その攻撃の威力に敵う魔法が無かった。

 避けるだけで何も出来ない。


 何も出来ない今の自分と、

 ニルヴァーナでありながら天創が使えない今までの自分。


 相乗効果の様に自身に募る無力さ。

 アイリスの身体は自然と重くなっていた。


「そうか――。俺が確認したかったのは、それだけだよ。あいつみたいに、どうこう言うつもりは無いさ」

 再び雷鳴を発動させる。

 さっきの雷鳴よりも雷が多く、速度が速い。


 迫る中で分岐する雷鳴。

 どうやら、逃げ道は無い様だ。


「火球!」

 迫る雷鳴を前に、アイリスは咄嗟に火球を発動する。

 水球も使えたが、雷鳴との相性がかなり悪い。


 火球は雷鳴に激突すると、瞬時に消滅する。

 衝突の爆発音。


 刹那、アイリスは考える。


 勝ち筋を――。

 アイリスは諦めてはいなかった。


 その様子だと、シーンのメイン魔法は雷鳴の様に見える。

 おそらく、一番得意な法撃魔法も雷鳴なのだろう。


 通常、一人が使う魔法属性は一種類だけである。

 アイリスは火属性、水属性と言った多種の法撃魔法が使えた。


 しかし、広く浅くと言う言葉がある様に、多種の魔法が使えても威力は低い。

 今では風属性も使えるが、魔法の威力としてシーンに敵うほどか。


 ――しかし、試す価値はあるだろう。


 何せ、私はあのニルヴァーナなのだから。

 この場にいる私に期待している人々を失望させる訳にはいかない。


「突風(ゼスト)!」

 アイリスが叫んだ。

 その名の通り、押し上げる様な突風がシーンに向け、放たれる。


 予想通り。

 シーンは突風に押され、大きく後退した。

 風量はあったとしても、相手に傷を与えるほどの威力、切れ味は無かった。


 切れ味が無くて良い。

 体勢を崩すだけで良い。

 アイリスはその隙が欲しかったのだ。


「雷鳴!」

 その技名。叫んだのは、アイリスだった。


 一閃の雷。


 体勢を崩したシーンへ向かう自身の持ち技。

 予想外の光景にシーンは目を見開いた。


 そして、雷鳴はシーンへと直撃すると、ショックを受けた動作をして、シーンはその場へ倒れる。


 威力は最低限。

 速さは最大限。


 威力はシーンを気絶出来るくらいで十分だったのだ。


 勝利条件は相手の防御壁を破壊すること。

 本来、気絶させる必要は無いが、ぎりぎりの勝利では良くは無いだろう。


 ――この立場では。



『勝者、アイリス・ニルヴァーナ』



 教員が告げるアイリスの勝利。


 自然と会場は歓声の様に沸き上がった。


 これこそ、世界を創造したニルヴァーナが背負う期待、責任。


 ニルは歓声に戸惑うアイリスを見て、小さくため息をついた。

 

 これからは、その期待を君だけには背負わせない。


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