第10話


 翌週。

 学園の模擬戦場。


 今日は丸一日、体育の授業。

 模擬戦と言う授業だった。


 午前中の模擬戦の一戦。

 選ばれたのは、ニルとサリエル。


 断る機会も与えられず、ニルは気がつけば場内にいた。


 直径数十メートルの細粒度の砂利で埋め尽くされた場内。

 模擬戦にしては、十分な広さだった。


「困ったな・・・・・・」

 この場にいる状況。ニルは素直に困っていた。


 戦う状況。

 このタイミングで、自身の魔力を使う状況に。


「ニル、すまんな」

 どうしようかと考えていたニルに、サリエルはどこかバカにした表情を向けた。


 無論、彼は先週の記憶を持っていない。

 今の彼にとって、僕はまだ平民のままなのだ。


 グング。かつて、その名はどんな戦況も好転させる軍師の名であった。

 何時如何なる戦況であっても過信無く、物事の本質を見抜く力。


 グング――、シリアス・グングは魔法と言うより、異能に近い力を持っていた。

 

 おそらく、サリエルは彼の末裔なのだろう。

 しかし、彼の様な静かな強さは感じない。


「すまない・・・・・・って?」

 いったい、その言葉に何の意味があるのか。


 脈略も無い謝罪に重みは生まれない。

 謝罪は相手に伝わってこそ、意味を為すのだから。

 かつてシリアスが敵兵に言った言葉だった。


「――圧勝してな」

 常識を言う様に、サリエルは何食わぬ顔で告げた。


 圧勝。圧倒的な勝利。

 つまり、僕が為す術無く、君に負けると言うこと。


「圧勝かー。それはまた困るねー」

 驚き、わざとらしく困った素振りをする。


 教員から開始の合図はまだ無い。

 これはその間の世間話に過ぎないのだ。


「俺はグング帝国の王子だぞ? 平民に負けるなど――ありえない」

 空想の話、妄言と言うばかりに首を強く振った。

「ありえない――か」

 呆れた様に口から大きく息が漏れる。


 ありえたんだけど――な。

 つい、口が滑りそうだった。


 教員の指示により、ニルとサリエルは数メートルの距離を取る。


 これは互いの近距離魔法の暴発に巻き込まれないためだとか。



『サリエル・グング 対 ニル・ドラゴニス』



 教員に告げられる今の僕の名。

 

 僕はニル・ドラゴニス。

 アルカードであり、アルカードでは無い者。


「始め!」

 教員の掛け声。


 こうして、戦いは始まった。


 試合のルールは、体術無し魔法のみの戦い。

 試合前に教員が僕らにかけた防御鎧が壊れた方の負け。


 薄い魔法壁でコーティングされた様な防御鎧。

 教員が展開した魔法だが、これくらいで防げる魔法しか想定していないのか。

 素直に驚いた。


 逆に言えば、想定出来るほど彼らの魔力が低いのか。


「火球(かきゅう)」

 サリエルはニルへ向け走りながらも、右手をニルへと向け告げる。


 右手の前方、突如小さな赤い魔法陣が浮かぶ。


 そこからボールくらいの火の球が発生すと、

 その火球はゆっくりとニルへと向かって行った。


 火球の発動に観客は歓喜する。

 彼らにとって、それは上級魔法だったのだ。


「火球か・・・・・・」

 定速で迫る火球。

 思わず、素手で破壊しそうになる。

 反射的に動いた左手をすぐさま止めた。


 迫る法撃を素手で跳ね返す。

 かつての僕はそんな戦い方もしていた。

 未だに僕の身体がその戦い方を覚えている。

 自然と笑みが零れた。


 向かって来るサリエルの火球。

 その魔力量を分析し、それ以下の魔力を練り込む。


「――火球」


 呼吸よりも速く。

 コンマ数秒で練った火球をニルは放った。


 無論、サリエルの火球よりも――弱い。

 この戦いは、勝ってはいけない。

 少なくとも、この観客がわかる様な勝ち方は出来なかった。


「火球だと――?」

 目の前に映る自身のでは無い火球。

 サリエルは純粋に驚いた。


 サリエルの火球がニルの火球を破壊し、ニルの真横を通り過ぎた。


「そりゃ、そうなるよね・・・・・・」

 通り過ぎる熱波を感じながら、ニルは苦笑する。


 想定内。

 彼の火球より弱いのだから当然の結果だろう。


「ははっ! ニル! ニル・ドラゴニス! お前は馬鹿なのか!? この俺様と同じ技で挑むとは!」

 嘲笑いながらも、サリエルは同レベルの火球を何度も放つ。

「あー、それは連発出来るのね」

 素直に感心する。てっきり、火球一発が限界だと思っていた。


 もう一度、ニルは火球を放つ。

 しかし、ニルが放った火球はサリエルの火球には勝てなかった。

 そりゃ、威力が違うもの。


 迫るサリエルの火球に、ニルは慌てながらも、必死に避ける様な素振りで躱した。


 次々とやってくるサリエルの低速な火球。

 紙一重で避けるニル。


 その光景が面白いのか、観客はさらに声を上げた。


「逃げることしか出来ないのか! なあ、ニル!」

 円状の客席に聞こえる様な大きな声で、サリエルはニルへと告げた。

「んー、そうだねー」

 避けながらも、サリエルと大きく距離を取った。


 さて、どうするか。

 無論、どうやって勝つかと言う意味では無い。

 どうやって、相討ちの様に見せるかと言う意味だ。


 避けるニルに、何度もサリエルは火球を放っている。


 繰り出す技は火球のみ。

 どうやら、サリエルは火球しか使えない様だ。

 それに数十発も放てると言うことは、魔力量はそれなりにあると言うこと。

 やはり、彼の末裔のことだけはある。

 基礎魔力は高いのだ。


「水球(すいきゅう)」

 迫る火球に向け、ニルは水の球を放った。


 氷球とも言える限りなくマイナスに近い温度。


 ――蒸発させるためである。

 

 水球が火球に触れた瞬間、爆発する様な勢いで水蒸気が周囲に充満する。


 一瞬にして、その水蒸気はニルもサリエルも覆いつくし、会場は霧に包まれた。


 蒸し暑さ。皮膚に触れる雫。


 会場に静かな混乱が生まれていく。


「――雷鳴(らいめい)」

 ニルが呟いた刹那。霧の中で小さく光る一閃。


 雷鳴。

 サリエルの友人も使っていた雷の法撃魔法だ。


 数秒後、サリエルがいた方角から何かが倒れる音が聞こえた。


 一分ほど経過すると、ようやく霧が晴れ、視界がクリアになる。


 晴れた場内。

 倒れるサリエルと立ち尽くすニルの姿。


「あ、あれ・・・・・・?」

 倒れるサリエルを前に、ニルは不思議そうな顔を装う。


 霧の中、ニルが雷の下級魔法でサリエルを倒したのだ。

 サリエルが纏っていた防御鎧は欠片すら無い。


 この模擬戦の勝利条件。つまりは――。

 

『勝者、ニル・ドラゴニス』


 ニルの勝利。

 教員の掛け声で模擬戦は終了する。


 その後、倒れたサリエルは医療班に運ばれた。



 ニルは平然とした顔でさっきまで座っていた客席へと戻って来る。


「ニル。その・・・・・・さっき、何やったの?」

 隣にいたアイリスが解せない顔を向ける。


 不戦勝。

 良くも悪くも、サリエルが倒れていたと言う事実により、ニルは勝利した。


「何やったって・・・・・・。水球を打ったら霧になって、サリエルが倒れていただけだよ?」

 背筋を伸ばす様に両手を動かすと、大きくあくびをした。

 観客の生徒たちからすれば、そう言うことだろう。

「なら、もしかして水蒸気の熱で倒れたのかな・・・・・・?」

 右手を顎に当て、アイリスは考え込んだ顔をする。

 考え込む際に少し頬が膨らむのは癖なのだろうか。

 まあ、可愛いからこれからも続けて欲しい。


 模擬戦を見て、分析するその姿。

 アイリスの真面目な性格が伺えた。


「あー、それかー。そう言うことだったのか・・・・・・」

 思いついた様な顔でニルは感心する。


 無論、気絶出来るほどの熱量は火球にも水球にも無い。

 何せ、火球の火力が低かったからである。


 もしも、火球の火力が数倍もあったとすれば、

 一瞬にして会場は呼吸すらも困難な熱気に包まれただろう。


 サリエルは蒸気の熱で倒れた。

 彼らからそう見えるならそうなのだ。

 誰もがそう思っているのか、誰も勝因をニルには聞かなかった。


「んー、それなら不戦勝かな?」

 意図しない勝利。それもまた不戦勝と呼べるだろう。

 客席から場内を眺め、アイリスに向け首を傾げた。

「まあ、そうなるかもしれないわね・・・・・・」

 眉間にしわを寄せ、どこか解せない顔でアイリスは小さく頷いた。


 直感的に何かが引っかかる。

 しかし、その何かがわからない。

 そんな雰囲気をしていた。

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