第5話
二人で歩く中、
緑のマントを着た女子生徒たちと通り過ぎる。
緑のマント。
この学園でその服装は魔導師を意味する。
学園の生徒の六割が魔導師見習いだった。
百年前より、この学園は魔導師養成の名門校と言われている。
そのため、各国から王族も含めた若い魔導師たちがこの学園に入学するのだ。
無論、アイリスも魔導師であろう。
それにニルヴァーナであるのだから。
しかしながら、目の前にいる彼女は天創、
ニルヴァーナと言った歴史に名を残すほどの実力者では無い様に見える。
彼女を包む魔力の質からして。
無い訳では無いが、人々を圧倒するほどの魔力量では無かった。
それかただ単に覚醒をしていないだけか。
自然とニルは理解した。
次に通り過ぎたのは、緑のマントを着た三名の男子生徒。
すると、一人の男子生徒が突然立ち止まった。
「――落ちこぼれのニルヴァーナ」
一人の男子生徒が振り向くと、罵声の様な口調でアイリスに告げる。
静止する空間。
男子生徒のその言葉だけがこの場に響いた。
彼はグング帝国の第一王子、サリエル・グング。
ニルたちのクラスメイトだ。
グング帝国は、王都ベルセルクの南側の隣国。
財政で言えば、王都の方が豊かである。
ニルはサリエルを知っていた。
数日前、ニルはグング帝国の帝国騎士団へと顔を出す機会があり、その際にサリエルとは通り過ぎていた。
現にニルはグング帝国からベルセルクへ来たのである。
すれ違い様にニルはサリエルに挨拶をしたが、無視された記憶を思い出す。
サリエルの言葉にアイリスは振り向かず、硬直した様にその場に立ち止まった。
「・・・・・・っ」
涙を堪え、アイリスは黙って彼の言葉を受け止めた。
白銀の髪をなびかせるその背中。
目の前にいるその姿はとても小さく見えた。
落ちこぼれ――。
サリエルの言うその真意。
無論、ニルもその意味を理解していた。
しかし、何かが込み上げる。
これは――怒りか。
ニルの中で不可思議な感情が巡った。
「なあ――サリエル・グング」
空間を引っかける様な低い声。
アイリスが口を開こうとする前にニルが告げる。
気がつけば、口を開いていた。
これを反射と言うのだろうか。
「お前は・・・・・・ニルか」
ニルの声にサリエルは振り向くと、途端に解せない顔をする。
その様子だと、平民が王族である自分に何の用か、そう言いたのだろう。
だからあの時、僕に挨拶を返してくれなかったか、――なるほどね。
妥協に似た感情と共に、ニルは大きく息を吐いた。
「君は何を持って彼女を否定する?」
一文。直接脳内に訴える様な口調でニルは告げた。
「何を――って、使えないからだろ?」
無論だとも。そう言いたげな解せない眼差しを向ける。
「天創の力――か」
ニルヴァーナの名と共に後継する天創の力。
かつて、世界を創造したと言われる神聖の力。
それが千年の間、彼女の血縁が背負う社会からの期待でもあり、宿命なのだ。
まあ、それを背負わせたのは、僕なんだけれど――。
「ああ、そうだよ。だから、落ちこぼれなんだよ」
何度も言わせるな。
不快な表情をニルへと向ける。
ニルヴァーナである彼女が天創の力を使えない。
だから、落ちこぼれだと。
「別に出来ないじゃないか。――君も」
サリエルの表情に気にすることなく、ニルは即答する。
それに歴史が言う天創の力など、初めから無いのだ。
君らが期待する魔法など、最初からニルヴァーナは持っていない。
「なっ――。ニル、お前この俺に喧嘩を売っているのか?」
途端にサリエルの眉間にしわが寄る。不機嫌そのものだった。
「んー、君がそう思うなら――そうかもね」
含みのある言い方を返す。
煽る気はあっても、喧嘩を売っているつもりは無い。
ただ、僕の中で込み上げる何かを抑えきれ無いだけだ。
「三対一だぞ?」
両側にいる男子生徒たちと目を合わせ、サリエルはニルを睨みつける。
「――そうだね」
だから、何だと言うのか。
むしろ、君は複数で一人と戦うと言う思想があるのか。
喧嘩と言うからには一対一だろうに。
何を思い違いしているのだろうか。
複数対一など、最初から平和に終わる道など無いのだ。
――いつの時代も。
「少なくとも、喧嘩を売ったのはお前だからな」
再度、忠告の様にサリエルは告げた。
おそらく、攻撃をするのだろう。
その言葉は教師陣へバレた時の言い訳だ。
許可範囲外での魔法の使用は原則禁止である。
当然、今から行うこともだ。
そして、サリエルたちはニルを芯にして、三角形を描く様にニルを囲んだ。
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