第6話


 二日後。

 ニルヴァーナ第二支部。支部長室。


「――は?」

 健悟の言葉に、雨宮支部長は殺意が混じった視線を向ける。


 健悟が告げたのは、先日話をしていた回復師についてだった。


「これは僕と言うより、彼女の意思です」

 二日前、咲が僕に言ったこと。僕はそれを支部長に掛け合っているのだ。


 自身を僕の隊に入れて欲しい――と。


 つまりは、咲が自らの意思で戦場に出る。

 最も僕が望まないことだった。


 無論、目の前にいる咲の父親でもある雨宮支部長も同じ気持ちだろう。


「――まあ、それは置いといて」

 納得をしていない表情で、支部長は話題を変えた。


「あ、置いとくんですか」

 その話をしに来たのに。

 しかし、雨宮支部長にはそれよりも重要な話があるのだろう。


 息を吸う様に。

 雨宮支部長に微量な魔力が集束する。


 支部長は感情的になると、時々魔力が漏れていた。

 白銀に近いその白い魔力。咲が使った魔力と同様の――光。


「それで――本当にあの子が超回復をしたのか?」

 雨宮支部長は未だ信じられない顔で、事の経緯を再確認する。


 魔力を使えなかった咲が、急に超回復を発動した。

 僕も見ていなかったら、同じ様な顔をしていただろう。

 それほど、信じられない話なのだ。


 そもそも超回復とは、並みの回復師が使える回復魔法では無い。

 まして、回復魔法を使ったこと無い魔導師なら尚更。

 それほどの魔法なのだ、超回復とは。


 何より、咲は一般人。

 魔導師ですら無い。


 本来であれば、天地が反転するほどの事象なのだ。


「ええ。翼の具現化まで出来ましたよ」

 感心する様な顔で健悟は返す。


 具現化するほどの魔力量。健悟もあれほどの魔力を見るのは久しぶりだった。

 しかし、雨宮支部長の娘と聞けば、不思議と納得出来る。


「やはり――血は争えぬか」

 雨宮支部長は窓の外を見て、どこか遠い顔をしていた。


 血は争えぬ。

 きっと、終焉の創造者の血縁と言うことだろう。


「客観的に見てですが、彼女以上に二番隊の回復師に相応しい人材はいません」

 圧倒的な超回復。先日話した人員には最適な人材だ。――残念ながら。


「だが――」

 途端に雨宮支部長は眉間にしわを寄せた。


「――ですが、僕も彼女を戦場に出したくありません」

 雨宮支部長の言葉に健悟が言葉を重ねた。

 どの父親も最愛の娘を戦場に出したくないはずだ。無論、僕もだけど。


「なら、断れよ」

 不機嫌そうな眼差しを健悟へ向ける。


「え」

 静止した様に健悟は言葉を失った。


「断れ。お前には断る権利がある」


「まあ、確かに――って、それなら支部長にも却下する権利が」

 ありますよね。僕が言うよりも、十分説得力があるだろうに。


「いやいや、俺のところまで持ってくるな。その前だ。お前の段階で断ち切れよ」


「僕の段階で? どうしてです?」


「それは・・・・・・。そのー、何と言うかな・・・・・・。俺が却下したら、もう二度と口を聞いてくれなくなるからだよ」

 そう言った雨宮支部長は、どこか疲れた顔をしていた。


「それは・・・・・・しょうがないですね」

 もしもの展開を健悟は想像する。


 確かに今の咲ならやりかねない。

 子供の頃は、支部長のことが大好きだったのに。

 パパと言って、雨宮支部長に抱きつく幼少期の咲を思い出す。

 雰囲気はあまり変わってないけど。


「しょうがなくないんだよ。お前が断れば、俺と咲の関係は今まで通りなんだよ」


「はあ」

 そう言われても困るんですが。


「お前の一言で、雨宮家の関係は崩れるんだぞ」

 お前のせいだ。そう言わんばかりに鋭い視線を健悟に向ける。


「いや、僕は咲に嫌われますからね?」

 咲のあのうっとりとした顔で言われれば、断り辛いのも確か。

 それに僕だって、咲に嫌われたくないのだ。


 数分間、互いに責任を擦り付け合う。

 もはや、平行線だ。


 すると、支部長室の扉がゆっくりと開いた。


 開けたのは、制服姿の咲。

 どうして、咲がここに――。


 咲の当然の登場に、二人揃って呆然としていた。


「決まった? ――お父さん?」

 呆れた様な顔で咲は雨宮支部長へ向け、首を傾げる。

 その様子は、扉の前で会話を聞いていた様だ。


「っ――。さ、咲? ど、どうしてここに?」

 鳥肌が立つ様な驚き方で、雨宮支部長は反射的に椅子から立ち上った。


「入れてもらったの」

 笑顔で言った咲。その後ろに浮遊する何か。

 次第にその何かは集束する様に姿を現した。


「うん。入れました」

 咲の横で浮遊する白髪の少女は、無邪気な笑顔を浮かべる。

 少女は人間では無く、精霊と呼ばれる召喚獣だった。


 彼女の名はアリア。

 五階建ての第二支部庁舎を統括管理している雨宮支部長の精霊だ。


 アリアの姿は、どこか咲と似ていた。

 娘が好きすぎる故に召喚獣まで似せたのか。


「えー、アリア。どうしてー」

 口を大きく開き、雨宮支部長はアリアに弱々しい声を出した。


「そりゃ、お父さんに会いたいって言ったら開けるでしょ?」

 何食わぬ顔で、アリアは不思議そうに首を傾げる。


「うん。そうだけど――そうだけど」

 眉間にしわを寄せ、雨宮支部長は複雑な表情をしていた。


「それでお父さん、お願い聞いてくれる?」

 じっと雨宮支部長を見つめる咲。


「お願い?」

 とぼけた顔をする。とても世界を再創造した魔導師には見えなかった。


「さっきまで話していたことだよ」

 突き刺す様な鋭い眼差しを咲は向ける。


 こんな目つきの咲は見たことが無かった。

 それほど、彼女の意思は固いのか。

 それか、単に雨宮支部長――お父さんが嫌いなのか。


「うっ・・・・・・。こいつの隊は人が少ない。咲を守る盾は多い方が良い!」


「盾前提ですか」

 呆然とした顔で健悟は雨宮支部長を見つめる。

 確かに、僕の部隊の名には『盾』が付くけれど。


「でも、お父さん」


「な、なんだ?」

 どうしてか、雨宮支部長は挙動不審に目を泳がせていた。

 さっきまで真剣な会話をしていた人には、とても見えない。


「それは一人一人が頑丈な盾ってことじゃないの?」


「――確かに」

 論破された様に目が覚めた顔をする。

 咲がそう思ってくれているなら、それはそれでありがたいことだ。


「んー。それもそうだね」

 健悟は横臥と藍を想像して頷いた。

 確かにそう。半端な攻撃じゃ負けないよ、あの先輩方。


「それでどうして咲が魔法部に?」

 入ろうと思ったのか。雨宮支部長は不思議そうな顔で言う。


 今まで僕らの仕事を見てきたはずだ。

 それをどうして、今更。


「私にも何かが出来ないかって常に思っていた。そんな中で力が使える様になったの。だから、私はこの力で人を助けたい」

 ゆっくりとはっきりと、咲は内に秘めていた思いを打ち明けた。


「人を助けるため――」

 思い出した顔で雨宮支部長は目を見開く。


「理由としては、道理的だと思うけど?」

 そう言うと同意を求める様に、咲は視線を健悟に移す。


「そうだね」

 咲の言葉に健悟は頷く。しっかりとした理由を聞いたのは初めてだった。


「それで許可を頂けますか? ――雨宮支部長」

 咲は他人行儀な口調で雨宮支部長に告げる。


「うっ――。うーん」

 眉間にしわを寄せ、腕を組み深刻な顔で悩んだ。


 彼女の実力が不足している訳では無い。

 それは僕も支部長もわかっていた。

 むしろ、その逆。第二部隊に入るには、申し分無い実力を持っていた。

 だが、どうしても健悟たちは心配だった。

 彼女の身に起きる危険。普段の生活よりもその確率は飛躍的に上がってしまう。

 

 魔法部としては、入隊して欲しい。

 父としては、入隊して欲しくない。


 板挟みの感情に雨宮支部長は大きくため息をついた。


「ねえ、お父さん」


「・・・・・・ん?」


「私の身に何か遭っても大丈夫だよ」

 悩む雨宮支部長を見て、咲は笑顔で言った。


「・・・・・・どうしてだ?」。

 口を半開きにして、困惑した表情をしている。


「だって――健悟が守ってくれるもの」

 咲はどこか満ち足りた表情をしていた。


 僕が守ってくれる。

 ――そうだとも。


「はい。彼女は僕が守ります。――二番隊隊長として」


「っ――。隊長としてなんだ・・・・・・」

 がっかりとした顔で咲は健悟を見つめていた。


「まあね」

 それが隊長としての役割だもの。


 どちらにせよ、魔法部に入らなくても、

 咲は僕が守るから――必ず。


「藤堂がそこまで言うならしょうがない・・・・・・な」

 重い足取りで雨宮支部長は咲の元へやって来た。


 咲の目の前に来ると、大きく深呼吸をする。

 どうして、娘の前でそんなに緊張しているのだろうか。

 ――いや、むしろか。


「雨宮咲。回復師として、魔法特殊部隊、二番隊の入隊を認める」

 普段と異なる真剣な眼差しで雨宮支部長は咲に告げる。


「――ありがとうございます」

 深々と咲は頭を下げた。


 こうして、僕の隊に咲が入隊した。



 ―――



 翌週。ニルヴァーナ内、某所。

 ビルの屋上には、白髪の男性と中性的な男性がいた。


 呆然と魔法都市の景色を二人は眺めている。


 白き円錐の塔。

 白髪の男性はその方角向け、ため息をついた。


「さて、そろそろ行こうか」

 白髪の男性は中性的な男性へ笑みを向ける。

 白衣に身を包むその姿は、医師と言うより技術者に見えた。

 中性的な男性は、人間の姿をしながらも禍々しい何かを纏っている。


「ああ、そうだな」

 容姿だけで言えば、中性的な男性の方が年下。

 それにも関わらず、中性的な男性は白髪の男性にため口だった。


「――まずは、私から行くよ」

 決めた様に白髪の男性は大きく息を吐く。


「葛城、お前が行くのか」

 意外だったかのか、中性的な男性は驚いた様に目を見開いた。


「ああ。彼らの動作をこの目で見たいからね」

 葛城と名乗る白髪の男性は、満ちた様な笑みを浮かべる。


「彼ら――あの機械か?」


「あの機械――まあ、君らからしたら、機械に過ぎないよね」

 君らからすれば、人間が作った機械の玩具くらいしか思っていないだろう。

 葛城はそう思いながらも、自身の作ったその機械に誇りを持っていた。

 無論、この感覚は君らと僕らでわかり合うことなんて無いのだから。


「確か、名は・・・・・・翼人機か?」

 眉間にしわを寄せ、中性的な男性は思い出そうとする。


「ああ、そうだよ」

 その無関心の様な顔。やはり、君らにとってはそんなことなのだ。


「かつて、『我々』と戦うために作られた無人機か」

 中性的な男性は思い出す。そのかつての日々を。


「無論だよ。元は、君ら――魔族と戦うために翼人機を作ったんだよ。それが今となっては、人と人が争うための兵器になってしまった」

 そう言うと葛城は大きくため息をついた。


 何の因果か。

 敵であったはずの魔族と今は共闘している。


「何ともまあ、皮肉なものだな」

 嘲笑う様に鼻で笑った。


「良いさ。結果的に、こうして再び世界を変えるために彼らは生まれたのだから」

 君らに嘲笑われようと、事が為せればそれで良いのだから。


「それもそうか。それで、この力は使うのか?」

 右手を挙げ、小さな魔力を葛城に見せる。


「・・・・・・ああ。そうさせて欲しい」

 葛城は小さく頷いた。


 翼人機を持ってしても、この先の世界では困難だろう。

 正直、抵抗はあった。しかし、君らの力を借りなければ、遂行出来ないのも確か。


 現に先日、翼人機のコアに君の魔力を搭載し、第四エリアで放った。

 まあ、それは何者かによって破壊されてしまったが。

 しかし、闇属性の翼人機を破壊出来る人間がいたとは。

 葛城の中で懸念が残ったが、今の進行に支障は無かった。

 どうせ、その人間さえもこれから起こる事象には敵わないのだから。


「わかった。一時的に我が魔力を移管しよう」

 そう言うと中性的な男性は右手を葛城へと向けた。


「ありがとう――ヘンリル」

 小さく頭を下げると、葛城は中性的な男性、ヘンリルへと右手を向ける。

 互いの右拳が触れ合うと、ヘンリルから小さな魔力が発生する。

 その小さな魔力は、葛城の右拳を通じて、葛城の中へと入って行った。


 葛城は括目する。

 身体の芯から伝わるその魔力を禍々しさに。


 循環する血を駆け巡る不快感。

 これが人類以外の魔力なのだ。

 その感覚に苦痛を感じながらも、好奇心を覚えていた。


「――先へ行くよ」

 葛城は大きく深呼吸をして、朦朧としかける意識を保つ。


「ああ。俺も後で行くよ」

 ヘンリルはそう言うと黒いフードを被った。

 葛城はヘンリルへ背中を向けると、右指でパチンと音を鳴らした。


 その瞬間、葛城の背後に三機の翼人機が出現する。


 黒、赤、青の翼人機。

 各々、異なる武器を持ち、葛城を追従する。


「さあ、行こう――」

 葛城は笑みを浮かべて空を見上げた。


「世界の変革を――再び」

 背中に黒い翼を出現させ、葛城は翼人機と共に空へと飛翔する。



 ―――



 数時間後。二番隊室。


「今日から入隊する雨宮咲です」

 隊員の前で咲を紹介する。と言っても、今日は先輩方しかいない様だ。


「あああああああっ。咲ちああああああああん」

 悲鳴の様な叫び声を上げ、藍は咲へと飛び掛かる。


 美人な顔が咲を見た瞬間に変貌する。

 ――人はこうも変わる生き物なのか。


「落ち着け」

 飛び掛かろうとする藍の行く手を、横臥が赤い大剣で遮った。


「――やる気?」

 一瞬、藍の周囲を氷の冷気が漂った。無論、彼女の魔力である。


「落ち着け」


「私の咲ちゃんタイムを邪魔する気?」

 次第に鋭くなっていく目つき。僅かばかりか殺意があった。

 咲ちゃんタイム。純粋に健悟はそれが何なのか気になった。


「落ち着け」

 その様子に横臥は呆れた顔でもう一度言う。


「まあ、落ち着いてください」

 健悟は咲の前に立ち、両手でなだめる様な動作をする。

 こんなので収まる相手じゃないけど。


「うるさい藤堂! さっさと私に咲ちゃんをよこせ!」

 不機嫌そうに言うと、右手に小型の銃を出現させ、健悟へ向ける。


 まるで、発狂する銀行強盗。

 本当に普段の高峰先輩は美人だ。――見た目だけは。

 しかし、今はとても美人とは言えなかった。


「高峰先輩。よろしくお願いします」

 健悟の後ろで、ぺこりと頭を下げる咲。


「はいっ! 手取り足取り教えます!」

 右手で挙手して、ぺろりと舌で唇を舐め回す藍。


 美人なのに――。

 美人なのに、どこか残念な先輩である。


「――何をですか」

 思わず健悟が突っ込んだ。

 意味深なこと、咲に言わないでくださいよ。


「そりゃ、昼も夜も――すべてよ」

 背を向けると、不敵な笑みをして藍は振り向いた。


 変に色っぽい。

 それ以上のマイナスが先輩にはあるのだけど。


「昼と夜って、先輩は何を教えようとしているんですか」


「そのー、戦い方? 藤堂との?」

 言った自身も理解していないのか、首を傾げながら藍は言った。


「何で僕と争うのー」

 遠い誰かに伝える様に。思わず叫んでしまう。


「健悟との戦い方・・・・・・ですか?」

 健悟と藍の会話を聞いていた咲は、気になったのか会話に参加する。


「そうよ。いつでも、藤堂に勝てるわよ」

 納得させる様に、何度も頷きながら藍が告げる。――どうも、胡散くさい。


「・・・・・・勝ちたい」

 不満げな眼差しを健悟へ向け、咲は小さく頷いた。


「えええっ」

 いつからそんな敵意を僕に。もしかして、僕は咲に嫌われているのだろうか。


「それじゃあ、今度――ね」

 ゆっくりと笑みを浮かべて呟いた。


「・・・・・・はい」

 咲は恥ずかしそうに小さく頷く。


「――それで藤堂。どう言うことだ?」

 藍たちの会話が終わると、横臥は健悟の隣で解せない顔をしていた。


「どう言うこと――と言いますと?」

 無論、言いたいことはわかっているけど。


「雨宮支部長からか?」

 横臥のその言葉に、横臥の真意を確信する。

 どうして、雨宮咲が二番隊に入隊することになったのかだ。


「いえ、彼女の希望です」

 現に雨宮支部長に直談判して、咲は自身の入隊を勝ち取ったのだから。


「戦闘員か?」


「いえ、回復師です」


「回復師――だと?」

 眉間にしわを寄せ、信じられない顔をしていた。


「えええっ、咲ちゃん、回復師なの?」

 健悟の言葉を聞いた藍は目を輝かしていた。

 回復師。どの隊にも貴重な存在であり、二番隊にはいなかったポジションである。


「は、はい・・・・・・」

 咲はどこか自信の無い声を出す。


「回復師――。大丈夫なんだろうな?」

 藍と咲の話す光景を見つめ、横臥は鋭い視線を健悟に向けた。


「はい。――僕が保証します」

 きっと横臥の言う大丈夫とは、実力や安全と言ったあらゆる観点での話だ。


 数秒の沈黙が訪れる。

 横臥はその後の展開を想像していた。


「ははっ。隊長がそこまで言うなら、大丈夫だな」

 良い結果が想像出来たのか、横臥は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 横臥の笑みに、藍も納得したのかゆっくりと微笑んだ。


「ありがとうございます。それで・・・・・・。相羽と坂上はどこへ行ったんです?」

 咲を紹介しようとしたのに、隊室には二人の姿は無かった。


「あいつらは、二人で仕事に行ったよ」


「二人で?」

 僕の許可なく仕事に行ったのか。健悟は一瞬、目つきが変わった。


「――猫探しだ」

 そう怒るな。横臥はそう言いたげな落ち着いた表情をしている。


「あ、そうですか」

 途端に笑みが零れた。おそらく、仕事と言うより依頼だろう。

 彼らは二番隊隊員でありながら、魔法部の雑務係も兼務していた。


「今頃、第六エリアにいるんじゃないかな?」

 相羽から聞いた依頼の内容を横臥は思い出す。


「第六エリア――ですか。珍しいですね」

 第六エリア。旧都心エリア。今じゃ、衰退した無人の市街地だ。

 世界の終焉までは、第六エリアの方が栄えていたらしいけど、面影は何一つ無い。


「飼い主がちょうど第六エリアで仕事をしていた時、車から出て行ってしまったらしい」


「あー、なるほど」

 健悟は頷き、事の経緯を理解する。


 すると、天井近くについたスピーカーからサイレンが鳴った。


 突然のサイレンに咲はビクッと驚き、戸惑っている。


 直後、隊長席の内線が鳴った。

 健悟が受話器を取ると、相手は六番隊の隊長からだった。


「お疲れ様です。緒方さん」

 電話の主は六番隊隊長、緒方宗司。


「藤堂隊長。現場応援願う」

 やや低めの声で淡々と告げる。


「――かしこまりました。現況を教えてください」

 今回も現場応援。二番隊の業務の六割は、応援業務なのだ。


「翼人機の襲撃だ」


「襲撃――? 現場はどこですか?」

 翼人機と言う単語には疑問を持たなかった。

 むしろ、必然的な気持ちが健悟にはある。


「現場はニルヴァーナ第六エリア」

 緒方の受話器の向こうから風を切る音が聞こえる。どうやら、移動している様だ。


「第六エリア――ですか」

 偶然か。別の用で相羽と坂上がそこにいる。


「翼人機の他に、ある男がそこにいるとの情報が入った。おそらく、そいつが主犯だと考える」


「ある男ですか?」

 健悟はパッと想像出来なかった。翼人機に関わる何十人の人々。

 候補が有り過ぎて絞れなかったのだ。


「翼人機開発に携わる技術者。名は――葛城喜一郎」

 やけに重々しい口調。緒方にとっても、その事実は信じられないことだったのだ。


 葛城喜一郎。

 当然、彼のことは健悟も知っていた。

 翼人機などを設計・開発し、この魔法都市の発展に大きく貢献した技術者として。


「なっ――。どうして彼が」

 技術者の中でもトップクラスの人だ。

 翼人機に関しては、彼が責任者と言っても過言では無い。

 むしろ、彼がいるから翼人機なのか――。

 健悟の目は次第に鋭くなっていく。


「どうして、敵意を向けたのかはわからない。どちらにせよ、被害が出ていることは間違いないよ」


「・・・・・・わかりました。至急、第六エリアに向かいます」

 理由より結果。現状を打開することが最優先事項である。


「俺も用事が終わり次第、現場へ向かう。頼んだぞ――藤堂」


「了解です。緒方さん」

 そう言って健悟は受話器を切った。


「第六エリアか――」

 緒方との会話を聞いていた横臥は大きくため息をついた。


「聞いた話は向かう途中で話します。まずは現場へ」


「わかった」

「わかったわ」

 横臥と藍は力強く頷く。すでに二人は身支度を整えていた。


「ねえ、健悟」

 すると、横から咲が不安そうな顔で声を掛ける。


「どうしたの咲?」


「私は・・・・・・?」

 この雰囲気に馴染めていないのか、戸惑う仕草をしている。

 こんなに不安そうに戸惑う咲は、あまり見たことが無かった。――可愛いけど。


「咲も――行こう」

 本当は待っていて欲しい。しかし、彼女はもう二番隊、蒼天極盾の隊員なのだ。


 僕らの使命は、魔法都市の守護。

 無論、彼女の使命もだ。


「うん」

 咲は横臥と藍に真似る様に力強く頷く。

 健悟は机に置いていた春風を手に取り、左腰に差した。


「――蒼天極盾、出陣だよ」

 そう言って隊員たちを従え、隊室を出て行った。


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