第5話


 ニルヴァーナ第二支部。支部長室。

 健悟は支部長に昨日の事件の報告を行っていた。


「――それで?」

 雨宮支部長は不機嫌そうな顔を健悟に向ける。


 お前の見解はどうだ。そう言いたげな眼差し。

 健悟はゆっくりと息を飲んだ。


「昨日の翼人機は量産型かと」

 昨日健悟たちが戦ったのは、二代目タイプであり、量産型。

 先日の支部長の情報と、自身の持つ情報から導き出した見解だった。


「しかも、闇属性――か」

 雨宮支部長は面倒と言いたげに大きく息を吐いた。


「はい。確実にあの翼人機は闇属性を搭載していました」


「闇属性となると・・・・・・。翼人機の動力源の基も気になるな」


「そうですね。おそらく――」

 健悟は気持ちを切り替える様に大きく息を吸った。


「――コアか」

 健悟が言う前に、雨宮支部長が確信した様な顔を向ける。


「可能性は」

 恐る恐る健悟は頷いた。


 魔力充填装置。通称、コア。

 魔力をコアに充填すれば、機械を動かすことが出来る。

 言わば、魔力の電池の様な物。

 翼人機はそのコアを動力源として稼働している。


「つまり、闇属性の魔力を持つ者が背後にいると言うことか」


「そう言うことですね」

 闇属性をコアに充填した誰かがいると言うこと。


「藤堂、心当たりあるか?」

 雨宮支部長は眉間にしわを寄せ、記憶を辿る様な顔で俯いた。


 心当たり――。

 健悟は数秒、自身の記憶を辿って行く。


「――無いですよ。僕以外に見たこと無いですし」

 検索結果。右手を左右に振り、苦笑いをする。


 闇属性を持つ者。

 無論、僕以外の『人間』の話だ。


「それも――そうか」

 顔を上げ、雨宮支部長は納得した様に頷く。


「支部長はどうですか?」


「知っているよ。しかし、大半は世界の終焉で死んだ」

 何食わぬ顔で告げる。まるで、その話題を良く知る様に。


 やはり、この人は世界の根源を知っている様だ。

 健悟は改めて、雨宮支部長の社会的な偉大さを理解する。


 世界の終焉と終焉の創造者。

 この世界の終わりの始まり。


 果たして、終わるから始まったのか、始まるから終わったのか。

 どちらが先かなど、今の健悟にはわからなかった。


「残る人は?」

 引っかかったその言葉。大半と言うからには、全員では無い。


「終焉の創造者の何人かは闇属性を使えるよ。――こっち側ではな」

 席から立ち上がり、雨宮支部長は窓の外の景色を眺めた。


「――そうでしたね」

 思い出す。彼らの絶対的な力を。


 終焉の創造者。

 ニルヴァーナが誇る創世の魔導師たち。


 半数は政府の組織に所属し、残る半数は身元不明となっている。

 ――社会的には。


「ところで藤堂」

 声質が変わる。雨宮支部長はそう言うと、健悟の方を振り向いた。


「何でしょう」


「今、二番隊の増員を考えている」

 唐突な言葉の割に、雨宮支部長は思い付いた様な顔はしていなかった。


 二番隊の増員。

 つまり、五人の隊が六人になると言うこと。


「はい」

 僕が隊長になった時も議題になった内容。

 当時は具体的な増員するポジションが不明確だったため、白紙になっていた。


 それが今更どうして。

 そう思ったが、不思議と聞く気が起きなかった。

 現に少数精鋭と言えど、他の隊との人数比率は圧倒的に低い。


「増員するなら、どのポジションが良い?」

 今後の体制も考慮してくれ。雨宮支部長はそう呟いた。


 魔導師、剣士、銃撃手と言った攻撃手。

 結界師、召喚師、回復師と言った後方支援。

 様々なポジションが存在する。


「ん――。回復師ですかね」

 隊員が得意とすること、隊として不足していること。

 頭の中で浮かべ、健悟は告げた。


 回復師とは、隊員および一般人を救護する隊員のこと。


 二番隊は雀以外攻撃手である。

 攻撃手の中でも、彼らは前衛も後衛も出来る優秀な隊員だ。

 おそらく、回復師がいれば、二番隊はもっと良くなる。


「回復師か。確かに、二番隊にだけ救護隊員がいないもんな」

 二番隊以外の隊には回復師が属している。本来、どの隊にも回復師が必要なのだ。


「坂上が少し出来ますが、坂上の力は敵の攻撃を防ぐのが本業ですから」

 坂上の本業は結界師だ。今は防御壁を展開するのを主としている。


 かすり傷を直すくらいの回復魔法。

 それならば健悟も出来た。


「相羽は?」


「相羽は攻撃手ですから」

 駿介は剣士であり、初めから回復魔法を使えなかった。


 回復魔法は剣撃を放つ際の魔法とは、根本的に構成が異なる。

 繊細な魔力制御が必要であり、駿介はその魔力制御が不得意だった。


「確かに。高峰と須藤は――言わずもか」


「二番隊は少数の敵との戦闘が適した部隊ですからね」

 横臥と藍は回復魔法が出来ない訳では無いだろう。

 しかし、彼らが発動しているところは見たことが無かった。


「なるほど。それで希望の隊員はいるか?」


「んー、特には。と言うより、どこかの部隊から異動させるんですか?」

 その言い方だと、どうやらその様だ。


「一応、そのつもりだが・・・・・・?」

 健悟の問いに、雨宮支部長は不思議そうな顔を返した。


「回復師はどこも不足していると聞いています。異動してその部隊に支障が無ければいいのですが」

 それで他の隊の構成が崩れるのは大きな問題である。


「・・・・・・一理ある。それも踏まえて検討してみるよ」


「よろしくお願いします」

 小さく頭を下げると、健悟は支部長室を出て行った。


「回復師・・・・・・か」

 健悟は一人廊下で呟く。


 超回復と言われる回復魔法が出来る回復師がいれば、

 二番隊はどの隊よりも良い隊になる。

 そんな変な自信が健悟にはあった。


「そんな回復師いないよな」

 とんだ妄想だ。自身に呆れる様に健悟は大きくため息をついた。



 ―――



 放課後。ニル学前の歩道。


 車道では魔導レールに沿って、自動車が走行していた。

 道路に埋設する二本のレール。そのレールに伝わる魔力を辿り、走行する車両。

 ハンドル操作を誤らない限りは、自動車はレール上を走行する仕組みになっているらしい。

 そのレールに伝わる魔力は、あの大きな白き円錐の塔から供給されていた。

 走行する姿だけ見れば、自分でも容易に運転出来ると思える。――未成年だけど。


「ねえ、健悟」

 健悟の隣にいた咲が不思議そうに告げる。


 学校を出て、五分ほど。

 咲はずっと考えた様な顔をしていた。


「ん?」

 その様子だと、何かしらの答えが出た様に見える。


「私って、何が向いているかな?」


「え?」

 唐突な咲の一言。いったいどうしたのか。


「んーと、私はいったい何が出来るのかなーって」

 驚く健悟に咲は事の経緯を説明する。


 咲の深刻そうな表情。冗談では無い。

 咲の表情で健悟は理解する。


「何が――か」

 具体的な言葉が出て来ない。咲に何が出来るのか。


「うん」


「いきなり、どうしたの?」

 それにしても、いきなりどうしたのだろうか。


「健悟や高峰先輩たちは、魔法部ってところで戦っているじゃん?」

 不思議そうな顔で咲は首を傾げた。


「うん」


「魔法都市のためでしょ?」


「うん」

 その通り。健悟は頷いた。


 魔法都市を守るため。

 ――名目上は。


 君を守るため、僕にとってはそれが七割だけど。


「だからさ、私も都市や誰かのために何か出来ること無いかなーって」

 そう言うと咲は、背筋を伸ばす様に両手を上げた。


「なるほど・・・・・・」

 頷き、健悟は考える。経緯はわかった。

 僕らを見て、彼女も誰かのために何かをしたいと思ったのだ。


「それに・・・・・・」

 チラッと健悟を見て、俯く咲。


「それに?」

 様子が変わった。どうして恥ずかしそうな仕草をしているのだろうか。


「私も健悟に何かしたいなーって・・・・・・」


「僕に?」


「――うん」

 少し顔を赤くして、咲はゆっくりと頷いた。


「んー、出来ること」

 健悟は腕を組み、じっくりと考える。


 彼女が僕のために何かをする。

 別に今以上を求めていなかった。

 これからも、彼女が僕の隣で笑ってくれれば、それでいいのだから。


 二人は話しながらも、大通りへと辿り着いた。


「今日も行く?」

 意味も無く、僕らはここまで来た。

 そろそろ、目的を決めなければならないだろう。

 普段はここから徒歩数分の静かな喫茶店へ行くことが多い。そこはどうだろうか。


「んー、そうだね。今日もあそこにしようよ」

 右人差し指を頬に当て、咲は悩んだ顔で言った。


「わかった」

 健悟は優しい笑みを浮かべて頷いた。


 不思議と落ち着くあの世界。

 ゆったりとしたクラッシックのBGMに、木製の内装と観葉植物。

 そんな世界で笑みを浮かべる咲の姿。


 行く度、僕は思う。

 僕はこの世界を守るために戦っているのだと。


 こうして、二人は喫茶店の方角へと足を動かした。


 そんな時だった。

 僕らの前で交通事故が発生したのは――。


 突然の出来事に、周囲にいた人々は呆然としていた。

 健悟は周囲を見渡し、冷静に現状を分析する。


 どうやら、左車線を走っていた軽自動車が歩道へ突っ込んだのだ。

 なぜ、魔導レールを逸脱したのか。疑問に思ったが、今はそれどころでは無い。


 歩道に突っ込むその瞬間。

 歩道に一人の少女がいたことを健悟は思い出した。


 彼女はいったいどこへ行ったのか――。

 視界にはその姿は無かった。


 歩道の電柱に衝突し、煙を出す軽自動車。

 二人は慌てて走り出した。


 軽自動車の近くに辿り着くと、軽自動車の周囲に人がいないかを確認する。


「健悟――っ」

 叫ぶ様な咲の大きな声。


 車に轢かれた少女は歩道では無く、路上に倒れていた。

 それも僕らの視界に映らないほどの距離に。


 事故の衝撃で吹き飛ばされてしまったのか。

 少女へ向け、咲は駆け寄った。


 全身に打撲を受けている様な外傷。額には血が垂れて、意識は無い。

 その姿に健悟は少女が重傷であることを理解し、すぐさま救急車を呼んだ。


 救急車が来る時間が少女の命を左右する。

 健悟はゆっくりと息を飲んだ。


「ねえ、健悟」

 少女の状態を理解した咲が、はっきりとそう言った。


 普段とは違う声質。

 いつもより、少し低い咲の声。


「ん?」

 驚いた様に聞き返す。こんな声をする咲は見たことが無かった。


「この子を助けたい。――どうすればいい?」

 健悟へ振り向くと、咲は真剣な表情をしていた。

 柔らかい笑みなど無い、芯のある真っ直ぐな眼差し。


「救急車が来れば」

 頼りない声を返す。それまで僕らには待つしかない。


 現に僕らは医療の『い』の字すら知らない素人だ。

 僕らにいったい何が出来ると言うのか。健悟はどこか逃げ腰だった。


「――違う。今ここで私はどうすればいいの?」

 首を振り、今にも泣きそうな顔で咲は健悟を見つめた。


 待つのでは無い。彼女は今、この少女を救いたいのだ。

 咲の真意を健悟は理解する。


 今ここで、この少女に出来る、唯一の選択肢。


 自然と逃げ腰だった気持ちが前向きに変わった。


「回復魔法――だね」

 ゆっくりとはっきりと、健悟は告げる。


「回復魔法・・・・・・、どうすれば出来る?」

 出来ない。決して、咲はそう言わなかった。

 そもそも、咲は回復魔法を理解しているのだろうか。


「――見てて」

 説明するより見た方が早い。健悟はしゃがみ、少女の胸元へ右手をかざした。

 かざした右手は緑色の魔力を宿し、少女の傷の治癒を始める。


「魔力を右手に集中させて、彼女に自身の魔力を送る様に。そんな感覚で」

 ゆっくりと優しい口調で、健悟は咲に説明して行く。

 全力で回復魔法を発動しても、少女の傷は一向に変わらなかった。


 回復魔法に適した魔力制御。

 それが出来るか出来ないで、回復魔法の精度は雲泥の差である。

 ――無論、僕は後者の方だ。


「自身の魔力を――」

 咲は健悟の言葉を噛み締め、健悟の向かいに座った。


 そして、ゆっくりと唾を飲みこみ、目を瞑った。


 大きく息を吸うと、薄い白い魔力が咲へと集束していく。

 彼女に近くなるほど、その白い魔力は濃くなっていった。


 大きく息を吐くと、当然咲の背中に白い翼が生えた。


 生えた拍子に白銀の羽が周囲へと舞う。

 不思議と空間が温かくなった様な気がした。


「え――」

 予想外の光景。健悟は言葉を失った。


 その白い翼。これは魔力。

 咲の膨大な魔力が具現化して翼に見えているのだ。


 咲はその状態のまま、両手をゆっくりと少女へかざし、意識を集中させる。


 少女に集束される白銀の――光。

 一瞬にして、少女は光り輝いた。


 次第に時間が巻き戻る様に。

 少女の傷は無くなっていく。


 健悟が呆然としていた僅か数秒の出来事。


「うっ・・・・・・」

 少女は右腕を微かに動かし、意識を取り戻した。

 さっきまで意識が無く、重傷だった少女の姿は無い。


 これは――超回復。

 回復魔法の中でも、高度な回復魔法で超回復と言われるもの。

 それを彼女は、さっきの僕の動きだけを見て可能にさせた。


 回復魔法の才能。

 それだけで言えば、回復部隊でもある八番隊の副隊長クラスだ。


 そして、彼女が使った魔力は希少な光属性の魔力。その圧倒的な魔力量。

 やはり、咲の中にも支部長の血は流れているのだ。


 世界を再創造した終焉の創造者の血。

 僕とは違う、英雄と呼ばれたその血が。


「あ、目を覚ました」

 咲は晴れた顔で、目を覚ました少女をゆっくりと抱きしめる。

 そう言った頃には、少女の打撲の跡は完全に無くなっていた。


 経過を観察する間も無く、気がつけば治癒されている。まさに超回復。


「これが超回復――」

 咲たちと距離を置いていた健悟は、呆然とその光景を見つめる。

 綺麗な水色の髪は、どこか普段よりも色褪せ、白く見えた。


 魔法を自発的に発動出来なかった咲が、超回復を使える様になった。

 ――いや、使える様になった訳では無いのか。

 僕は何を勘違いしていたのか。

 彼女は最初から、超回復を使える素質を持っていた。

 ただ、彼女はその使い方を知らなかっただけなのだ。

 

 数分後、救急車が到着し、少女は病院へと搬送される。


 搬送される救急車を呆然と咲は見つめていた。


 視界から救急車が映らなくなった頃、白い翼が飛び散る様に消滅した。

 その反動か、咲はその場で大きくよろめく。


「良かった、あの子が無事――」

 そう言うと咲は、意識を失った様に前へと倒れた。


「咲」

 倒れる咲を慌てて抱きかかえる。

 身体に力が入っていない。初めての魔法に、彼女の身体が耐えられなかった様だ。


 ゆっくりと仰向けに下ろすと、咲は息を荒くする。


「何か疲れちゃった・・・・・・」

 汗を掻き、脱力した様な疲れ切った顔をしていた。


「そりゃ、あんなに魔力を使ったんだからね」


 爆発的な魔力量。

 一瞬であれほどの魔力を出せる人は、近い人では雨宮支部長くらいだろう。


「でも・・・・・・、上手く出来て良かった」

 ホッとした様に息を小さく吐いた。


「うん。あの子は咲のおかげで助かったんだよ」

 きっと咲の言葉が無ければ、ただ救急車を待つだけだっただろう。


「力に慣れて良かった」


「うん」


「――ねえ、健悟」

 見上げる様に健悟を見つめる。

 少し茶色の瞳が、充血した様に赤くなっていた。


 膨大な魔力は身体さえも蝕む。

 負担が身体にも大きく出ていた。


「ん?」

 健悟は不思議と咲の頭を撫でていた。――なんでだろう。


「お願いがあるの」

 照れた様な顔で頭を撫でる方へと向ける。

 まるで、もっと撫でて欲しいと言いたげに。


「何?」

 彼女からのお願い。今の彼女になら何でもしたいと思える。


「私を――」

 咲はそう告げると微笑んだ。


 彼女が告げたその言葉。

 健悟は目を見開いて驚いた。


 巡る彼女との記憶。

 咄嗟にその言葉を否定したい気持ちがあった。

 だが、冷静に考えれば、彼女の意思も理解出来る。――理解出来るのだ。


「・・・・・・わかったよ」

 それが彼女の意思ならば。健悟は優しい笑みで頷いた。


 彼女が望むこと。

 それは僕が最も望まないことだった――。

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