第4話


 翌日。ニル学。


 ホームルーム前、健悟と咲は二人で廊下を歩いていた。


 健悟が廊下の窓から景色を眺めると、

 校内のテニスコートで二人の生徒がテニスをしている。

 ボールを打つ際に、ラケットに魔力を込めると、

 ボールは不可思議な軌道を描いた。


 魔導テニス。魔導ラケットと魔導テニスボールを用いて、行う競技。

 ラケットとボールは、魔力の質や量によって回転の変化、速度調整を可能とする。

 しかし、魔力が高ければ良いのかと言う訳では無い。

 回転、速度などを変化させるためには、魔導ラケットに繊細な魔力を込め、

 ボール打点のみに魔力を注ぐ。

 同時に相手は、迫るボールの魔力軌道や回転を即座に判断し、

 対応しなければならない。

 魔導テニスは、繊細かつ判断力を有する競技。

 

 世界の終焉の前は、この魔導テニスはどんな競技だったのだろうか。

 似た様な競技があったのか、そもそも無かったのか。ふとした疑問である。


 乱打の様なラリーを、健悟はただただ眺めていた。


「ねえ、健悟?」

 少しだけ不機嫌そうに頬を膨らませている。


「ん?」

 テニスコートを眺めていた視線を咲へと向ける。

 そんな顔をしてどうしたのか。まあ、可愛いから良いけど。


「疲れてない?」

 立ち止まり、不思議そうに首を傾げた。


「んー、まあね」

 疲れている。疲弊。咲の言う通り、今の僕はその状態に近かった。


 昨日の翼人機との対戦。

 その際に消費した魔力が完全に回復していない。


「仕事?」


「うん」


「その・・・・・・大丈夫?」


「大丈夫だよ?」


「健悟、戦う様になってから疲れた顔することが多くなった」

 咲は寂しそうな顔をすると、背を向けた。


「そうかな?」

 自分ではそんなに変わった様には思えないけど。

 現に魔法部に入る前も後も、僕の思いは何一つ変わっていなかった。


「そうだよ。一緒にいる私が言うんだもの」

 振り返ると、真剣な眼差しで咲は健悟を見つめた。


「・・・・・・そうだね」

 もしかしたら、僕以上に咲の方が僕のことを知っているのかもしれない。


 すると、誰かが走る様な音が廊下に鳴り響いた。


「咲ちゃんー」

 健悟たちの背後から聞こえるその声。

 振り向くと、藍が咲目掛けて走って来た。


 疾走する美女。

 咲に飛びつくと、自身の頬を咲の頬にすり合わせる。


「高峰先輩・・・・・・?」

 藍に捕まった咲は不安そうな声で言った。


「あー、可愛い! もう食べちゃいたいくらい!」

 一度手を放し、まじまじと咲の全身を眺め、また抱きついた。


 途端に僕らの空間は慌ただしくなる。

 健悟は呆然とした顔でその光景を眺めていた。


 高峰藍は雨宮咲が大好きなのだ。

 ――溺愛と言うまでに。


「先輩、苦しいです・・・・・・」

 息苦しそうに咲はそう言うと、助けを求める様に健悟を見つめる。


「――先輩。そろそろ」

 藍に声を掛けるが、健悟に見向きもしない。


 健悟の言葉を無視し、藍は咲の制服の中にゆっくりと手を伸ばした。

 言葉にならない声を上げ、咲は悶える様な顔をする。


「なあ、藤堂」

 腑に落ちない顔で藍は言った。

 高峰先輩、咲にそんなことをして何が腑に落ちないのか。


「何でしょう」

 少し呆れた顔で健悟は返事をする。


 ついに僕の言葉を聞く気になってくれたか。

 ――いや、そんな顔してないな。


「お前――。咲ちゃん、溜まっているぞ?」

 睨む様な目つきで藍は健悟を見つめた。


「――っ!」

 咲は沸騰した様な真っ赤な顔をする。


「・・・・・・溜まっている?」

 首を傾げて考える。はて、何のことか。


 咲はいったい何を溜めているのか。ストレスだろうか。

 だとすれば、僕に原因があるかもしれない。健悟は急に不安になった。


「ああ。もう少し――咲ちゃんの気持ちも考えろよ」

 藍はどこか呆れた顔で首を左右に振るう。


 そして、咲を触っていた手を放し、咲を健悟へ向けて放り投げる様に押した。

 受け身を取れず、咲はそのままの態勢で健悟に抱きつく。


「大丈夫、咲?」


「・・・・・・うん」

 健悟の腕の中で咲は小さく頷くと、ゆっくりと顔を上げた。


 少し息を荒くした表情。

 どこか物欲しそうな顔をしている。


 ――いかん、僕の中で何かが込み上げてくる。

 健悟はその何かを必死に抑えていた。


「お前ら何をしているんだ」

 呆れた顔で健悟の前に立っていたのは横臥だった。


 いつの間にか、健悟たちの目の前にいる。

 健悟たちは素直に驚いた。


「あら、横臥。珍しいわね、一年の階に来るなんて」

 不敵な笑みを浮かべ、藍は横臥に視線を移す。

 確かに須藤先輩がここへ来ることは珍しい。高峰先輩は良く来るけど。


「藍、お前もだろ。こんなところで何の様だ」

 横臥の声は、普段の覇気のある声とは少し違った。

 少しだけ機嫌が悪そうな声。何かあったのだろうか。


「私は咲ちゃんに会いによ。――横臥は?」

 無論だとも。そんな眼差しを藍は横臥に向けた。


 凛としたその目つき。

 高峰先輩は黙っていれば、美人なのだ。


「俺は藤堂に用があるんだよ」

 呆れた顔で横臥はそう言うと、健悟に視線を移した。


「あ、僕にですか?」

 まあ、ここに来る用事は、僕にだろうけど。


「昼休み、ちょっと話がある」

 いつもとは違う真剣な眼差し。


 返事をする様に、健悟はゆっくりと頷いた。


 

 ―――



 昼休み。屋上。

 今日は昼ごはん食べる生徒は珍しくいなかった。


 今、屋上にいるのは、健悟と横臥の二人だけ。


「それで須藤先輩、どうしたんですか?」

 急ぎでは無いなら隊室で十分なはず。

 それに横臥は場所を選ばない様な人間では無い。


 だとするならば――。

 息を飲む様に健悟は緊張していた。


「昨日の件だ」

 振り向いた横臥の眼差し。妙に芯がある目つきをしていた。


「はい」

 昨日の件。きっと、翼人機のことだろう。


「あの件で三番隊隊長から、お前にお礼の言葉があった」

 どこか解せない顔で横臥は言った。


「え、そうなんですか」

 予想外の言葉に健悟は覇気の無い声を出した。


 三番隊隊長。

 あの人がお礼を言うなんて。須藤先輩も驚いてのその表情なのだろう。

 それに面と向かって言わないところが、あの人らしい。

 健悟は先月の隊長会議での会話を思い出していた。


 雨宮支部長に仕える十つある隊の隊長たちは皆、曲者ばかり。

 ――僕もかな。


「それともう一つ」

 横臥は右手の薬指を立て、数字の一を作り健悟へ向ける。


「もう一つ?」

 つまり、三番隊隊長が僕に言いたいことあると言うことか。

 別に不仲でも無いんだから、須藤先輩を経由せずに直接僕に聞けばいいのに。


「あれは今後もあり得るのか――と」

 深刻に告げる横臥の言葉に、健悟は黙り込んだ。


 予想外の言葉。

 すぐさま、その意図を考える。


「あり得る――かと」

 少し動揺した声。想像するだけで、不安が過った。


「あり得るのか・・・・・・。一応、理由を教えて欲しい」

 俺にはわからない世界かもしれないが。呟く様に横臥は言う。


 この魔法都市の裏側。

 良くも悪くも、横臥は知りたくなかった。


「昨日の翼人機、見た目は二代目タイプのものでした」

 最初は二代目タイプだと思っていた。しかし、後にそれが見た目だけだと気づく。


「二代目? 初代などのタイプがあるのか?」


「はい。最新は四代目まであったと思います」

 四代目は自動迎撃の銃撃装置がついていたはず。

 三代目は――何だったかな。


「――なら、なぜ四代目じゃない? 出すなら、最新版の方が良いんじゃないのか?」

 考え込み、解せない顔を健悟に返した。


 確かに、戦場へ出すならば、最新の翼人機が得策だろう。

 ――本来は。


「おそらくは二代目に意味があるのかと」

 健悟の中で生まれた一つの仮説。


「なぜ?」

 眉間にしわを寄せ、横臥は解せない顔をする。


「二代目は魔力搭載が少ないんです。しかし、他のタイプと違い、僅かな魔力で動かすことが出来ます。須藤先輩の炎刃一閃を当てる前は、その動きの様に見えました」

 淡々した口調で健悟は説明する。


 少ない魔力で稼働が出来る。

 まさに省エネで稼働する省魔の機体。


「魔力搭載量か・・・・・・。ん? 俺が炎刃一閃を当てた後から変わったのか?」


「おそらくですね。動力源も変わった様に見えました」

 少なくとも、あの翼人機が使った闇属性の魔力は通常の翼人機には搭載していない。そもそも、翼人機に闇属性の魔力が搭載出来るのか。今まで見たことが無かった。


「それが今後、何体も出て来る可能性があると?」

 横臥はため息をつく様に言うと、息を飲む。


「はい。元々、翼人機は初期タイプ以外、量産機ですから」

 支部長いわく、本来の初期タイプは一体ずつ違う能力を持っていたらしい。

 それが魔力抽出と技術の発展により、良くも悪くも量産が可能となる。


「量産――。あんなのがまだまだいるのか」

 空を見上げると、横臥はため息をついた。


 前向きに隊員を引っ張る横臥がため息をつく。

 それほどの事態なのだ。


 二番隊隊長である健悟が、全力を尽くさなければ倒せない相手。

 果たして、普通の隊員が何人いれば倒すことが出来るのか。

 横臥は想像出来なかった。


 想像出来ないことは、大抵困難なこと。

 横臥はそう考えていた。


「はい」

 健悟が頷いた。今後は油断出来ない状況となるだろう。


 しかし、相手の目的がわからない。

 なぜ、主居住区で無い第四エリアに出現させたのか。


「あえて――か」

 閃く様に健悟は大きく息を吐いた。


 あえて、第四エリアにしたのかもしれない。

 一つの仮説が健悟に浮かんだ。


「あえてだと?」

 断片的な健悟の言葉を横臥は拾う。


「ええ。敵はあえてあそこに翼人機を配置した。――なぜか」

 朗読の様に健悟は告げる。自身の思考を整理するために。

 健悟のその後の言葉を待つ様に、横臥は静かに唾を飲みこんだ。


「試したかったんですよ。あの翼人機の性能を」

 考えられる一つの仮説。翼人機の性能確認のための襲撃。


「まさか――。俺たちが来ることを想定していたのか?」

 目を開き、横臥はただただ健悟をじっと見つめていた。


「おそらくは。そして、性能を確かめるために僕らと衝突させた」

 だから、一般人の少ない居住区の第四エリアだったのだ。

 最初から、あの翼人機は僕らと戦うために出現した。


「データ取りに使わされたのか俺たちは・・・・・・」

 横臥は右拳を力強く握り、空間を叩く様な動きで横に振る。


 右拳を振った反動か、温かい風が健悟に吹いた。

 無論、横臥の魔力の余波である。


 感情的な横臥をあまり見たことが無い。

 事態は想像以上に深刻なのだ。


「いったい誰が」

 何のために――。健悟は眉間にしわを寄せ考えた。


 このニルヴァーナで何かが起ころうとしている。

 これはその前触れなのか。


 翼人機に搭載された魔力。

 禍々しい闇属性の魔力。


 本当に今回の事件は、人類によるものなのか。

 ――本当に。


 健悟と横臥は二人揃って、大きくため息をついた。

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