第3話


 放課後。

 ニルヴァーナ第二支部。五階。


 二番隊『蒼天極盾(エスクード)』隊室。

 隊員用の机と離れた隊長用の机に健悟は座っていた。


 各隊長に回って来る各隊の業務報告書。

 先月分の報告書をじっくりと読んでいく。


 強盗犯の対処や火災救助など。

 見たところ、大型の事件は無い。

 つまり、あの機械兵は始まりなのだ。

 健悟は小さくため息をつく。


「ねえ、藤堂くん」

 隊員用の椅子から立ち上がり、隊員の一人が健悟に話しかける。


 水色を帯びた長髪。

 長身でモデル体型をした、健悟より一つ上の女子。

 高峰藍(たかみねあい)。

 藍は健悟の部下でありながら、学校では健悟たちの先輩でもあった。


 美人。その可憐な容姿から、藍は男子生徒から人気がある。

 ――無論、咲もだけど。


「何です? 高峰先輩?」

 話す時、どうしても先輩後輩の会話になってしまった。


「横臥はどうしたの?」

 藍は隊室を見渡し、不思議そうな顔で言う。


 鋭い目つき。

 必然的に彼女が強気な性格であることを想像させる。


 横臥とは、須藤横臥(すどうおうが)のことだった。

 横臥も藍と同じく、健悟の部下であり先輩である。


「あー。確か今日は三番隊の仕事ですよ」

 思い出した様に健悟は書類を読む顔を上げた。


 横臥は二番隊に所属する前、三番隊に所属していた。

 それ故、時々三番隊の仕事を手伝うことがあった。


 現場応援。

 巡回や警護などの日常業務が多い三番隊は、時に人手が足りなくなる。


「あらそう――なら、良いわ」

 考える内容を変更したのか、そう言うと藍は自席へと戻って行く。


「どうかしたんです?」

 二人はクラスメイトのはずだけど。


「横臥に課題を見せてもらおうとしただけよ」

 そう言った藍の机には開きっぱなしの教材。


「あー、それは――自分でやってください」

 健悟はその光景を見て、途端に嫌そうな顔をする。

 成績は優秀のはずなのに、どうしてかこの人はめんどくさがり屋の一面を持っていた。


「むー、何よ」

 目を細め、藍は健悟に冷たい表情を向ける。

 水色の髪とその雰囲気も相まってか、不思議と彼女から冷気が漂っていた。

 ――と言うより、これは彼女の魔力か。


「それはそうですよ」

 そりゃ、自分の課題は自分でやるべきじゃないですか。


 すると、隊室の壁、天井近くに付いたスピーカーからサイレンが鳴り始めた。


 これは出撃の合図。

 事前連絡が無いあたり、緊急事態の様だ。


 今いる隊員は健悟を含め、四人。

 横臥を含めばフルメンバーである。


 二番隊は他の隊とは違い、少数精鋭の隊。

 それは隊の設立から変わらず、隊色でもあった。


「藤堂くん」

 藍は納得した様な顔で頷いた。


「藤堂先輩」

 不安そうな眼差しで健悟を見つめる少年。


 彼の名は相羽駿介(あいばしゅんすけ)金髪のショートヘアー。

 細身でひ弱そうな容姿をしている。


 普段は頼りない雰囲気の駿介だが、戦闘になると目つきが変わるのだ。

 それ故、健悟は事件が起きると、駿介に先陣を切らせる様にしていた。


「藤堂さん」

 小学生の様な容姿をした女子が健悟に話しかけた。


 坂上雀(さかがみすず)。茶髪にサイドテール。

 眠たそうなおっとりとした眼差し。今年で中学二年生になる女子中学生だ。


 藍と横臥は健悟が二番隊に入隊した時期と同時期、言わば同期である。

 駿介と雀に関しては、健悟が隊長になって他の隊から選任した隊員だった。

 彼らは各々が抱く正義のため、魔法部へ入隊したのだ。


「――蒼天極盾、出陣だよ」

 健悟はそう伝えると、机に立てかけていた春風を左腰に差した。



 ―――



 十分後。

 ニルヴァーナ第四エリア。


 廃ビルが並ぶ市街地。

 都心と比べ、住民は少ない。


「――で、ここが?」

 藍が現場を眺めて、健悟に聞く。


「ええ。おそらくは」

 事件の内容は、未確認物体の出現および対応。


 今回の事件は、三番隊が先に出動していると聞いていた。


 五百メートル先の爆発音。

 目を向けると、廃ビルの間で砂煙が立ち込めていた。

 

「あそこだね」

 度々、炎が見える。

 おそらく、あれは三番隊の隊員が使う炎属性の攻撃だ。


 すると、藍は健悟の隣で担いでいた銃口の長いライフルを取り出し、砂煙へと向ける。


 自身の身長よりも長い水色のライフル。

 これは高峰藍専用のライフルだ。


「――敵は一機みたいね」

 ライフルのスコープを覗き込み、藍は納得した声を出した。


「一機?」

 その単位。つまり、敵は機械と言うことだろうか。


「ええ。機械兵――? でも、翼が生えている・・・・・・?」

 藍は不可解と言わんばかりの困惑の表情をしていた。


「翼? ――翼人機か」

 現状を理解した様に健悟は眉間にしわを寄せる。


 そして、急ぎ足で現場へと向かって行く。


 翼が生えている機械兵。

 おそらく、翼人機。


 先日の戦いを思い出す。

 どうしてこうも連続するのだ。――事件と言うものは。


 健悟の視界の先。

 立ち込める砂煙を払いのけ、一機が廃ビルよりも高い空へと舞い上がった。


 舞い上がったのは、一機の翼人機。

 それは二代目タイプの翼人機だった。


 人型タイプで銀色の翼。

 右手には大太刀、左手には大型のライフル。


 翼人機はその高さを維持したまま、ライフルを地上へと向けた。


「ライフル、来るぞ!」


 地上で誰かが叫ぶ。

 このはっきりとした覇気のある声は横臥の声だ。


 充填の隙も無く、翼人機のライフルはレーザーを放つ。


 過去に見た二代目タイプは、レーザーを放つ前に必ず、一瞬の充填時間があった。 

 しかし、それがこの翼人機には無い。――どうしてか。


「二代目タイプじゃないのか――?」

 考えられる一つの仮説。健悟は走りながらも考えていた。


 地上へ降り注ぐレーザーに対し、地上にいた誰かが赤い大剣で対抗する。


 大剣の刃先から弾けるレーザー。火花の様に散る炎。

 弾けたレーザーは廃ビルに当たり、次々と倒壊していった。


 次第に後退していく大剣。

 ――劣勢だ。


「春風!」

 健悟は春風を開放し、斬翔をレーザーへ向け放つ。


 そして、赤い大剣を持つ男の隣へと立った。


「お疲れ様です――須藤先輩」

 赤い大剣を持つ大柄な男、横臥に健悟は声を掛ける。


 赤髪の短髪。上向きな眉と覇気のある鋭い目つき。

 必然と彼が熱血であることを想定させる。


「助かったぞ、隊長!」

 左手で赤い大剣を担ぎ、右手を挙げて横臥は笑みを向けた。


「それで、状況はどうですか」

 健悟は翼人機へと向けていた視線を地上へと戻す。


 周囲にいた三番隊の隊員たちは、すでに疲弊していた。


 誰しも戦う意思があり、誰も倒れてはいない。

 だが、これ以上は戦うべきでは無いだろう。

 ――彼ら自身のためにも。


「突如、あの翼人機がこのエリアに現れ、一般人を無差別に襲撃したとのことだ。それで先に来た三番隊で対応し、今に至る」

 横臥は上司に報告する様に淡々と告げた。


 魔法部では、健悟は横臥の上司に値する。

 横臥もそれをよく理解していた。


「なるほど・・・・・・」

 経緯は理解した。だがなぜ、このエリアに現れたのか。


「それで隊長。一つ聞きたい」


「何でしょう」


「あの機体、破壊しても良いのか?」

 横臥は赤い大剣を担ぎながらも、どこか曖昧な顔をする。


「――良いですよ」

 一瞬、健悟は考えた。欲を言えば、停止させたい。

 でも、この様子だと犠牲者を出してしまう可能性がある。

 それは最も防がねばならない事態だ。


「それなら良かった。藍、相羽、坂上――手伝ってくれるか?」

 赤い大剣を後ろに構え、健悟の後ろにいた三人に向けて微笑んだ。


「ええ」

「はい!」

「うん!」

 横臥の問いに各々頷いた。


「それじゃあ、隊長。先に行くぞ」


「はい」

 健悟の頷きに横臥は大きく深呼吸をした。


「解放――焔魔(イフリート)」

 その瞬間、溢れ出す様に膨大な魔力が横臥から放たれた。


 集束する炎。

 次第にその魔力は、赤い大剣へ集束されていく。


「高峰先輩、相羽。二人であの翼人機を落とせる?」

 横臥が何をしようとしているのか。理解した健悟は二人に告げた。


 落とせなくても良い。

 一瞬の隙を作ることが出来れば、後は須藤先輩がやってくれる。


「わかったわ」

 納得する様に藍は頷く。水色のライフルを翼人機へ向け、銃弾を放った。


 水色の冷気を帯びた銃弾。

 所謂、氷弾と言われる氷属性の銃弾だ。


「わかりました」

 駿介は両脇に差していた二本の脇差を構え、走り出す。


 藍が放った氷弾を前に、翼人機は右手の大太刀で振り払う様に切断する。

 切断した直後、翼人機の大太刀の刀身が一瞬にして氷で覆われた。


 凍結――。

 それが彼女の持つ氷属性の魔力だった。


 無心の様に動揺しない翼人機。

 迎撃の様に左手のライフルを藍に向けて放った。


 藍に向かうレーザー。

 レーザーを前に、藍は逃げる素振りをしなかった。


 すると、藍の数メートル手前で突如、緑色の丸形の防御壁が出現する。


 防御壁はレーザーを防ぎ切った。

 その後、役目を果たした様に消滅する。


 これは藍の後ろにいる雀が展開した防御壁だった。


 すぐさま、翼人機の背後に現れる人影。――駿介だ。


「とりゃ!」

 翼人機の背後から、二本の脇差で駿介は十字の斬撃を放つ。


 風属性の斬撃。

 それは健悟も使う斬翔だった。


 現に駿介の斬翔は、健悟が教えたものである。


 十字の斬翔は防御する間もなく翼人機へと当たり、翼人機は空中でよろめいた。


 体勢を崩した一瞬の隙。

 これを横臥は逃さなかった。


「――炎刃一閃(えんじんいっせん)」


 翼人機へ向け、一閃。

 横臥は勢い良く、赤い大剣を垂直に振りかざした。


 空間に一筋の赤い線が出現する。

 まるで、それは垂直の地平線。


 その瞬間、燃え上がる炎の斬撃が翼人機に降り注いだ。


 翼人機は抗いながらも、叩きつけられる様に地上へと落下する。


 大きな衝撃音。

 その衝撃で地上は、再び砂煙に覆われた。


 五十メートル離れていた健悟でも感じる、その熱量。

 自然と額に汗が垂れた。


 炎刃一閃。

 さっきの技は、横臥の中でも最大火力の技だった。


「終わったか――?」

 赤い大剣を担ぎ、後退する様に横臥は健悟の元へとやってくる。


「そうであって欲しい・・・・・・ですね」

 動く気配は無い。砂煙が晴れたら、その事実は確定するはずだ。


 健悟が大きく息を吐いた瞬間、翼人機から膨大な魔力が解放された。


 波紋。そして、轟音。

 衝撃波の様な魔力が健悟たちを震撼させた。


 爆発の様な膨大な魔力。

 暴走だとしても――異常。


「まさか――」


 高出力法撃――。

 健悟が察した頃、息を吸う様に魔力が翼人機へ集束される。


 目の前には、二番隊の隊員。

 後ろには三番隊の隊員。

 全員、直線的にいた。


 何の偶然か――、それとも必然か。

 しかし、やることは一つだった。


 健悟は瞬時に二番隊の前へと立ち、春風を構え刀身へと魔力を集束させる。


 翼人機へと集束された魔力は、息を吐く様に大型の黒いレーザーとして放たれた。

 空間を押し削る様な音を立て、一直線に健悟たちへと向かって行く。


 変貌するその色――その魔力。

 健悟はその魔力の規模を理解する。


「発動――」

 唱える様に健悟は言うと、勢い良く春風を抜刀した。


 春風の刀身に纏われた、闇属性の魔力。

 禍々しいその魔力を健悟は開放する。


 衝突。空間大震。

 周囲の地面を揺らす様な衝撃が襲った。


 始める前にやるべきことがある。

 健悟はゆっくりと口を開いた。


「二番隊各位、直ちに三番隊を連れて、避難しろ」

 大型の黒いレーザーと対峙しながらも、健悟は二番隊隊員に告げた。


「藤堂、俺たちが加勢すればそんな攻撃――」

 横臥は覇気のある声で、健悟の言葉に反論しようとする。


 ――わかっているさ、わかっているさ、須藤先輩。


「追撃よりも人命。僕たちの戦いに巻き込まれて死ぬぞ――三番隊」

 横臥の言葉を遮る様に、健悟は強い口調で告げた。


 少なくとも、二番隊の隊員たちは無事であろう。

 ここでの問題は、疲弊しきった三番隊の隊員たちだ。

 健悟たちの攻撃も翼人機の攻撃も、三番隊の方へ向かってしまったら、無傷では済まない。


 最悪、死者が出る。――いや、間違いない。

 こればかりは、須藤先輩の意見を聞くことは出来ない――隊長として。


「・・・・・・わかった」

 ゆっくりと横臥は頷くと、藍たちと三番隊と共にこの場を離れていく。


 互いに削り合う様に衝突する魔力。

 自然と暴風が吹き荒れていた。


 後一分。それがこの攻撃を跳ね返すタイミングだ。

 その前ならば避難が間に合わず、それ以降ではこの攻撃に耐えられない。


 しばらくすると、周囲数十メートルには、自身と翼人機のみとなった。


 定刻。

 健悟は気持ちを切り替える様に、ゆっくりと息を吐いた。


「よし」

 防いでいた春風を力強く振り、黒いレーザーを上空へ弾き飛ばす。


 結果的に意思通り。

 これが平面上のどこかであれば、想像以上の被害が起きてしまうだろう。

 だからこそ、健悟は念のために隊員たちを避難させたのだ。


「――さて」

 深呼吸。健悟は理解する。ここが戦場である事実を。


 次々と迫りくる翼人機のレーザー。

 そのすべてを春風の剣撃で弾いていく。


 呼吸すら惜しい。緊迫した戦況が続いた。


(避難は完了した。これから加勢に行く)

 数分後、耳につけていたイヤホンから横臥の声が聞こえた。

 真面目な横臥が言うのなら、間違いは無いだろう。


「わかりました。来るとしても、相羽と坂上は待機させてください」

 黒いレーザーを避け、後退しながら健悟は告げる。

 これ以上、健悟たちの戦力をこの場に注ぎ込む訳にはいかなかった。


 なにせ、ここは戦場。

 予想外は必然なのだ。


(――わかった。俺と藍で行く)

 頷く様な声。その様子だと、横臥は健悟の意図を理解した様だ。


「よろしくお願いします」

 そう言って健悟が通信を切った瞬間。


 翼人機が機械羽を動かし、一直線に健悟へと向かって来た。


 接近戦。

 翼人機は遠距離戦も近距離戦も両方得意としている。


 羽ばたく勢いのまま、翼人機は右手の大太刀を水平に振りかざした。


「はやっ」

 逃げる間もなく、大太刀と春風が対峙する。


 大太刀の勢いに防いでいた春風ごと、健悟は後方へ吹き飛ばされた。


 吹き飛ばされる中、追撃の様に翼人機はライフルを向け、赤いレーザーを放つ。


 浮く自身の身体。

 さっきよりも小型のレーザーとは言え、当たれば死ぬのだ。

 健悟は春風を地面に突き刺し、態勢を立て直した。


 すぐさま、春風を構え直し、迫りくる赤いレーザーに春風を振りかざす。

 放たれた斬翔は赤いレーザーを突き進み、勢い良く翼人機の右腕へと激突した。

 金属がぶつかる様な衝突音を立て、翼人機の右腕は切断される。


 地面に落ちる機人の右腕。

 その断面は、配線と金属が混雑していた。


 まずは、一歩――か。

 健悟は気持ちを切り替える様に深呼吸をした。


 その瞬間、切断された部分から突如、黒い魔力が溢れ出した。

 次第にその魔力は、腕の形へと形成されていく。


 数秒後、黒い魔力は翼人機の黒い右腕となった。


 銀色の装甲に黒い右腕。

 まるで、一部が悪魔に憑依された様。


「・・・・・・まじかよ」

 想定外の光景に健悟は言葉を漏らす。


 回復機能、それとは違う。

 被弾した箇所を自身の魔力で補う機能。


 今までの翼人機のシステムには無かった機能。

 どうやら、この翼人機は僕の知る翼人機とは違うものなのかもしれない。


 やはり、油断は出来ない。

 健悟は再度、春風を構える。


 翼人機は右腕を手刀の様に振りかざした。

 鞭の様にしなる、その手刀。


 瞬間。

 黒い斬撃が放たれ、健悟へと向かって行く。


 まるで、自身の使う斬翔の様。

 まさか、この短時間で真似たのか。


「っ!」

 健悟は黒い斬翔を放ち、翼人機の黒い斬撃に対抗していく。


 相殺。

 何度も何度も放ち、互いに打ち消し合った。


「どうなってんだよ、あの魔力」

 大きくため息をついた。人間の様な魔力の質感と量。

 とても、あの機体の中にあの魔力が納まっているとは思えなかった。


 すると、攻撃を繰り出していた翼人機の頭上に人影が現れる。


 太陽の様なその熱き魔力。

 人影の正体は、横臥だった。


「魔装」

 横臥は炎属性の魔力が刀身に宿った赤い大剣を振りかざす。


 翼人機は顔だけを上げると、両目を緑色に点滅させた。

 それが合図なのか、翼人機の頭上に緑の防御壁が展開される。


 激突する赤い大剣と緑の防御壁。

 大剣の刃先に火花が散っていた。


 振り切れない横臥の大剣。

 大剣のその斬撃を防ぐあたり、防御壁の層はかなり厚い。


「なっ!」

 赤い大剣を防がれた横臥は、宙に浮く様な姿勢になっていた。


 全身の力を使い、この大剣を振りかざしている。それでも防がれるのか。

 横臥は驚く様に目を見開いていた。


 驚く横臥の背後から、数十発の銃弾が翼人機へと向かって行く。


 銃弾、それは氷属性を帯びたライフル弾。 藍の氷弾である。


 翼人機は左手のライフルを銃弾へ向けると、赤いレーザーを放った。

 赤いレーザーに銃弾が激突すると、部分的にレーザーが凍結して行く。


 追撃の銃弾を何十発も放つ。

 次第に赤いレーザーは氷を纏い、その場に沈んだ。


「炎属性のレーザー・・・・・・ね」

 魔力切れの様な疲弊した顔で、藍は沈むレーザーをまじまじと見つめていた。


 藍は赤いレーザーを凍結させるために、多くの魔力を酷使した。

 別に彼女の魔力量は少なくない。

 それほどの魔力量。それほどの相手なのだ、この翼人機は。


 翼人機は防御壁を押し上げる様に上げ、その反動で横臥を後退させる。


「なんだ、あれは」

 健悟の隣に来ると、横臥は解せない顔で眉間にしわを寄せる。


 鋭い視線に散る小さな火花。

 漏れ出す横臥の炎属性の魔力。


「何でしょうね。従来の翼人機とは、明らかに違いますよね」

 禍々しい雰囲気からして、従来の翼人機とは大きく異なる。


 そして、あの黒き右腕。

 間違いなく、闇属性の右腕だった。


「それに俺の炎刃一閃が効かなかった――?」

 目を細め、横臥はその事実を認識する様に呆然とする。


「効いてはいたはずです」

 間違いなく須藤先輩の一撃は、翼人機を破壊するほどの威力だった。


「まさか――超回復か?」

 目を見開き、横臥はそんな馬鹿なと言う表情をする。


 超回復と言われる高度な回復魔法が、この現世には存在する。


「それに近いものはあるかと」

 回復や修復と言うより、これは改復。

 改造回復。その言い方が相応しかった。


「それでどうするのよ」

 翼人機のレーザーを避け、藍は横臥の後ろに回る。


「消滅させたいんですけどね・・・・・・」

 右手で後ろ髪を掻き、健悟は困った顔で言った。


 二番隊の全戦力を持ってしても、この戦いに確勝は得られない。


「それは一筋縄ではいかないな」

 横臥は目を細め、険しい表情で翼人機を見つめた。


 数秒間、沈黙が訪れる。

 各自、気持ちを落ち着かせる様に。


「――隊長」

 すると、落ち着いた声で横臥は告げる。


「何でしょう」

 雰囲気が変わった様に見えた。


「ありがとう。三番隊を避難させていなかったら、彼らは犠牲になっていただろう」

 迫るレーザーを避けながらも横臥は告げる。


 横臥は実感したのだ。

 これらの攻撃を、今の三番隊の隊員たちが防げないことに。


「まあ、隊員を守ることも僕の役目ですから」


 隊長格の使命。

 都市の守護と人命の守護。

 無論、人命の守護の内には、魔法部の隊員も該当する。


「それで策はあるの、藤堂くん」

 そう言った藍は移動しながら、銃弾を放っていた。

 藍の銃弾に翼人機は防御壁で防いでいく。


「あるにはあります」

 風属性の斬翔を放ち、翼人機の防御壁を破壊する。


 破壊した衝撃で翼人機は後方へ飛ばされると、受け身を取る様に翼を羽ばたかせ、空へと飛翔した。


 平行線の現状を打開する一手。


「お、あるのか」

 感心した顔で横臥はそう言うと、藍とは別方向から赤い斬撃を翼人機に放つ。


「――火力です」

 そう言いながらも、健悟は再び風属性の斬翔を放った。


「・・・・・・つまり、回復出来ない威力で翼人機を攻撃するってことか?」

 赤い大剣を構え、横臥は強く頷いた。


「まあ、そう言うことです」

 簡単に言えば、そう言うこと。所謂、火力勝負の話だ。


「俺の最高火力の炎刃一閃は駄目だったぞ?」


「そうでしたね」

 二番隊員の中で最高の火力を誇る須藤先輩の炎刃一閃。――そう、隊員の中では。


「私の銃撃は火力なんて無いわ」


「知っています」

 高峰先輩の攻撃は火力と言うより、追撃が特徴である。


「「なら、どうするんだ(の)?」」

 横臥と藍は解せない顔を同時に向ける。


 数ある選択肢。

 その中で僕が選んだもの。


「僕が――行きます」

 はっきりと健悟は告げた。


 僕があの翼人機を――倒すのだ。


 健悟の言葉に、横臥と藍は移動する中で一瞬、目を合わせる。


「「頼んだよ(わ)」」

 二人は笑みを健悟へと向けた。


「はい」

 彼らの声に答える様に健悟は力強く頷く。


 そして、春風をゆっくりと鞘へしまった。


 大きく息を吐き、目を瞑り魔力を研ぎ澄ます。


「――属性開放(アルカード)」

 僕は告げる。魔力解放の言葉を。


 閉まっていた弁が開放されるが如く。

 身体の中に納まらない黒い魔力が溢れ出した。

 溢れ出すこの魔力を、僕は半魔の魔力と呼んでいた。


 健悟は足を前へと傾けた。

 一瞬で到達する――翼人機の目の前へ。


 反射的に対応する翼人機。

 振りかざされる黒い右腕。


「抜刀――」

 翼人機の迎撃よりも速く、春風を右斜め上へ抜刀した。


 溢れ出す風属性の斬撃。

 抉る様な音を立て、翼人機はそのまま上空へと押し挙げていく。


 無気力で上空に浮かぶ翼人機。

 健悟は春風を後ろに構え、再度魔力を開放した。


 風属性の魔力に半魔の魔力を乗せて――。

 次第に薄い灰色をした風属性に、黒い闇属性の魔力が混ざって行く。


 螺旋的に刀身へ纏われた、風属性と闇属性の魔力。

 一呼吸。一瞬にしてその魔力は刀身へと集束され、刀身は黒光りする。


「魔刀一閃(まとういっせん)」


 垂直に一振。

 健悟は居合切りの様に春風を振るった。


 高濃度な斬撃。

 胴体を真っ二つに切られ、翼人機は地上へと落ちていった。


 動じることなく健悟は闇属性を纏わせた春風を振るい、闇属性の斬翔を放つ。

 闇属性の斬翔に触れた翼人機の胴体は風化して消滅した。


 翼人機が完全に消滅したのを確認した健悟は、ゆっくりと春風を鞘へとしまう。


「終わったな。隊長」

 赤い大剣を背中に担ぎ、横臥は晴れた顔をしている。


「お疲れ様。藤堂くん」

 藍は微笑むと、水色のライフルを肩に担いだ。


「お疲れ様です。先輩方」

 次第に倦怠感の様な疲労が健悟を襲う。


 純粋な魔力切れ。

 今の自身が持つほとんどの魔力を使い切ってしまった。


 ――戦いは終わったのだ。

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