第2話


 ニルヴァーナ第二支部。

 支部長室。会議室の様な広さの室内。


 会議用のテーブル席とは別に、室内の奥にある支部長席。


「――で、状況は?」

 席に座る白髪の男性は、解せない顔で健悟にそう言った。


 白髪の男性こそ、この第二支部の支部長。


 ニルヴァーナの支部は大きく分けて七つ。

 そして、第二支部には魔法部隊が十隊存在する。

 第二支部長は、その十隊ある第二部隊の頂点に立つ者である。


「状況と言いますと?」

 さて、何の状況の話だろうか。健悟はとぼけた顔で言う。


「昨日の機械兵だよ。なんだったんだ、あれは?」

 第三部隊から報告が来たぞ。

 そう言って机に置かれた報告書の様な書類を手に取った。


「突然、大通りに現れた機械兵。まず――暴走では無いかと」

 何食わぬ顔で健悟は状況を告げる。

 報告書があると言うことは、現場の状況はご存じなのだろう。


「暴走では無い・・・・・・。意図的――か」

 眉間にしわを寄せ、支部長は腑に落ちない顔で大きく深呼吸する。


「そうですね」


「で、お前が対処した?」

 どうしてお前が。そう言いたげな不思議そうな顔だった。


「たまたま出くわしたので。まあ、そっちは機能停止させましたけど」

 機械兵の方は切断したから、機器本体は消滅せず残っている。


「何か引っかかるな・・・・・・。――って、そっちは?」

 意図的な機械兵の出現。明らかに不自然な出来事だった。


「――続きがあるんです」

 気持ちを切り替える様に健悟は大きく深呼吸する。


「・・・・・・続きだと?」

 途端に支部長の雰囲気が変わった。

 僕の口調が変わったからだろうか。


「機械兵の後に現れたのは――翼人機だったんです」


「――は?」

 お前何を言っているんだ。支部長はそんな呆れた顔を返す。


「それも――初期モデルの」


「なんだと・・・・・・っ?」

 事を理解する様な表情。次第に支部長の目は開いていった。

 翼人機については、僕より支部長の方が詳しいだろう。


「消滅と言う形で勝利することは出来ましたが」

 本来であれば、原形を回収したかったはずだ。

 いったい、どこの翼人機であるのかを調べるために。


「初期モデル――か」

 支部長は何を思ったのか、椅子から立ち上がり、窓の方へと歩いて行く。


 翼人機は『世界の終焉』後の発展の象徴の一つでもあった。

 一説によると、世界の終焉前から翼人機は存在したとか。


 いつしかは味方であり、敵にもなったその無人兵器。


「この時代にあれを持つ組織があるんですか?」

 初期モデルを持つ組織など限られてくる。


「少なくとも、身内だろう――な」


「身内・・・・・・と言いますと?」


「魔法都市の研究所か、それとも――」

 見通した様な目つきで窓の景色を眺めた。


「――政府か」

 はっきりと告げるその言葉。どこか思いつめた表情をしていた。


「支部長がそれを言ってしまいますか」

 健悟は思わず苦笑いをしてしまう。

 予想はしていたが、本当に支部長の口から出るとは。

 逆に言えば、それほどのことなのだ――この事態は。


「支部長と言っても、俺は政府の人間では無いからな」

 別に政府の言いなりになるつもりは無い。どこか覇気のある声で言った。


「それも・・・・・・そうですね」

 終焉の創造者であるこの人は、社会的に特別な立場にある。


 政府との縦の指示系統が無い。

 その立場に属するのは、魔法都市でも、二十人もいないだろう。


「――さて、これからか」

 今後を予測する様な見通した眼差しを健悟に向けた。


「そうですね。これから、どうするか」


「少なくとも、一つの可能性があるな」

 腕を組み、落ち着いた顔で言う。


「可能性?」

 健悟は想像出来ず、眉間にしわを寄せる。


「あの初期モデルが量産されていたと言うことだよ」


「・・・・・・なぜ?」

 様々な疑問が過るが、一番はその理由だ。


「オリジナル。つまり、あの機体は元々十機しか製作されていない。その十機は破壊もしくは消滅しているんだよ。――すでにな」

 支部長は確信している顔で言った。


「なっ――」

 鳥肌が立つ。顔が青ざめる。そんな感覚を健悟は覚えた。


 ならば――。

 ならば、僕が戦った翼人機は、いったいなんだったのか。


「しかも、十年以上前に――。それに数機は俺の目の前で起きたことだよ」


「まさか、その資料を基に作られた――?」


「ああ。その可能性がある。それか――いや、それは無いか」

 支部長の中で過る可能性。考えたくないその可能性。


「それか・・・・・・なんですか?」

 健悟は恐る恐る聞いた。


 終焉の創造者であるこの人が躊躇するほどのこと。


「その資料を基にでは無く、製作者が再び作り出したって言う可能性だよ」


「それも・・・・・・ありますね」

 支部長の言葉に、眉間にしわを寄せながらも健悟は頷いた。


 再び製作した。その可能性も否定出来ない。しかし、なぜか。

 腕を組み、二人はしばらく考え込んだ。


「こりゃ――相当深そうだな」

 ため息をつき、支部長は少し諦めた様な顔で言った。


「――そうですね」

 緊張の糸が切れた様に健悟も大きく息を吐く。


 考えれば考えるほど、可能性は広がって行く。

 ――悪い方向へと。


「それじゃあ、進展があれば適時報告頼むよ――隊長」

 話してもキリが無いと思ったのか、支部長は会話を終わらせる。

 得策である。支部長が切り出さなければ、きっと僕から切り出していただろう。


「かしこまりました」

 そう言って健悟は頭を下げ、支部長室を後にする。


 一階へと降り、エレベーターから出入口まで続く長い廊下を歩いていた。


「何者か・・・・・・。人類か・・・・・・。それとも――」

 自身の頭の中を整理する様に健悟は呟く。


 あらゆる可能性。

 人類以外の可能性。


「――魔族か」

 不思議と口にしてしまったその単語。

 普通の人類が知る由も無いその単語。


 魔族。人間が住む現世と違う世界に住む特殊な種族。

 世界の終焉に深く関わったと噂されるその種族。


 健悟は歩きながら、上向きに小さくため息をついた。



 ―――



 放課後。

 ニルヴァーナ魔法学園、通称ニル学。


 健悟と咲は、学園内の廊下を歩いていた。


 愛らしい雰囲気で歩く咲。

 隣にいるだけで、健悟は和んでいた。


「ねえ、健悟」

 考え事をしていた健悟に、咲は不思議そうに首を傾げている。


 考え事とは。

 無論、翼人機のことである。


「ん? どうしたの?」


「朝いなかったのはどうして?」

 どこか不満げな顔で咲は首を傾げる。


 健悟が支部を出て学園に戻ってきたのは、

 二時限目がちょうど終わった頃だった。


 魔法部に所属することは、学園も了承している。

 むしろ、社会貢献として、健悟は学園から良い評価を得ていた。


「あー、ちょっと支部長に呼ばれていたからだよ」

 定時報告も兼ねてね。そう言った健悟は、すぐさま自身の失言に気づく。


 失言。

 それは彼女の前で支部長の名を告げたこと。


「支部長――お父さん?」

 その名を聞いた咲は、途端に不機嫌な顔をする。


 不機嫌な理由は僕にでは無い。

 僕と話していた相手、支部長に対してだ。


 第二支部長。名は雨宮快斗(あまみやかいと)。

 健悟の上司でもあり、咲の父だった。


「う、うん」

 不機嫌そうな咲に、健悟は言葉を詰まらせる。


 さっきまでの愛らしい雰囲気は、もう――無い。


「また、お父さん。健悟に何か言ったの?」


「いや、特に何も言われなかったよ」

 良くも無く悪くも無く、僕らはただ昨日の事件の話をしていただけ。


「お父さん――。健悟をいじめるから嫌い」

 頬を膨らませ、咲は眉間にしわを寄せた。


 咲にとって、雨宮支部長は健悟を困らせる人と言う認識。

 それ以前にお父さんのはずなんだけど。


「まあ、上司だからね」

 健悟にとって、雨宮支部長は上司であり、師匠でもあった。


「でも――嫌い」

 首を左右に振ると、咲はそのまま健悟の腹部に向けて飛びつく。


 飛びついた拍子に漂う良い香り。

 誘われる煩悩たち。


「咲、どうしたの?」

 突然抱きつかれて、健悟は困惑していた。


 いつから咲は、男に抱きつく様な女の子になってしまったのか。

 こんなことされれば、どんな男でも、自分のことが好きなんだと錯覚してしまうだろうに。


「――充電」

 目の前で聞こえる咲の不満げな声。


「充電?」


 電気を充たすと書いて、充電。

 はて、どうしてその単語が咲の口から。


「バッテリー切れ。――疲れた」

 両手を使い、健悟から離れない様にしっかりと抱きついた。


 果たして、僕でその充電出来るのか。

 健悟は不思議だった。


 しばらく沈黙が続く。

 微かに感じる柔らかい咲の――。


「違う違う」

 首を左右に振り、込み上げる感情を振り払った。


「・・・・・・違う?」

 顔を上げ、咲は真上にある健悟の顔を不思議そうに覗き込む。


 透き通る咲の瞳。

 見つめるだけで、咲の世界観へ吸い込まれそうになった。

 美人と言うより可愛い。

 しかし、どこか魔性の雰囲気があった。


 魔性。彼女にはその血縁は無いはずなのに。

 しかし、彼女の雰囲気はどこか惹かれる何かがあった。


「あ、考え事のことだよ」

 彼女の行いが違うと言う意味では無い。


「そうなの?」


「うん。それで充電は終わった?」

 もう二分くらいは経っていると思うけど。


「――まだまだ。あと十分は掛かる」


「え、十分? 充分じゃなくて?」

 十分。きっと僕の聞き間違えだろう。


「むっ。充分になるためには、十分掛かるんです」

 頬を膨らませ、咲は不機嫌そうな顔で健悟を睨む様に見つめる。

 

 そして、その頬を健悟の胸元にゆっくりと当てた。


 抱きつくと言うより、密着。

 健悟は動揺が隠せなかった。


「ええええっ。――え?」

 込み上げる言葉にならない感情。


 後退りたい。

 だが、咲がその手を離さない。――なぜ。


「充電を早くする方法」

 頬を当てたまま、咲はゆっくりと頷いた。


「あ、そうなの」

 不思議と納得する。どうして早く充電出来るのかわからないけど。


 そして、五分後――。

 健悟はただただ無になっていた。


 咲は大きく息を吐くと、ゆっくりと健悟から離れる。


「充電出来た?」


「――まあ」

 笑みを浮かべる咲。

 どこか満ち足りた顔をしている。


 咲が満足出来たなら、良かった。

 何で満足出来たのかはわからないけど。


「それなら良かったよ」


「うんっ」

 咲は笑顔で健悟の前を歩いて行った。


 変わらぬ彼女のその笑顔。

 僕はそのために剣を握り、戦うのだ。


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