第3話 あいつの精神年齢は五歳



 レナード王子は乱暴者なんですって。

 自分の側近に暴力を振るうと聞いたわ。

 王妃様の産んだ子だからって……ねぇ。

 あら、王妃様も手を焼いているそうよ?



 こんな感じでレナード殿下の悪い噂は以前からよく聞いていた。

 幼少期から剣術にのめり込み、負けた者を取り巻きから追い出したり、侍従に無理やり稽古の相手をさせたりしていたらしい。

 いわゆる、ハマるとやりすぎになる傾向のある人なんだと思う。


 ――それが長じるとこうなってしまうと。


 私はため息をついた。もう何度目になるか数えていない。


 訓練場に近づくにつれて、金属のぶつかり合う大きな音が絶え間なく響いてくる。

 本物の剣と甲冑を装備して模擬戦をやっているのだ。


 今日も見物人がとても多い。人数に比例して歓声が大きくなる。

 私は市場などでもこんなに人が集まっているのを見たことがない。

 模擬戦は人気があるみたいだ。


 でも私にとっては見ていて楽しいものではなかった。暴力的でケガ人もよく出るし、勝つのはレナード殿下と決まっているのだから。

 王子様にケガをさせればただでは済まない、とわかっていて全力を出せる人がいるだろうか。


 乱暴者は嫌いだというのに、こんなことを好む人間の婚約者候補になるなんて。

 神様は意地悪だわ。


 歓声が一段と大きくなった。どうやら決着がついたらしい。重いものが地面にぶつかるような激しい音が聞こえてくる。


 むさい男ばかりの人垣を超えた向こうに、金属の兜を外したレナード殿下の姿が見えた。

 あの目立つ金髪は間違いない。

 先ほどまで打ち合っていたはずの相手が、少し離れたところに倒れていた。地面には赤い点がぽつぽつと散っていて、さながら殺人事件のようだ。


 レナード殿下は倒れた人を介抱するわけでもなく、従僕に兜を持たせて鋭い目つきで周りを見回している。

 その姿は、親戚の五歳くらいの男の子が『ママー見て見て、ボクすごいでしょ』と言ってキョロキョロするのによく似ていた。


 ――あいつ今「どうよ俺カッコいいだろ?」って思っているんじゃないかしら。


 私には彼がとてもカッコ悪く見えた。


「あら、遅かったんですのねぇ」


 公爵令嬢であるグレイス様が音もなく近寄ってきて、私の前で立ち止まった。豪華に巻いた金髪がすみれ色のドレスに映えてキラキラと輝いている。


「滅多に見られないレナード様の剣技でしたのに。さっきは五人抜きをされましたのよ。あの勇姿をご覧になっていないなんて」

「そうですね」


 私は適当に返事をした。

 『滅多に見られない』なんて嘘だ。彼は十日ほど前にも似たようなことをしていたのだから。


 グレイス様はもうひとりの婚約者候補だと聞いている。

 おそらく家柄的に彼女が婚約者になるのだろう。名家ではない伯爵家出身の私よりも、グレイス様のほうがよほどレナード殿下にふさわしい。お二人は遠縁の従兄妹いとこにあたる関係で、お互いよくご存じだろうし。


「お顔の色が悪いようですわね。あの泉に落ちたというのは本当ですの?」

「……ええ」


 落ちたんじゃなくて落とされたんですけどぉぉぉと心の中で叫びながら、隠しても仕方のないことなので正直にうなずいた。

 グレイス様は扇で口元を覆ってホホホと笑い声を上げる。


無様ぶざまですこと。森の中であろうと足元の小石を優雅に避けられるようでなくては、王族の婚約者として認められませんわ。練習なさるとよろしくてよ」


 私の返事を待たずに、グレイス様は折り畳んだ布を「はい」と私に手渡してくる。


「あなたのようにボーっとしている方は、とりあえずこれを両手で持ってまっすぐ前へ歩くと良いのですわ。では、ごめんあそばせ」


 言いたいことだけ言うと、グレイス様は侍女を連れて風のように去って行った。


 ……何なの。勘違いにもほどがあるわ。

 歩き方が悪くて泉に落ちたわけじゃないのに。

 …………。

 いや、なんか気になってきた。ちょっと試しに歩いてみようかしら。

 

 私は気を取り直して顔を上げる。


 その瞬間――


「……!」


 何とも言えないどよめきが起こり、私の前にあった人垣が左右に割れた。


 地面が振動し、砂埃が風に舞う。

 レナード殿下が私の方へ歩いて来ている。


 なぜこちらに向かっているのか?

 私も横に避けたほうがいいのだろうか。


 しかし、レナード殿下と目が合った私は、蛇に睨まれたカエルのように身動きが取れなくなってしまった。

 付き合いの浅い私でもわかる。あの顔は……怒っている。


 やつのアイスブルーの瞳から何かの光線が出ているようだ。

 私はやむを得ず、お婆様譲りの黄玉トパーズの目をカッと見開いて謎の光線を迎撃した。


 ――が、時すでに遅し。


 レナード殿下は私の目の前に立っていた。


「…………」


 長身に広い肩幅。精悍とも言える顔立ち。

 むすっとした表情のレナード殿下は、ものも言わずに私の手にあった布を取り上げ、きびすを返して人垣の中に戻って行った。

 その布で顔をゴシゴシ拭きながら。


 よく見ると彼はたくさん汗をかいていた。

 もしかしてあの甲冑の中……とっても臭いのかもしれないわ。


 ていうかそれ、グレイス様からお預かりしていた布だったのに。

 何で勝手に持って行くのよ!

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