第11話

 数週間後、殿下は約束通り光魔法石を贈って来てくれた。


「よし……と」


 私はその石を海水の至近距離に設置する。熱と風でじっくりと低温で結晶化させていくのだ。


(ふふふ、美味しい塩になるんだよ)


 ニマニマと釜の中を見つめていた所で、ルーナが大きな声でやって来る。


「大変です! お嬢様!!」

「どうしたの? また殿下からの注文が増えた?」


 隣国、バーラルディルに塩を融氷雪剤として提案した所、魔法石よりも安価で手に入りやすく、誰でも扱いやすいことから大変喜ばれたらしい。


 そしてバーラルディルへ大量の塩を輸出することになった。


 私としては塩を食に使うことで消費したいけど、それでは限界がある。元の世界でもほとんどは工業用に使われていたのだから。ザルト塩田の持て余していた塩が有効活用されるのなら嬉しい。


 そして、王都の民を熱中症から救った経口補水液はやはり魔法薬よりも手軽で自分でも作れることから、作り方を添えた手作りキットが売り出されるようになった。そのキット用の塩の注文も入るようになり、私も忙しくなった。


 いずれもユーリ王太子殿下の功績として、彼の即位は確かな物になっているらしい。


「隣国用の塩? 王都用の塩? どれが足りないの?」

「岩塩ランプをご所望です!」

「は?」


 てっきりどちらかの塩が追加で必要だと思ったのに、ルーナから出てきたのは違う単語だった。


「殿下は岩塩ランプをご所望です! すぐさま岩塩層の掘削事業を再開するようにと!!」

「何ですって?!」


 殿下には確かに岩塩ランプをあげた。


「え、あれ、そんなに気に入ったの……?」

「お嬢様の造られた岩塩ランプはどうやら、光魔法を増幅させる力があったようです」

「ラント!」


 ルーナと顔を見合わせていると、ラントも小屋にやって来た。


「光魔法は魔物を退ける力もあります。魔物よけに王都中に配置するとのお達しです」

「ええええ?」


 ラントの説明に頭が追いつかない。


(確かに前世でも岩塩ランプはパワーストーンの浄化とかに使われてるって聞いたけど……)


 それが本当に魔物を寄せ付けないとは誰が予想しただろうか。


「もしかして、ザルト領に魔物が出ないのって……」

「岩塩層のおかげだろうと殿下が」

「ええ……」


 殿下はあの時、光魔法をポンポン使っていた。それも渡した岩塩ランプのおかげなのだろうか。


(殿下はたぶんあの時、全部察したのよね)


 これも殿下の功績の一部にはなるのだろうけど、殿下が言ってくれた『責任を取る』という形は、ザルト領の、しかも死んでいた塩事業の復活のことを指してくれていたんだ。


(殿下、良い人!! ありがとうございます!)


 私は心の中でもう会うこともないだろう殿下に手を合わせて感謝した。


「じゃあ、これからもっと忙しくなるわね!」

「アン!」


 ルーナとラントにガッツポーズをしてみせた所で、今度はお父様が小屋にやって来る。


 流石に四人は狭いので私は小屋を出た。


「どうしたんですか? わざわざお父様が来るなんて」


 一緒に小屋を出た所で、お父様が顔を紅潮させて言った。


「アン、君に婚約の申し入れだ!」

「は?」


 思わず冷たい言葉と視線をお父様に溢してしまう。


「ザルト公爵家なら大抵の申し込みはお断り出来ますよね?」


 私はお茶会同様、決まり文句のように言った。


 いつもなら、ここで涙目になるお父様が、何故か顔を輝かせたまま。


「王家だから断れないよね?!」

「はあ???? ま、まさか……?」


 王家、というパワーワードに怯みつつ、恐る恐るお父様に聞く。


「ユーリ王太子殿下だよ! アンをお嫁さんに欲しいって!」


 ――――やっぱり!!


 予感は的中しつつも、このロマンチストお父様は何も考えていないようだった。


「欲しい、って猫の子じゃあるまいし……、それに王太子殿下なら婚約者の一人や二人、いるんじゃないんですか?」

「俺に婚約者はいない」


 お父様に叫んだ所で、ここにいないはずの人の声が降ってきた。と思ったら、突如としてユーリ王太子殿下が目の前に現れた。


「で、殿下?!」

「やあ、アン。返事が待ち切れなくて、飛んできてしまった」


 私の手を取り、にこやかに笑う殿下。


(と、飛んできてしまったじゃないわよ! 王都からここまで、どんだけ距離があると……)


 いとも簡単に転移魔法でやって来た殿下におののいていると、彼はにっこりと笑って顔を近づけた。


「君がくれた岩塩ランプが私に力を与えてくれるんだよ」

「じゃあ、あげなきゃ良かったですね……」

「アン!!!!」


 王太子殿下がこうも簡単に田舎に遊びに来ちゃうなんてどうなのよ、と苦言を呈すれば、お父様が顔を真っ赤にしながら制止した。


「アン、俺は隣国の王女を娶らなければいけない所を、今回のことで流すことが出来た」

「隣国の王女様、嫌だったんですか」

「ああ。媚びてくる女は好かん」

「はあ……」


 何か、今回のことが殿下の思惑通りにいっているらしい。怖っ!


「アン、俺は君がいい。君となら楽しく過ごせそうだ」

「王太子妃ってそんな理由で決めていいんですか?!」


 両手を取られ、迫る殿下に私は突っ込んだ。


「それに、私、『忘れられた』公爵家の娘ですよ? 誰も賛成しないんじゃ……」


 ザルト領を押し付けられ、田舎に追いやられた我が公爵家。力だって無い。


「アン、今回の功績で君は誰よりも王太子妃に相応しいと議会も認めた」

「議会?!」

「殿下はご自身の名と同時に、アンの名前も出してくださったんだよ」


 驚く私にお父様が付け足す。


「いや、この領の跡継ぎは……」

「俺たちの子供に任せればいい。それまではアンが取り仕切ればいいよ」

「こっ……?!」

「国の跡継ぎとザルト領の跡継ぎ、最低二人は必要だな」


 ふむ、と殿下が確定事項のように話す。


「な、な……」


 私は顔を赤くして口をパクパクさせる。


「お嬢様、良かったですね! お嬢様の塩語りについてこられる殿方ですよ!」

「お嬢様の仕事も認めてくださる素晴らしい方です」


 ルーナとラントが後ろで喜びの声をあげている。


「いや、あの……」


 まだ私は返事をしていない。


「殿下、娘をよろしくお願いいたします!」


 お父様が涙を流しながら殿下に頭を下げた。


「ああザルト公爵、アンは私が一生大切にして愛そう」

「なんて勿体ないお言葉!!!!」


 あれ、これ、婚約確定?


 塩田をバックに何だかおかしな祝福モード。


「さて、アン」


 殿下はふわりと私を腕の中に収めると、王太子の仮面を外して言った。


「俺は君を逃さないよ? アンは俺を塩漬けにしたかったんだよね? 存分にどうぞ」


 ちゅ、と殿下の唇がおでこに触れた。


 確かに、塩漬けにしてやる、と思った。でも、こんな展開、想像もしていなかった!!てか何で殿下がそのこと知ってるのよ?!


 ふと見れば、お父様もルーナもラントも涙を流しながら温かな目で私たちを見守っていた。


 もう逃れられないと観念した私は思った。


 ああ、天ぷらが食べたいな。

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変態>>>オタク?喜んで!そんなことより天ぷらが食べたいです。〜アンデラの幸せな塩生活〜 海空里和 @kanadesora_eri

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