第10話
「お嬢様、お待たせいたしました!」
私の元に届いた水、塩、砂糖を混ぜて、経口補水液を作っていく。
この領には塩分補給のためにサラサラにして水に溶けやすいように作った塩がある。もちろん私の火魔法による産物だ。
ラントにより運び込まれたその塩と砂糖を分量通りに入れて、どんどんと経口補水液を作る。
殿下たちの食事のため我が屋敷に通ってくれていた塩田の職人の奥様たちも、指示通りにどんどん作る。
水は悪くなるので、作るなら直前がいい。なのに何故今作っているのかというと、殿下にそう言われたからだ。
殿下には考えがあるようで、私は訳も分からず、ただ必至に経口補水液を作っていた。
「殿下、とりあえずこれだけ出来ました!」
まだまた必要だけど、とりあえず出来た大量の経口補水液を殿下に報告する。
「あれ……近衛隊の方たちは?」
殿下の近くにはニースさんだけ。護衛をしていた近衛隊たちがいない。
「ああ。魔物討伐のため、先に
殿下はそう言うと、経口補水液の樽に近付く。
手をかざし、殿下から光が放たれると、樽は消えた。
「転移魔法?!」
驚いて私は叫んだ。
「光魔法の応用だけどね」
殿下は口元に指をあてて私にウィンクしてみせた。
「こんな小娘に殿下の手の内をお見せになるなど……」
ブツブツとニースさんがこちらを睨みながら言った。どうやら秘密の力らしい。
「さて、私の書状と共に経口補水液を送ったから、今頃国民に配られているだろう」
「良かった……」
「しかし、魔物討伐に騎士が足りないな」
ホッとするのも束の間、殿下が険しい顔をする。
「お嬢様、来られましたよ」
ラントが合図をしたので、私は殿下に満面の笑みを作った。
「殿下! この領にも騎士団は常駐しております。皆、私の領にいるからには
手を広げ、到着した騎士たちを指し示す。
「お嬢様! お待たせしました!」
「いつもの美味しい食事と熱中症対策のおかげで我々は元気ですぞ!」
ぞろぞろとやって来た騎士たちが笑顔で口々に言った。
「はっ……ザルト領帰りの騎士たちがまた在任したいと言うはずだ」
「殿下?」
殿下は顔に手を当てて下を向いてしまわれた。
「アンデラ、君は我が国の騎士たちを塩漬けにしてくれているようだね?」
「えっ! 何ですか、その素敵な響き?!」
覆った手の隙間からこちらに視線を向けた殿下にそう言えば、彼はブハッ、と吹き出してしまった。
「まったく、君は……」
殿下はくしゃっとした笑顔を向けると、すぐに騎士たちに指示を出し、目的地まで転移させた。
そこからも必至に経口補水液を作り続けた。
日が沈み始めた頃には、魔物討伐が完遂された報告がなされ、すっかり辺りが暗くなった頃には、熱中症患者の多くは落ち着いたと報告が来た。
わたしはもルーナもラントもお父様も、働きっぱなしでぐったりだ。
結局殿下はニースさんと転移魔法で返ることにした。近衛隊たちがいないので、それが安全な方法だろう。
(というか、転移魔法ってそんなポンポン使えるもんなのかしら?)
殿下の底しれぬ力に驚きながらも、まあ王族だからな、と気にしないことにした。
今度こそお別れだ。
「アンデラ、世話になったな」
「殿下には塩の大切さが伝わったようで良かったです」
ニースさんと並び、転移魔法の準備をする殿下と最後の挨拶を交わす。
「まさか塩が生命維持を担っていたなんてな。王都でも関わり方を変えていくよう発信しよう」
「本当ですか?!」
殿下の言葉に、この国の塩に対する考えが変わり、必要とされるかもしれないと期待を抱く。
「ああ。アンデラ、君の涙がしょっぱかったのも人間は塩水で出来ているからなんだな」
私の手を引き寄せ、そう囁くと、殿下は私の頬にキスをした。
「へ?!」
「「「「は?!」」」」
頬を抑え、殿下を見ると、不敵な、王太子の仮面を外した彼がそこにいた。
私の顔が赤くなる。
殿下の爆弾発言と行動に、ニースさんは固まっている。お父様、ルーナ、ラントは驚愕の顔で私たちを見ている。
(は、恥ずかしい!!!!)
「またな、アン」
殿下はそう言うと、ニースさんと共に姿を消した。
嵐のような王太子殿下訪問は、こうして幕を閉じた。
「ア、アン?! どういうこと?!」
お父様がしばらく乙女のように騒いでうざかったけど、私は黙秘を貫いた。
「はあ……疲れた。天ぷら食べたいなあ」
そうして私の塩生活は日常に戻る……はずだった。
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