第9話
翌日、殿下の指示により、ザルト塩田の塩と使者がバーラルディルに送られることになった。うまくいけば塩が大量に必要になる。
「この塩田も忙しくなるかもね?」
旅立っていく塩を見送りながら、私の胸は期待に満ちていた。
「アンデラ」
今日で殿下も王都へと帰る。当初の私を王都に勧誘する話はなくなったけど、その原因である問題の解決に光が見えたからだ。
「殿下、お元気で。これからもザルト塩田をご贔屓によろしくお願いいたしますわ」
帰り支度を整えた殿下に呼ばれ、私も挨拶をする。
「アンデラ、これを」
殿下がそっと私に差し出したのは、光魔法石。
「殿下、これは……」
驚いて殿下を見上げれば、彼は申し訳無さそうな顔で言った。
「私は光魔法の使い手だ。今手持ちはこれしかないが、必ず君に多くの光魔法石を贈るから」
殿下の手から光魔法石が手渡され、ギュッと指を絡まれる。
絡まる指が恥ずかしいけど、殿下の責任感が伝わり、嬉しくなる。
(まさか殿下が光魔法の使い手なんて。希少な上に、王族の力を私なんかに贈ってくださるなんて)
その嬉しさから胸がポカポカする。
「あ、そうだちょっと待っててください!」
私は殿下にそう言うと、部屋まで走り、大切に飾ってあった物を持ってくる。
「これ、殿下に差し上げます」
「これは……?」
「岩塩ランプてす!」
ずしりと少し重みのある岩塩ランプ。うちの岩塩層から掘削された岩塩をランプ用に加工してもらった物だ。もっとも、火を使うランタンで過ごす我が領には光魔法石が無いため、光が灯されることもなくその器だけ飾られていた。
私は殿下にもらった光魔法石をそっとはめ込む。
すると淡い光が岩塩ランプを灯し、暖かなピンクの光を放つ。外のためわかりにくいけど。
「これは……温かな光だな」
「でしょう?!」
殿下の言葉に私は嬉しくなる。
前世では持っていた岩塩ランプ。部屋の明かりをその温かな光にするだけで日常の疲れが癒やされた。
(殿下のおかげでまたこの光が見られた)
「これは……量産されているのか?!」
「えっ……これ一つだけですけど……」
思いの外食いつく殿下。そんなに気に入ったのかしら?
「そうか……まさか……いやこの領に魔物が出ない理由は……」
ブツブツと殿下は何かを呟いている。
「あの、殿下……?」
私の言葉に殿下はハッとした顔をすると、すぐに穏やかな笑顔になる。
「アンデラ、こんな大切な物をもらって良いのかい?」
「はい。記念にもらってやってください」
殿下とは塩の取引で今後も良いお付き合いをすることになるだろう。でもそれは従者を介してすることになるだろうから殿下にお会いすることもないだろう。
私は笑顔を作りながらも、ツキリと胸が痛むのを感じた。
「で、殿下は娘といつの間にか親密になられたようで……」
一緒に見送りに出ていたお父様が驚きながらも笑顔で言った。
「アンデラ」と普通に殿下が私のことを呼んでいるので、ルーナもラントも顔を輝かせていた。
お父様も何やら嬉しそう。そんな色っぽい話ではないのだけど。
「ああ、アンデラとは良きパートナーになれそうだ」
「なんと!」
殿下が笑顔でしれっとそんなことを言うので、お父様は益々頬を綻ばせた。
(いやいや、仕事のパートナーだからね? 殿下も誤解されるようなことわざと言って……)
私はジト目で殿下を見た。殿下はにっこりと笑って返す。
(そもそも忘れられた公爵家を王家が相手にするかっての)
私もにっこりと笑って返す。
殿下とはいよいよお別れの時――
「で、殿下に申しあげます!!」
突如として近衛隊の一人が声をあげた。
「どうした」
ただならぬ空気に私も息を呑む。
「はっ、たった今、王都から伝令があり、国民が次々に倒れているそうです。王妃様もお倒れになられたとか……」
「母上が?!」
「それと、周辺に魔物が現れたのですが、騎士団の多くも倒れており、対処できておりません!」
「何だと?」
思ったより深刻そうだ。
「流行りの病か……」
考え込む殿下に私はそっと割り込む。
「あのー、それ、熱中症じゃないですか?」
「は?!」
殿下が驚いた顔でこちらを見る。
「確かに、年々多くの者が倒れるようになったが、水分をしっかり取らせているぞ?」
殿下の言葉にチッチッ、と私は指を振って答える。
「人間の身体の水分には塩分が含まれています。それにより生命活動を維持しています。この塩分量は一定に保つようになっていて、汗をかくとその水分が身体から出ていくため、その分の補給が必要になります」
「水だけではダメだと?」
「そうです。水だけを大量に摂取すると、身体の塩分量を維持しようと、身体は更に水を排出しようとして余計に汗が出ます。これは脱水症状にも繋がる大変なことなのです」
私の説明に殿下は瞳を揺らして、考え込んでしまった。
「殿下、塩で経口補水液を作りましょう! 熱中症にはそれが良いです!」
「アンデラ……」
まだ迷う殿下を後押しするように私はラントに呼びかける。
「ラント、塩を沢山用意してちょうだい!」
「かしこまりました」
ラントはすぐさま動いた。ルーナも一緒に着いていく。
「ア、アン?」
お父様はオロオロとしているので樽を用意してもらうことにした。
「わたしが塩と経口補水液の作り方を王都に届けますので、殿下は早くお戻りを」
殿下に向き直り、しっかりと告げる。殿下は目を丸くし、そして笑った。
「わかった。君にかけることにする」
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