第7話

「え、何ここ」

「私の趣味の塩田ですが」


 私は殿下をプライベート塩田まで連れて来た。私とルーナ、ラント以外は人が来ない。二人きりになれるし、塩をもっと知ってもらうには最適な場所。


「こちらにどうぞ」


 私は塩田の小屋に殿下を案内する。


「こんな狭い場所に殿下を……?!」


 お付きの人が怖い顔で私を睨んだ所で、殿下から制止される。


「皆、ここで待つように」


 殿下はお付きの人と近衛隊たちに指示すると、私に続いて小屋に入った。


(うう、私、いつかあのお付きの人に殺されそう)


 お付きの人の殺気を感じながらも、私は小屋に置いてある木造りの椅子を用意する。


「これは、昨日カプレーゼと一緒に出た塩だな?」


 殿下が辺りを見渡しながら目を留めたのは、風に晒してあった塩の花たち。


「わかります?!」


 殿下の目ざとさに嬉しくなり、つい殿下に滲みよる。


「くっ……」


 そんな私を見て殿下はまた笑い出してしまった。


(この人、こんなよく笑うんだ)


 楽しそうに笑う殿下に親しみを覚え、つい彼を見つめてしまう。


「ところで、あれは?」


 まだ楽しそうな表情の殿下は釜を指差す。


「あれは、塩を結晶化させるための釜です。先程のザルト塩田は天日によって作られていますが、私の塩田は釜で煮詰めています」

「何でわざわざ?」


 私の説明に殿下は興味を持ったようで、私は説明を続ける。


「結晶化の工程によっても塩のバランスは変わります」


 そう言って、私はまた殿下の手の甲に塩を乗せた。


 今度は躊躇することなく殿下は口に塩を入れる。


「……! 先程の塩と味が違うぞ」


 殿下の感想に私は思わずにんまりとする。


(流石、王族ね。味の些細な違いがわかるなんて)


「君は必要とされていない塩をこんなに作って何がしたいんだ?」


 殿下は純粋な疑問を私にぶつけた。私も純粋な気持ちを答える。


「私の夢は、この国の人たちが色んな塩を使い分け、料理を楽しむようになることです!」


 一番は天ぷらを好きに食べられるようになることですけど、というのは言わなかった。


「だから、本当はこの釜も火魔法だけでなく、光魔法で低温でじっくり塩を作ったりもしたいんですけど……」


 光魔法石なんて手に入らないし、使い手も王都にしかいない。それは夢のまた夢だ。


 その塩が完成したらきっと旨味たっぷりの塩が出来る。私が前世愛した塩の味に近づけられる。それで浅漬けを作ったらめちゃくちゃ美味しいのだ。そして、天ぷらにもきっと合う。


 釜を見つめながら、ほう、と溜息を吐くと、殿下がニヤリと笑って私に近づいた。


「では、君が王都に出仕するのと交換に光魔法石をあげると言ったら?」

「え?」


 殿下の言葉に私は思わず顔を上げた。


はアンデラ、君を火魔法の使い手として王都の魔法局でその力を発揮してもらうために出向いた。わざわざ王太子である俺がね」


 これが殿下の素なのだろうか。王太子の顔を取り払った彼は、あまりにも違いすぎてポカーンとする。


「ああ、君がありのまま見せてくれたから俺も取り繕うのをやめたんだ」

「はあ……」


 ポカーンとする私に気付いた殿下があっさりと言った。 


「まあ君はザルト公爵家の一人娘だからね。跡取りを命令でどうこうは出来ないから説得のために来たわけだけど……」


 殿下は私の手を取ると顔を至近距離まで近付けた。


「アンデラ、君の望む光魔法石をあげるから、王都に来ない?」


 囁くように誘惑する殿下に私は心臓が爆発しそうになった。


(前世も今前も、こんなイケメンに迫られたこと無いのに!!)


 ドキドキと煩い心臓を抑えつつ、私は殿下の胸をそっと押し戻し、息を整える。


「殿下、光魔法石をいただいても私がここにいないのなら意味がありません」


 きっぱりとそう告げると、殿下は顔をくしゃっとさせた。


「やっぱダメか――」


 頭をくしゃくしゃさせながらその場に座りこんでしまった殿下。


「殿下、あの……?」

「火魔法の使い手は今や重宝されている。でも君はここにいる方が幸せそうだもんな」


 オロオロと殿下に寄れば、彼はあどけない少年のような顔で私を見上げた。その諦めたような笑顔が罪悪感でツキリとする。


「で? 君は何もかもわかった上で代案があると言っていたよね?」

「はい」

「それは火魔法の使い手一人王都に連れて行くよりも有益なこと?」

「魔法なんてなくても解決出来ます」


 きっぱりと告げると、殿下は王太子の顔に戻る。


「隣国の雪の問題ですよね? 我が領の塩で解決出来ます」

「……聞こうか」


 挑むような私の顔を、殿下も王太子の顔で受け止めた。

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