第6話

 翌日朝食の後、私はザルト塩田に殿下を案内した。


「初めてみるが、こんなに広大なのか」

「自然保護区自体は広いですが、塩田の運用は縮小されて半分くらいですかね」


 殿下、お付きの人、近衛隊と、少数とはいえぞろぞろとやって来たので、塩田の職人たちは恐縮していた。


 私は殿下に塩田を説明しながら案内して回った。


「昨日と今朝、料理にここの塩が二種類使われていました」

「二種類?」


 不思議そうにする殿下の手を取る。


「な……」


 殿下は驚いて身を固くし、お付きの人も身構える。


(何も取って食やしないってば)


 そんな二人の反応を横目に、私は殿下の手の甲に塩を乗せた。


 近衛隊の人たちは穏やかに見守っている。どうやら一宿一飯の恩義は大きいらしい。


 彼らは昨日の食事と今日の朝食にたいそう感動して、私に何度もお礼を言っていた。信頼を得たのはチョロすぎ……んん、塩のおかげだ。


 ポカーンとする殿下に向かい合い、私も同じように塩を手の甲に乗せた。そしてペロッと口に入れる。


「?!?!」

「これが天日塩です。この塩味がバターと相性良いので、昨日の魚料理ポワソンに使われていました」


 塩を口にした私に殿下は呆気に取られている。私は気にせず、焼塩を殿下のもう片方の手の甲に乗せる。


 殿下はされるがまま、両手に塩だ。


 その様子が少し可笑しくて、笑ってしまう。


 私は焼塩をまたペロリと口に含んだ。


「こちらが王家に言われて・・・・・・・作った焼塩です」


 ちょっと嫌味っぽくなってしまった。


 殿下は私の話を聞くと、意を決したかのように塩を口に入れた。


「殿下?!」


 お付きの人が慌てている。下手したらこの人に斬られるんじゃないか、私。


「しょっぱい……」


 殿下はそう言うと次は焼塩を口にした。


「これは……角のないしょっぱさだな……」

「わかります?!」


 呆然としながらも的確な殿下の感想に、私は嬉しくなる。流石、殿下!!


「あのー、私もいいですか……?」


成り行きを見ていた近衛隊の隊長が恐る恐る前に出て来て、手袋を外した。私は満面の笑みで答えた。


「もちろん!」


 隊長を皮切りに、俺も俺も、と近衛隊全員が塩の食べ比べを始め、塩田は賑やかになった。皆に塩の違いによる味を知ってもらえて嬉しい。


「塩自体の味もだが、料理も味が変わるのだな……」


 殿下がポツリとこぼすので、私は浮かれに浮かれた。


「そうなんです! 塩っていうのは奥深くて、素材の旨味を引き出してくれる優等生なんです! そもそもいい塩っていうのは目的によって異なるわけで……原料や粒の大きさ、結晶の形、水分量、成分のバランスで個性も決まり……何をどう食べたいかによって選ぶ塩も変わりまして……」


 早口でまくし立てていると、シン、といつの間にか辺りが静まり返っていた。


(や、やっちゃった――――?!)


 殿下が素直に塩を称賛してくれるから、私は調子に乗ってマニアックなうんちくを語ってしまった。


 これでいつも周りは引く。ドン引きである。でも殿下は――


「は、ははははは! 塩の変態って言われるご令嬢がどんなものかと思えば、ははははは!」


 お腹を抱えて笑い出した。


(ていうか、殿下にまでその噂流れていたのね)


 変態と呼ばれるほどの自覚はあるので意義はない。でも、笑いすぎじゃない?


 すました顔の王太子殿下の顔はどこへやら。従者もびっくりするほど笑っている。


「は、は、アンデラ嬢が塩を愛しているのはよーくわかったよ」


 ひとしきり笑い終えた殿下は私に向き直った。


 『変態』ではなく、『塩を愛している』と言ってくれた。急に私の胸が跳ねる。


 ええい、うるさいぞ、私の心臓!


「そんな塩を愛するアンデラ嬢には酷なお願いかもしれないが、私がここに来た理由は推測しているんだろう?」


 王太子の顔に戻った殿下が真っ直ぐに私を見据えて言った。


 私も殿下を真っ直ぐに見て答える。


「はい。わかっているからこそ、私は別の案を提案いたします」

「へえ?」


 私の言葉に殿下は不敵に笑みを浮かべた。


「アンデラ嬢、二人きり・・・・で話そうか?」


 穏やかで優しいはずの殿下の表情にぞくりとしながらも、千載一遇のこのチャンスを物にするべく、私は受けて立つように頷いた。 

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