第12話 電話
「リンカさんっ、大丈夫ですか?」
揺すられて目が覚める。時計を見ればもう深夜だ。
執務室の仮眠中に夢を見ていたらしい。
体を揺すっていたのはマキアだった。
「ああ、大丈夫だ。すまない。夢を見ていて……」
マキアはリンカの前にぬるめの紅茶をそっと差し出した。
「ありがとう」
紅茶を口にすると、多少は心身が落ち着くのを実感できる。
カップの中身を飲み干してソーサーに置いたとき、卓上電話が鳴りだした。
「はい、内務官のリンカです。え、養護施設から電話? わかりました。もしもし――っ!?」
「どうしたんですか?」
恐る恐る聞くマキア。リンカは立ちあがると外套を掴みながら説明した。
「施設から電話をしてきたんだが、切られてしまった」
通話を切ったとき、聞き慣れない音がした。無理矢理断線させたのかもしれない。
外套を羽織ったリンカは最初に執政官に電話をかけた。
「もしもし、リンカです。執政官はいらっしゃいますか? 外出中なら代行でお願いします……あ、リンカです。申し訳ありませんが、今すぐ軍警察の出動要請を……はい、話は執政官に……わかりました。わたしの臨時権限で要請します」
事情を知っている執政官が急な用事で外出してしまったらしい。
完全には情報が共有されていない執政官代行はリンカの様子から事態が一刻を争うものと判断して内務官の臨時権限の許可を出した。
リンカは電話で軍警察の出動を要請する。
本来の予定とかなり時間がずれてしまっているので欠員がいるらしいが、指揮官は今いる人員で出動することに決めた。
マキアはリンカが電話をしている最中に車の鍵を借りてきた。
鍵を受け取ったリンカは助手に大切なことを告げる。
「マキアはここに残ってくれ。代行が伝えてくれるかもしれないが、執政官が戻ったら軍警察の出動を要請したことを伝えてほしいんだ。あと、もしかしたら何かしらの電話があるかもしれないから、そのときは対応してくれ」
「わ、わ、わかりました」
マキアに見送られ、リンカは執務室から飛び出す。
内政省から施設までは車でそうかからない。軍警察も遅れたりはしないだろう。
リンカの予想通り、施設から離れた街道で軍警察の車両を発見した。
リンカに気がついた軍警察は車両を止める。
開けられた車窓から隊員が顔を出す。
「中尉、俺たちにまかせてくださいよ」
今回の出動にはリンカのかつての部下たちも関わっているらしい。リンカは信頼する人員が充てられたことに幾分か安堵した。
リンカたちは施設側に気づかれないよう離れた場所に車を停めてから歩くことに決める。
「中尉は残ってくださってもいいんですよ」
「馬鹿言うな。ここまで来て引き下がれるか。あと、わたしはもう中尉じゃない」
これが隊員たちなりの心配であるのはリンカも理解している。
隊員たちは正式な防護服や銃火器を持っているが、リンカの装備は車両に備わっている防刃ジャケットと緊急用の拳銃だけだ。
危険は承知だが、本来より人員が足りないのなら自分も行く。
何より、施設に一度は行ったリンカが同行することはメリットもあった。
「あれが施設ですか」
前方を歩く隊員が施設を発見する。
隊員たちは木々で身を隠しつつ、施設へと接近した。
「殺傷能力のあるトラップは見受けられませんね」
「一応、養護施設だからな」
リンカに話しかけて来たのは今回の軍警察指揮官だ。かつてリンカの部下だった指揮官の男は昔を思い出したのか敬語で話しかけてしまう。リンカもそれにつられて昔のように返事をしてしまった。
「鳴いてみてもいいか」
「お願いします」
リンカは指揮官の許可を得てから口元に手をあて、鳥の鳴き真似をし始めた。
ケラルが気がつけばなにかしらの合図をくれるかもしれない。もしも合図をくれなくても、ケラルに気づいてもらえればそれでよかった。とはいえ、敵に怪しまれる可能性も無くはないのでやりすぎは禁物だ。
何度か鳴き真似をした後、突然施設から銃声が聞こえた。
このときばかりは隣にいた指揮官もリンカの部下ではなく、隊長として指示を出す。
「突入しろ。各班予定通りに動け。それと、お前は中尉の護衛とケラル氏の保護をしろ」
欠員が出てあぶれた隊員はリンカの護衛となった。
隊員たちは柵を上って突入する。間もなく、施設内で何度か銃声が響いた。
折を見計らってリンカも護衛と共に施設内へと侵入した。
リンカはただ、子どもたちとケラルの無事だけを願った。
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