第8話 マキアおねーちゃん
リンカが施設長と共に敷地内を歩いている頃、マキアは子どもたちと広場を駆け回っていた。
「マキアねえちゃんめっちゃ走るの速いじゃん」
「おねーちゃん、今度はこっち」
「ちょ、ちょっとだけ休憩させて」
マキアも体力には自信がある方だが、はしゃぐ子どもたちの無尽蔵なスタミナには及ばない。
みんなで鬼ごっこをした後はもうクタクタだった。
広場に設置されたベンチに腰掛けて一休みする。
この後は女の子たちからおままごとや絵本の朗読を予約されている。
ただ黙って過ごすのもなんだと思い、ベンチに集まった子どもたちと話をしてみる。
「みんなはいつもこんな風に遊んでるの?」
最初に答えてくれたのは一番近くにいる男の子だった。
「いつもは男子と女子で別々。おれ、おままごと好きじゃないし、ねえちゃんが遊んでくれるからみんなで鬼ごっこできたけど」
「先生とは遊ばないんだ?」
今度は隣に腰掛けた女の子が答えてくれる。
「先生は勉強とか、施設のことで忙しいからあんまり遊んでくれない」
「ケラル先生だけだよね。遊んでくれるのは」
「ケラル先生はねえちゃんほど足速くないけどな」
「ケラル先生?」
施設長の名前ではない。
「いつもお掃除してる男の先生だよ。すっごい弱っちそうで頼りないんだけど、男子と女子の両方と遊んでくれるの」
「やさしい先生がいるんだね」
マキアは自然とそう思った。
「ケラル先生はやさしーんだけど、マキアねえちゃんみたいには遊んでくれないからなぁ」
ケラルという職員はマキアとタイプが違うらしい。ケラルの名前が出てくるということは彼も好かれているのだろうが、マキアはこの施設だと珍しいタイプらしく、それが子どもたちにはヒットしているようだ。
「おねーちゃん、明日も来てくれる? ううん、来週でもいいのっ」
どうやら子どもたちはこのまま遊び続けても今日だけだと足りないらしい。
ケラルの話をしたことで、マキアのいない日常が戻って来ると考えてしまったのだろう。
「明日は難しいかな……」
今回は仕事で来ているのだから、勝手な約束もできない。
マキアの曖昧な返答に女の子が不安そうな顔をした。
「明後日はお医者さんが来るし、もしもおねーちゃんと会えなくなっちゃったらいやだよ」
「どういうこと?」
マキアは女の子の言っている事がわからなかった。女の子を抱き締めて撫でつつ、彼女の言葉の意味を模索する。
解答は別の子どもから与えられた。
「たまにお医者さんたちが来てけんこーしんだん? とかいうのをやるんだよ。それで、悪い病気とかが見つかると都市部の病院に行くことになるんだ」
「そうなんだ。でも、そんなに悪い病気が見つかったなら、治さないといけないんじゃないかな」
子どもたちは何かに怯えている。マキアにもそれが伝わった。子どもたちの言う「病気」が鍵かもしれない。
「この前お医者さんが来たとき、ともだちの二人が病院で入院することになったんだ。ずっと一緒に走ってても大丈夫なくらい元気なのに、すぐに病院に行きましょうって言われてた」
医者が言うのなら、自覚症状がないだけで危険な病気に罹患していた可能性は十分ある。しかし、子どもたちは病気そのものよりも、「病気」と診断されることを恐れているようだ。まるで、本能的な直感から捕食者を嗅ぎ分けているかのように。
「今までお医者さんが来て、病院に行ったお友だちは多いの?」
「うん、お医者さんが来るたびに一人か二人は病院に行く……」
マキアの中で何かの回路が繋がるような感覚がした。危険を知らせる警報が胸の奥で鳴り響く。けれども、それを絶対に表に出さない。今は子どもたちを安心させるのが先だ。
「なら、あたしが病院を訪ねてお友だちがどうしてるか確認してあげるよ。だから、お友だちのことを教えて」
「うん」
マキアは子どもたちから数人の子の名前や特徴を聞きとると、それをメモした。
そして、不安そうにしている子たちを一人ずつ撫でて励ます。
「大丈夫よ。もしも悪い病気が見つかっても早くに治療すれば助かるはずだし、もしも病院に行ってもあたしが会いにいくから」
「本当?」
「本当よ」
マキアの行動は子どもたちの心を温める。
子どもたちの嬉しそうな笑顔を見て、マキアは胸が痛んだ。子どもたちにした約束を、自分は本当に守れるのだろうかと。
――ううん、できることは全部やる。それだけ。リンカさんにも相談して……それだけじゃなくて、あたしもなんだってする。
栗毛の助手は気持ちを切り替える。
今は目の前の子どもたちのことだけを考えるしかないのだから。
「それじゃあ、続きしよっか」
マキアがベンチから立ち上がると子どもたちが歓声をあげた。
それからマキアと子どもたちは夢中になって遊び続ける。
しばらくして施設長との話を終えたリンカが戻って来た頃、マキアは子どもたちに絵本の朗読をしていた。
リンカは朗読が終わるのを待ち、子どもたちに囲まれるマキアの姿を見守り続けた。
太陽がオレンジ色の光を灯す時刻。マキアは子どもたちに見送られながら施設を後にした。
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