第7話 施設訪問

 翌日、リンカとマキアは内政省から離れた位置にある養護施設を訪問することになった。

 施設の場所は人気のない山間だ。

 たどり着くまでには少々の時間がかかったものの、道自体は複雑ではない。

 しかし、使用頻度の高くない道は整備されておらず悪路であるため徒歩では移動が困難だろうと感じる。

「マキア、到着する前にもう一度聞くが、ちゃんと防刃ジャケットは着たんだな」

 リンカは運転しながらマキアに話しかける。その声も表情も、いつも以上に真剣だった。

「はいっ、乗車時に備え付けの物を着ました」

「よし。もう一つ確認しておくが、わたしの身に何かあったらマキアだけで逃げるんだぞ」

「……わかりました」

 マキアはあまり承諾したくなかったが、リンカが冗談で言っているわけではないことくらいわかる。

 今朝、出発前にリンカから今日の調査の主旨を説明された。

 ――確か、今日調査する養護施設って、民間の施設なんだよね。それで、リンカさんに手紙を送った人がいるかもしれない場所だって言ってた。

 リンカは手紙の差出人の見当がついている。問題は差出人ではなく、行先と内容である。

 マキアは記憶を遡行して出発前のリンカとのやり取りを思い出す。

 今回の依頼は脱税の調査、対象は養護施設、差出人は臣民院ではなく個人、リンカのことをある程度知っており、個人宛に依頼してきた。

 これらの情報から、リンカは今回の調査が危険なものになると判断している。


 リンカは手紙の内容から読み取れる情報を別のことに置き換えて推測した。

 ・脱税の調査→経営状態。もっと言うなら金銭の動き。

 ・養護施設→子どもが関わっている。なおかつ養護施設に問題がある。

 ・臣民院の名義→差出人は個人名を明かせない事情がある。例えば、告発の可能性もある。

 ・軍警察のリンカに書簡を出した→リンカ個人の知り合いであり、軍警察に依頼したかった可能性もある。

 ・無線電信の符号→意味も重要だが、そこまでして真意を隠さなければならない状況だというのも念頭に置く必要がある。


 マキアはこの推測を聞いて、自分の過去を思い出した。リンカと出会うきっかけとなった忌まわしい過去を。

 要するにリンカ宛てのこの書簡の内容は、子どもを売買している施設があるという告発文書なのではなかろうか。

 そこまで思い返したところで、リンカたちの車は目的の施設に到着した。

「もう後には引けないが、車に残るか?」

 リンカの言葉にマキアの体が冷え込む。今朝だって何度も内政省に残るよう言われたのだ。

 けれども、自分だってリンカと共にこの世界で働くと決めた以上、ここで震えて縮こまっているわけにはいかない。

「ご一緒します」

「そうか。気をつけろよ」

 マキアは強がって見せたが、内心ではやはり怖い。こんな山間の施設の駐車場で待たされるくらいならリンカと一緒にいたいのが本音だ。

 施設そのものの印象は可もなく不可もなくだ。

 新築ではないが、生活に支障をきたすほど古くもない。

 予算の都合だろうか守衛はいないが、職員室に行くと施設長たちが応対してくれた。

 リンカが予め電話を入れていたこともあり、柔和な笑みの施設長は施設の概要や予算、収支の説明を簡潔にまとめてくれる。

 施設長の態度もあってマキアは少しだけ緊張が解れたが、それでもこの施設に漂う何かしらの不安を払拭しきれなかった。

 提示された資料を通読するが、頭に入って来ない。

「どうかなさいましたか?」

 不意に施設長が声をかけてきた。

 マキアの様子がおかしいことに気がついたのだ。

 ――え、え? バレた?

「あ、あの……」

 動揺するマキアをリンカが救う。

「すみません。彼女、新人でして。いつもわたしと二人で仕事をしているものですから、こういった場で緊張してしまうんですよ」

「そうですか。それなら良いのですが、体調が悪かったりしたらいつでも言ってくださいね」

「は、はひ」

 声が上擦ってしまったマキアは、リンカの援護があってどうにか精神を落ち着ける。

 ――落ち着け、落ち着くんだあたし。リンカさんの言葉を思い出して。

 ここに来る前、リンカは「例え相手が何らかの犯罪者であっても、正式な連絡を入れた上での訪問である以上内務官とその同行者は安全だ。それでも怖かったらわたしだけを見ていればいい」と言っていた。当然のことだが、絶対に安全というわけではない。しかし、内務官という立場の人間に危害を加えるメリットが存在しないのであれば、余計な騒ぎを起こそうという輩もいないものだ。

 マキアは何か役に立つよりも、余計なことをしないように注意する。

 そうして施設長からの説明が一通り終わった後、敷地内の建物などを説明してくれるということで、リンカたちは一度敷地内の広場に出た。

「すぅ……はぁー」

 マキアは一度深く呼吸してみる。外の空気を吸えば、多少なりとも精神に余裕が出てきた。

 そんな彼女の元に、広場の子どもたちが駆け寄って来る。

「ねえちゃんたち誰~?」

「どこから来たの?」

「一緒に遊んでよっ」

 無邪気な子どもたちの姿に、マキアも自然と笑みを見せた。

 だが、施設長は子どもたちを窘める。

「いけませんよ。この方たちはお仕事で来て下さったんですから」

「ええ~」

 不満を口にする子どもたち。

 リンカは優しい笑みで施設長に提案する。

「よければ、彼女、マキアの相手を子どもたちにしていただいても?」

「ええ? そんな、ご迷惑でしょう」

「いえ、マキアはまだ施設の制度などには不慣れですし、この後の説明はわたしのほうで受けさせていただきます。それに、子どもたちに関する報告もしろと言われていますから、マキアにはそれをしてもらおうかと思いまして。勿論、ご迷惑じゃなければの話ですが」

 それを聞いたマキアは驚いたが顔には出さない。ここにいる間、リンカの言うことは絶対だ。

 施設長は少しだけ悩む素振りを見せたが、最終的にはリンカに同意した。

「皆さん、くれぐれもご迷惑をおかけしないように」

 施設長の言葉に子どもたちは大興奮だ。

「やったー!」

 マキアは早速子どもたちに連れられて広場の真ん中へと行ってしまう。

 それを見送ったリンカは施設長に向き直り「それではわたしたちも」と言って移動を始めた。

 歩いている最中、リンカは掃除道具を持った青年とすれ違う。

 リンカは一瞬だけ視線を向けてその青年を見る。

 リンカと同い年くらいの青年はいかにも気弱そうな出で立ちで、黒髪に混じった白髪が妙に目立った。

 青年も極僅かな時間だが、リンカの方を見ていた。

 しかし、お互いに何も言うことはなく、リンカは施設長と共に敷地内を歩き回ることとなった。

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