第4話 調査の日
ペーパーナイフが手紙の封を切る。
マキアはこの音が好きだ。
リンカの助手として働くようになって早数日。
マキアも毎日の執務にも慣れてきた。
今朝も執務室に届いた書簡を開いて確認する作業をこなしていく。
識字率の低いこの国でも、政務などに関わるともなれば書簡なり書類が届く。マキアが最初に覚えた仕事は、届いた手紙の内容を確認してからリンカに渡すことだった。
手紙を一通り読み終えると、マキアは手紙の差出人と大まかな内容を台帳に記録する。記録を終えたら開封した手紙をトレーに乗せてリンカの机へと運ぶ。この一連の作業がマキアの朝の仕事だった。
リンカは受け取った書簡を順に見ていく。
「今日は臣民院から手紙が来ているのか」
臣民院というのはこの国の議会の一つであり、平民出身の議員で構成されている。元々は貴族や王族、一部の文官などの官僚が政治を行っていたのだが、革命によって平民も議会を持つようになったため貴族で構成される貴族院と平民で構成される臣民院の二つの議会が存在するようになった。
「んん?」
リンカは臣民院からの書簡を何度も読み返す。
「貴族や豪商が養護施設への寄付を脱税に利用しているから早急に調査の上厳正に対処してほしい、ってこれじゃあ結論ありきじゃないか」
「養護施設といえば、税務局が養護施設の調査をしているから立ち合いをしてほしいって書簡を送ってきましたね」
リンカの話に応じつつ、マキアは手元の台帳にペンを走らせる。
「仕方ない。調査を兼ねて立ち合いをするか」
マキアはペンを止めて顔を上げる。
「調査って、どうするんです?」
「実際に施設へ行くんだ」
リンカは体を伸ばしながら答えた。伸びを終えた彼女は卓上電話器を操作して税務局に繋ぐ。
「内政省のリンカです。ええ、手紙の件で、今から養護施設に向かいます。こっちに話を寄こしたってことは
リンカの話が聞こえたマキアは慌てて外出の準備をする。
マキアが台帳を片付けた終えた頃、リンカも受話器を戻して外套を羽織った。
「とりあえず。車出すか」
「わ、わかりました。公用車の申請をしてきます」
マキアは上着を掴むと大急ぎで備品管理室に向かった。管理室に電話をしようとしたリンカは電話機から手を離してそのまま駐車場へと歩く。
リンカが駐車場に到着する頃、車のキーを持ったマキアが走って来た。
「お、お待たせしました」
マキアは息せき切ってキーを差し出す。
「ありがとう。今日はただ施設に行くだけだから落ち着きなよ」
初めての調査で緊張しすぎているマキアに声をかけ、リンカは運転席に座る。
マキアの乗車を確認してからリンカは車を走らせた。
緩やかな運転で街道を走らせるリンカに、マキアは素朴な疑問を投げる。
「あの、リンカさん。今いいですか?」
「ん? 構わないよ」
「今日の調査の件なんですけど、商いをしている人はともかく、貴族の人たちも税金って払ってるんですか?」
「払ってるさ。革命のときに貴族も税金を払わされるようになったからね。革命より前は国家の代わりに軍を常設したり、外交に参加したりしてたから税金も免除されていたんだけど……こればっかりは仕方ないのかもしれないな」
「そうなんですね。実はあたし、貴族の事って知らなくて」
これまでの人生で貴族だとはっきりわかる人に会った事などあるだろうか。あったとしても、深く関わった記憶などない。
リリと一緒に過ごした施設でも貴族に関する制度などはあまり勉強しなかった。せいぜい貴族院のことを学んだくらいだろう。
「今日、いっぱい勉強しないと……」
マキアは自動車の窓からぼんやりと外を見つつ、思ったことをそのまま口にする。
調査でどんなことをするのかはわからないが、リンカのことを手伝えるのだから特に不満はない。むしろ嬉しいぐらいだ。
だがそれ以上に、今日から始まる仕事で学ぶことの大切さを、マキアは感じ始めていた。
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