第2話 助手
廃工場の一件から一年が経過した頃。
マキアはリリと共に政府の施設で生活をしていた。
廃工場で保護された子どもたちはそのほとんどが親元に帰ったのだが、身寄りのない子どもたちは養護施設で引き取られることとなった。
マキアは両親が存命なのだが、二人とも重病で入院生活を余儀なくされているため施設で生活することとなった。
リリは反政府組織の指導者の娘であるため、監視兼保護を名目として施設で生活させている。指導者は廃工場で死亡したため、リリに身寄りがないのも施設で生活させる理由だが、彼女を反政府思想の人間に利用されないようにするための措置でもある。
マキアとリリは二人が生活する個室でテーブルを挟んで座り、手紙を開けた。
『軍警察 特別行動部隊員養成学科 幹部育成コース 一次試験 志望者名 マキア 不合格』
「だああああっ! やっぱりだめだった……」
手紙を握ったまま机に突っ伏すマキア。
リリはそんな友人を慰める。
「でも、このコース受けられるだけでもすごいんだよ」
「結果がああ……」
マキアはまだ起き上がれない。
「いきなり幹部コースは難しいよ。マキアちゃんは読み書きできるほど勉強したんだから、通常学科の内勤とかから始めて、実績を積んだうえで推薦を貰ったり転属試験を受けるしかないんじゃないかな?」
「やっぱりそうか。そろそろあたしの保護期間終わるし、仕事見つけないと親の医療費も払えないからなぁ」
リリは立場上しばらく施設内で奉仕活動に従事したり教育を受けるのだが、マキアは一年間の保護期間が終わると働かなくてはならない。
収入が少なくても施設が許可すればリリとの同室での生活は継続できるので住む場所には困らないのだが、さすがに親の医療費まで全額免除にはならない。
「危ないことだけはしないでね」
「いや、あたしだって流石にもう反政府とかの連中とは関わりたくないから……」
マキアが反政府組織に囚われたのは親の医療費を稼ぐために危ない橋を渡ったことが発端だった。
リリはその二の舞にならないかと不安なのだ。
マキアもリリに心配をかけ続けるつもりはない。そう思ってリリの蒼海色の瞳を見つめていたとき、部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
入って来たのは施設の職員だった。
「マキアさんに手紙が二通来てますよ」
「ありがとう。今日手紙多いな」
マキアが手紙を受け取ると、職員は部屋を後にする。
「えーと、こっちは内政省からだ……内政省?」
「もしかして、マキアちゃんの保護期間が終わるって通知とかかな」
マキアは露骨に嫌な顔をする。
「支払いの話とかは読みたくない」
「じゃあこっちから読む?」
リリが指差したのはもう一通の手紙。
そちらは住所こそ病院だが、差出人は母親の名前だった。
「お母さんの名前だ。でも、うちのお母さんって読めても書けない人だったはず。まさか医療費の催促で病院が手紙を出したんじゃあ……」
それに、両親に手紙を出すほどの体力や気力があるのだろうか。試験の対策期間というのも理由であるが、廃工場の一件以降顔をあわせづらく、ここしばらくは見舞いにも行っていない。
「もう、そんなこと言ってたら手紙の封も開けられないよ」
リリに言われ、マキアは恐る恐る手紙の封を切る。
内容を確認すると、文字の書けない母の代わりに病院の職員が口述筆記をしてくれたようだ。
「えーと、なになに……お母さんもお父さんも回復傾向。一年もすれば退院できる見込みだって!?」
「よかったじゃない!」
リリが自分の事のように喜んでくれる。
マキアは目に涙を湛えた。
「二枚目にはなんて書いてあるの?」
マキアは折り畳まれていた手紙を開くと、涙声のまま読んだ。
「医療費を肩代わりしてくれた内政省のリンカさんに感謝をしています。今は会いにいけないから、会ったら先にお礼を言っておいてください……え?」
マキアの頭に疑問符が浮かぶ。友人とまったく同じ疑問符がリリの頭にも浮かんでいた。
「リンカさん? って、マキアちゃんをボコボコにしてたあの人?」
「いや、リンカさんって内政省じゃなくて軍警察でしょ……でも、どういうこと?」
ここでマキアにある予感がした。
「まさか、この内政省からの手紙って」
マキアが急いで封を開けると、一枚の手紙が入っていた。
マキアはなんどもその一枚を読み返す。
読み書きが万全ではないリリは唾を呑み込んで訊ねた。
「要約すると?」
「リンカさんがあたしを助手にしたいって……」
二人は大慌てで部屋を飛び出した。
向かうのは電話のある職員室。
十分後、マキアは一年ぶりにリンカの声を聞くことができた。
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