内務官リンカと助手のマキア

じゅき

第1話 リンカとマキア

 夜の廃工場で銃声が響く。

 革命が不完全なまま鎮圧されて早二年。

 内乱を経た国内は混迷の真っ只中であったが、治安回復の兆しが見えてきた今日。

 軍警察の実働部隊は反政府組織最後の拠点へと攻勢をかけていた。

 現状は軍警察優勢。もう一時間と経たない内に完全に制圧できるだろう。

 その戦いの最中。主戦場から離れた区画で数人の男女が照明さえ備えられていない通路を奥へ奥へと進む。彼らは軍警察から派遣された先発の実働部隊だ。

 部隊の中心にいる女性に左隣の隊員が話しかける。

「リンカ中尉、本当によろしいのですか? せめて自分のヘルメットを」

 彼が話しかけた上官は二十代前半の女性だった。彼女は他の隊員同様抗弾アーマーを着用しているが、ヘルメットは先程発砲されて破損したため今は被っていない。他の隊員のライトに照らされて輝く黒い長髪や血色の良い肌、眼鏡越しの冷たい目つきまで全てが晒されている。

「心配しているならわたしの代わりに周囲を警戒してくれ」

 リンカと呼ばれた女性は声をかけてきた隊員を見もしないまま、その目つき同様の冷淡な口調で返す。リンカは口調もそうだが、身長も男性並みにあるため、冷淡さとは別に威圧感もあった。

 まだ新人の部類である隊員は少々気圧されつつ「了解しました」と返答する。

 会話が終わり、無言のまま歩行を続ける。

 先発の実働部隊を指揮していたリンカは、廃工場の制圧を後続の部隊に任せ、数人の部下と共に廃工場の奥の区画へと向かっていた。

 何分か歩き、目的地に辿り着く。

「ここです。ナンバーからしても、情報にあった倉庫に違いありません」

「よし、開けろ」

 リンカのシンプル極まりない指示を受け、部下たちが扉に簡易な爆薬をしかける。

 鍵の部分だけを爆破された扉はただの鉄板となり、隊員たちの手によって用意にその内部を明らかにさせた。

 作業用の小型照明を設置し、倉庫の内部へと踏み入れる隊員たち。その後に続くリンカの目に映ったのはこちらに視線を向けてくる無数の商品たち。

「情報より多いな」

 リンカに反応したのは右隣の隊員だった。

「ええ、別の商品名で情報を隠していたのかと……」

「全員保護するには後続を待つしかないか」

 リンカたちの目の前にいるのは倉庫に繋がれた少年少女たちであった。

 反政府組織の資金源として子どもたちが売買されていると聞いたリンカたちは本隊に先んじて保護へと動いたのである。

 リンカとは別の女性隊員が子どもたちの前に出る。

「これから軍警察の職員たちが来てあなたたちを保護します。そのときは職員の指示に従ってください。怪我や病気の子は病院で治療を受けてもらいますが、重症の子は今すぐ教えてくださいっ」

 女性隊員の連絡に続いて隊員たちが倉庫の内部へと

 子どもたちに動揺とも安堵ともつかない空気が広がる。

 自分たちはこれからどうなるのか、それがわからない不安は相手が反政府組織でも軍警察でも変わらないのだろう。

 その感情に突き動かされてしまう者もいる。

「あ、待ってっ!」

 隊員の声がする方を向けば、十代後半らしき少女二人が倉庫の中を走っていた。どうやら逃げようとしているらしいが、出入口はリンカたちのいる一か所だけ、必然彼女の方に向かってくる。

 走ってくる二人のうち長髪栗毛の少女が先にリンカへと殴りかかってきた。どうやら本命はもう一人のショートヘアの少女で、栗毛の方は足止め役らしい。

退けぇ!」

 リンカは飛び掛かってくる栗毛の少女の胸倉を掴むと彼女の勢いを利用して硬い床へと叩きつけると、そのまま栗毛の少女を寝技のような態勢で押さえ込んだ。た

「うぐっ」

「マキアちゃん!?」

「リリ、あたしに構わず逃げろ!」

 栗毛の少女はマキアというらしい。叩きつけられたマキアを心配しつつも、リリと呼ばれた少女はフラフラとした足取りで倉庫から抜けようとする。

 そこへリンカが足を延ばして引っかけた。リリは転倒すると、何度か手足を動かすものの立ち上がれない。

 ――転倒で怪我をした? いや薬物中毒かもしれない。

 検査で引っかかると罪に問われると思って逃げようとしたのだろうか。

「保護してやってくれ」

 リンカの指示よりも早く女性隊員がリリを抱き起す。

 それを見つつ、リンカは地面に横たわるマキアに問う。

「彼女はいったい何を隠してるんだ?」

 マキアの瞳はルビーを思わせる色だ。リンカに押さえ込まれてもその輝きは失われていない。そんな彼女の返答は拳だった。

「誰が言うか!」

 マキアの拳を容易く受け止め、リンカは口元に笑みを浮かべる。

 ――痩せてるのに元気のいい奴だ。ここまでするからにはあの少女に何かがあるのは間違いないな。まばらだが、他の子どもからも敵意のような視線も感じる。だが、一体何を隠しているんだ?

 このまま押し問答を繰り返していては他の子どもまでマキアに感化されて暴れたりしてしまうかもしれない。

 力ずくでの鎮圧は簡単だが、子どもたちの今後に響くし、何より目的である保護に反する。

 ここはマキアに一肌脱いでもらうことにしよう。

 栗毛の少女へと顔を近づけ、リンカは囁く。

「マキア」

「気安く呼ぶなっ」

「わたしと差しで勝負しよう。時間は後続の軍警察がここに来るまでだ。私が勝ったらリリのことを教えてもらう」

「誰がそんなものに」

「マキアが勝ったら彼女のことは不問にする。治療と聴取はするが、まあ身元がわかっても殺人鬼レベルの重犯罪者でもない限り悪いようにはならんだろう」

 リンカの言葉を聞いて、マキアは奥歯を噛みしめながら静かに頷く。

 それを見たリンカはマキアから手を離した。

「それじゃあ、わたしたちの約束をキミの友達にも伝えてくれ」

 ――これじゃあ三流の悪役だな。

 そう自覚してもこれが必要なことには変わりない。一対一の勝負と言えば、他の子どもたちや隊員は邪魔をしないだろう。

 何より、マキアはしっかり白黒つけないと後続の軍警察にまで噛みつくかもしれない。そんなことになればリリ以上にマキアの今後が危うい。

 マキアは息を吸い込んでから他の子どもたちに向かって声を張る。

「みんな聞いてくれ、あたしはこれからこの女と差しで勝負をつける。絶対に邪魔するなよ!」

 どうやらマキアは、他の子どもたちが暴れたりしないようにしてほしいというリンカの意図を察してくれたらしい。

 マキアが拳を握って構えるのに合わせ、リンカは手早く抗弾アーマーや装備を脱ぐ。

 リンカとマキアは互いに向かい合い、視線を交わらせた。

 緊張と覚悟の入り混じったマキアは視線こそ外さないが足腰が落ち着かない。

 対するリンカはゆとりのある体勢でマキアを見据えた。

 結論だけを言うなら、軍警察の増援が来るまでの僅かな時間。おそらく二十分もかからないだろう間にマキアは二十回近く地面に叩きつけられた。

 常に先手を打ったのはマキアだが、まともに一撃も与えられないままリンカの手で地面と背をぶつけ続けた。

 リンカもマキアが大怪我をしないように加減はしていたのだが、それでもここまで何度も立ち上がるとは思いもしなかった。

 その光景に惹きつけられたのは子どもばかりではない。リンカの部下たちも多くが二人の勝負に夢中になった。

「こっちじゃなくて子どもたちを見ろ!」

 リンカは部下たちにこの言葉を二回は言った。それでも一人か二人はまだリンカとマキアを見ていたかもしれない。

 そうこうしているうちに、後続の部隊がやって来る時間となった。足音に気がついたリンカは着ているジャケットを脱いで黒いインナー姿になる。

「これが最後だね。かかって来なよ」

 マキアは既に両足が震え息切れしていた。それでも彼女は諦めずに立ち向かう。リンカに吸い寄せられるかのように走り出したマキアはそのまま彼女に受け止められ、優しく地面へと倒された。

 寝技をかけるように組み敷かれたマキアは、もう足掻く力さえ残っていない。

 後続の部隊はリンカとマキアの姿を見て驚く。

「中尉。これはいったい……」

「今大事な勝負の最中でな。私よりも子どもたちを頼む。それと、そっちで介抱されている子はすぐに医療班をあてがってくれ。聴取はわたしがとる」

「了解です」

 隊員たちによって子どもたちは次々に外へと運ばれる。

 その姿を見つつ、リンカはマキアに囁く。

「それで、負けを認めるかい?」

「んなわけないだろ」

「そうか。なら引き分けだな」

 リンカはそう言うとマキアを締め上げていた腕の力を抜いて、そのまま彼女の元を離れた。他の隊員たちと共に子どもの移送をするのだ。

 離れる際に聞こえたリンカの呟きがマキアの耳に残って離れなかった。

 この日、マキアはリンカという女性を知った。この出会いは彼女にとって転機であり、リンカにとっての岐路でもあった。

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