変人

Unknown

変人

 20歳ニートの俺は、お昼になると少額の金を持って外出し、近所の大学に向かった。そのまま学食に潜入した俺は、適当に海老天うどんを買って、その辺に座って1人で食い始めた。学生の中で食事を摂っているとニートの俺も学生気分を手軽に楽しめる。しかも安い。

 勝手に潜入して講義を受講したこともある。1コマ90分は正直かなり退屈だったが、潜入してしまった手前、一切知らない教授の話をクソ真面目に最後まで聞いていた。ちなみに経済学の授業だったが、文系の俺にとって全く楽しくなかったのは言うまでもない。俺は1番前の真ん中の目立つ席に鎮座して90分ぼーっと受講していた。

 俺は大学には進学しなかったが、大学というのは自由で良い場所だと思う。何しろ、ニートが講義に潜入しても一切バレない。

 大学には学生証がなくても入ることができるし、多くの授業では出席確認が無い。出席確認があったとしても出席カードを授業の終わりに出すだけだから、出さずに帰ればいいだけの事。

 呑気にうどんを食ってると、俺の横にいた女子大生2人の会話が勝手に聞こえてきた。


「ねぇ、睡眠薬って何錠飲めば死ねるん?」

「今の睡眠薬は死なないように出来てるから何錠飲んでも死なないよ」

「え、そうなん?」

「うん。胃洗浄されて終わり。私もオーバードーズで死のうとしたことあるんだけど彼氏に救急車呼ばれて胃洗浄されて終わったよ」

「胃洗浄って地獄なんでしょ?」

「うん、まじで地獄。もうオーバードーズはしないと誓ったよ」


 どんな会話してんだよ、こいつらは。

 ──俺も会話に加わってみるか。


「そうだな、オーバードーズなんてしない方がいいよ。俺も昔、自殺しようとして大量に精神薬飲んだんだけど、結局死ねなかったしな」


 俺は知り合いのような自然な流れで会話に加わった。

 すると、横にいた女子大生2人が俺の顔を見て、キョトンとした表情を浮かべた。

 2人と目が合う。2人とも黒髪でめがねの地味そうな女子だった。


「え、あんた誰」

「あんた誰」


 2人が同時に言ったので、俺は超然とこう答えた。


「俺は経済学部2年の山本だ」

 

 すると、女子2人は顔を見合わせて、


「ねぇ、この人知り合い?」

「いや全然知らない」

「え、じゃあこの人誰?」

「わかんない」

「謎すぎる。まじで誰?」


 みたいな小声のやり取りをしている。

 その横で俺は呑気に海老を食った。やっぱりエビは美味しい。マクドナルドでも俺はいつもエビフィレオばかり買ってしまう。何故ならエビが好きだからだ。

 とりあえず俺は場を繋ぐために質問した。

 

「ところで2人はどこの学部?」


 俺が訊ねると、1人が代表して答えた。


「私たちは2人とも文学部で1年です」

「なるほど。じゃあ俺より1年遅く着床したわけか。サークルとかは入ってんの?」

「2人とも写真サークルです」

「へぇ、いいね。思い出が写真として形に残るっていうのはとても良いことだ」


 すると、相手も俺に質問してきた。


「山本さんはサークル入ってます?」

「軟式野球サークル。週1くらいで集まって、ゆるく活動する感じかな」

「ふーん。楽しそうですね」

「楽しいよ。遊び感覚でね」


 俺がクソ適当なことを言ってると、やがてポケットの中の赤いスマホが振動したので、取り出した。

 すると、俺の友人である高橋太郎からラインが来ていた。


『今お前のアパート行ったけど留守だった。今どこいる?』


 俺はすぐ返信を打つ。


『X大学の学食でうどん食ってる』

『また大学いんのかよ。どんだけ大学好きなんだ』

『学食は安いからニートに優しい』

『俺も腹減ったわ。今から行く』

『了解』


 ちなみに俺はニートだが、太郎もニートだ。太郎はカステラ屋さんの仕事をやめてからは実家で生活している。俺は社会人時代の貯金と親からの仕送りでアパート暮らしをしている。

 元々、俺と太郎は高校の同級生だった。その流れで今も関わりがある。

 俺たちは田舎の農業高校に通っていたのだが、ある日、農園での実習中に牛と馬と豚に同時に食われていた太郎を助けたことがきっかけで太郎とは仲良くなった。

 太郎は半年くらいは意識不明の重体だったが、何故か奇跡的に蘇った。

 

「……」


 そういえば、今日はまだ寝ていない。だからとても眠い。俺は巨大なあくびをした。

 そして、女子2人にこう言った。


「こうして会ったのも何かの縁だ。ラインでも交換しようか」

「はい」

「はい」


 拒否されると思っていたが、意外とあっさり2人は了承して、みんなでラインを交換した。

 ちなみに、この前はオタサーのメガネの男2人とラインを交換して友達になった。

 まぁ、ライン交換してから全くやり取りしてないが。

 少し時間が経つと、人混みの中を1人で歩いてくる太郎の姿を見つけた。俺が手を上げて軽く振っていると、太郎は気付いたのか、俺に軽く手を振った。

 すると、俺の横の女子が言った。


「山本さんのお知り合いですか?」

「俺の友人の高橋って奴だよ」


 やがて太郎はうどんを買って俺の横に座った。

 太郎は俺にこう言った。


「おはよう」

「おはよう」

「お母さんが『大輔君に持っていってやれ』って言って、さっきビニール袋に野菜いっぱい入れて持って行ったんだけどさ、お前が留守だったから、ドアノブに掛けといたわ」

「ありがとう。助かる」


 太郎の家は農家をしている。なので、よく俺に野菜をくれる。スーパーで野菜を買う必要がない。頑張れば太郎からの野菜の供給だけで生きていくことも可能だ。

 俺は太郎に、さっき知り合った女子2人を紹介した。


「そういえば、俺さっきこの2人と知り合いになったんだよ。佐藤さんと山田さん」


 すると、2人はすぐに訂正した。


「森野です」

「荒木です」


 俺が適当に言った名前は、めちゃくちゃ間違っていた。


「間違えた。森野さんと荒木さんだ。1年生で文学部なんだってさ」


 俺がそう言うと、太郎は2人に軽く会釈して、


「あ、はじめまして。こいつの友人の高橋です」


 と言った。

 すると、女子2人組の片割れが、


「山本さんは経済学部の2年生なんですよね。高橋さんは?」


 と訊ねる。

 すると太郎は戸惑いながら、


「ん、山本って誰?」


 と笑って訊ねた。

 すると女子は戸惑いながら、


「え、この男の人です。経済学部2年の山本さん」


 すると太郎は笑ってこう言った。


「こいつ、経済学部どころか、大学生でもないですよ。ただのニートです。名前も山本じゃなくて伊藤大輔」


 太郎が真実を暴露すると、メガネ2人は驚いていた。


「え、ニート?」

「学生ですらないなんて……」


 それを受け、俺は冷静にこう言った。


「──まぁ真実は常に残酷なんだよ。繰り返される戦争、略奪、テロ、暴力、裏切り。もう俺はこんな世界、うんざりだ。人間が怖いよ」


 すると太郎は「ニートなのに大学に通ってて、知らない子に普通に話しかけるお前も怖いけどな」と正論を呟いた。

 俺は「ふ」と無表情のまま鼻で笑った。


 ◆


 やがて、食事を終えた俺と太郎は学食を後にして、喋りながら構内を歩き、大学の敷地から出た。

 やがて太郎が口を開いた。

 

「俺たち普通に大学に出入りしてるけど、いいのか?」

「いいんじゃね?」

「でもさ、法律的には不法侵入だろ?」

「おい太郎、聞け。犯罪っていうのは、バレなきゃ犯罪じゃねえんだよ」

「ははは、お前最低だな」


 大学から俺のアパートまでは徒歩2分くらいで辿り着く。大学から近いから、学生らしき入居者もよく見かける。ワンルームで家賃はとても安い。

 1月の下旬ということもあり、外は寒い。現在、雪が少しだけちらついている。小さい頃は雪が積もるとテンションが上がり、友達と雪合戦したり妹と2人で鎌倉幕府を作って遊んだものだが、今はもう雪を見ても何も感じない。

 俺はさっきの女子大生を思い返しながら、こう言った。

 

「そういえばさっきの女子大生、自殺の話してたなぁ」

「自殺?」

「睡眠薬って何錠飲めば死ねるの? みたいな会話してたんだ、あの2人。そこに俺が入っていったんだよ」

「睡眠薬なんかじゃ、死ねないよな」

「うん。仮に死ぬとしたら、寝ゲロで喉が詰まったことによる窒息死だ」

「お前さ、アル中だからさ、スピリタスって酒知ってるだろ?」

「ああ、知ってる」

「スピリタスをア●ルに注ぐと死ぬらしいぜ。海外の女がそれで死んでた」

「うわー、やだな。発見された時にア●ル丸出しなのは。その女には悪いけど、トップクラスに間抜けな死に方だな」

「ははは」


 そんな話をしながら歩いていると、すぐに俺の住んでるアパートに着いた。太郎が言った通り、ドアノブにはビニール袋が掛かっていた。中には色んな野菜が入っている。

 鍵を開けて中に入る。俺に続いて太郎も入る。

 俺は冷蔵庫の野菜室の中にビニール袋ごと野菜を入れた。

 正直俺の眠気はピークに達している。俺はすぐにシャワーを浴びて、スウェットに着替え、髪を乾かし、歯を磨いて、すぐ布団の中に入った。


「お前、寝るの?」

「うん。俺まだ寝てねえから」

「そっか。今から俺パチ屋行こうと思ってたんだけど、お前も行かねえ?」

「眠いから行かねえ」


 俺がそう言うと、太郎は少し深刻そうな顔をして、こう言った。


「なぁ大輔、俺たちって2人ともニートじゃん?」

「おう」

「これからどうするよ。人生」

「太郎は、実家の農業継げば良いだけだろ」

「は? やだよ、そんなレールに敷かれた糞みてーな人生は」

「じゃあ太郎は何がやりたいんだよ」

「うーん……」

「なんもねえの?」

「ねえな」

「じゃあ農業継ぐしかなくね?」

「まぁそうなるのか……。大輔はこれからどうするつもりなん?」

「俺はロックスターになる」

「は? 何言ってんだお前。お前、ギターの才能ねえじゃん。ルックスよくねえし」

「おい、躁状態の無敵モードの俺を舐めんなよ。俺はカート・コバーンの生まれ変わりなんだから」

「じゃあ27で自殺すんの?」

「自殺なんてダサい真似するわけねえだろ。俺は120歳まで生きたいね」

「大体、今時バンドなんて流行るわけねえよ」

「太郎のよく無いところは、そうやって最初から自分の可能性を閉ざすところだ。挑戦してもないくせに諦めるなよ。人生何があるか分からんだろ」

「まぁ、そうだな」

「太郎、俺とバンド組もうぜ。お前ベース弾けよ」

「いや、俺楽器なんてやったことねえし」

「最初はみんなそうだよ。挑戦してみようぜ。たった一回の人生なんだから。最初から諦めてたら、どんな小さい夢も叶わねえよ」


 俺が真顔でそう言うと、太郎は笑った。


「わかった。俺ら、絶対ロックスターになろう」

「うん」


 ──このワンルームの狭いアパートから、革命が始まりそうな予感がして、今、俺の鼓動は激しく躍動していた。

 それはまるで、燃え盛るマグマのような熱情だった。


「大輔、もしバンドやっても鳴かず飛ばずで、ずっと負け犬のフリーターのままだったらどうする?」

「その時はしょうがない。でも、どうせ同じ負け犬だとしても、夢を追いかけ続ける負け犬の方が、遥かにかっこいい」


 俺は無表情でそう言った。


「そうだな」


 と太郎が呟く。

 俺は続けて、こう言った。


「人生なんて、自分の好きに生きれば良いんだよ。生き方に正解も間違いも存在しないんだから。一生夢見る負け犬のまま死んだって、それはそれで楽しい人生だ。人生なんて、最初から意味なんか無い。神に自分の生き方の全てを委ねるなんて、そんなくだらねえ生き方、糞喰らえだ馬鹿野郎」


 俺がそう言うと、太郎はタバコに火をつけて笑った。


 ◆


 翌日の夕方、暇を持て余していた俺は、あの“大谷翔平”がCMで着てたジャージを着て、全く知らない高校のグラウンドに不法侵入した。

 今日はこの高校の野球部OBとして、ガキどもをビシバシ鍛えていきたいと思っている。

 もちろん俺はこの高校出身ではない。


「こんにちは!」

「こんにちは!」

「こんにちは!」

「こんにちは!」

「こんにちは!」


 俺がジャージ姿で野球部のグランドに入ると、野球部員たちは練習を中断して一斉に帽子を取って挨拶してきた。やはり野球部は礼儀をしっかりと叩き込まれるらしい。その割に野球部の飲酒・喫煙は当たり前だな。(※俺は野球部時代、普通に飲酒していた)


「おー、おめぇら元気にやってんなぁ!」


 俺が笑顔でそう言うと、その辺にいた野球部員に話しかけられた。


「もしかしてうちの野球部のOBの方ですか?」

「ああ。そうだ」

「俺、キャプテンの内藤って言います! よろしくお願いします!」

「おう、よろしくな。内藤くん。ところで監督はまだ来ないのか?」

「監督は今日は職員会議で来ません」

「そうか。じゃあ俺がお前らにノックしてやる。内藤くん、部員全員集めてくれ」

「はい!」


 すると内藤くんは大きい声で「集合!」と叫んだ。すると30名ほどの野球部員たちは兵隊のように全力でこちらに走ってきた。やはり、他校のOBヅラをするのは超気持ちいいもんだな。

 俺はポケットからタバコとライターを取り出し、タバコを吸い始めた。

 教育上よくないが、俺は教育者ではないので構わない。

 やがて俺はタバコをグランドの上に捨てて、靴で火を消した。


「ふぅ……じゃあ野球部OBの俺がみんなに今からノックするから、守備位置に着いてくれ」

「はい!」

「はい!」

「はい!」

「はい!」

「はい!」


 俺がノックバットを手に取り、軽く素振りをしてウォーミングアップしていると、突然ポケットの中のスマホが振動した。見たら、太郎からの着信だった。


『もしもし大輔? 今からパチンコ打ちに行かねえ?』

「今、俺忙しいんだけど」

『何やってんの?』

「全然知らねえ高校の野球部OBとして部活に参加してる。おめぇも来いよ。どうせ暇だろ?」


 俺がそう言うと、太郎は笑った。


『はははは、お前頭おかしいだろ』

「ははは」


 頭おかしくなかったらニートなんてやってねえ。


『じゃあ気が済んだらいつものパチ屋に来いよ。俺、先に打ってるわ』

「おう。わかった。じゃあな」


 そして電話を切った俺は、ノックバット片手に、守備位置についた野球部員たちを指差して、こう叫んだ。


「よっしゃお前ら! 今日は“OB”の俺がビシバシ鍛えてやるからなー!!!!!!」

「うぇーい!」

「うぇーい!」

「うぇーい!」

「うぇーい!」

「うぇーい!」


 ◆


 久しぶりの運動で疲れた俺は、一旦アパートに帰宅してから、いつものパチ屋に向かって、太郎と合流した。

 まあ、どうせクズみたいにしか生きれないなら、開き直って毎日楽しく過ごすのも良いんじゃないかと俺は思う。生き方にルールなんて無いのだから。

 ちなみに、その日は太郎と「牙狼」という台を打って、2人とも大勝利し、そのまま焼肉を食いに行った。

 殺された豚や牛に圧倒的な感謝を込めて。アーメン。ジーザス。ジーニアス。







 〜完〜






【あとがき】


適当に生きている。


最近いつもパスタを茹でて食っている。365日パスタでも全然構わない。だって昔のイチローは365日カレー食ってたからな。


最近、野球してる夢か、ヤクザに銃撃される夢しか見ない。俺が頻繁にヤクザに撃たれるのは、最近「龍が如く」を遊んでるせいだ。


「孤立は天才だ」と横浜DeNAベイスターズのトレバー・バウアーがYouTubeで言ってたが、俺はその通りだと思う。天才はみな孤立を経験している。


優しさとは愛のある行為を指す。それが受容だろうが拒絶だろうが、愛があればそれは優しさである。数年経って初めて分かる優しさもある。俺はそれを実感して生きてきた。多くの人間と出会い、別れてきた。俺は馬鹿だからきっとこれからも繰り返すだろう。その刹那の中で生きている。

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変人 Unknown @unknown_saigo

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